8.介護ロボットの殺人
「福本さん。まさか、皆さんの前で、お爺さんやお婆さん達の世話が面倒くさいとか言っていないでしょうね?」
介護寺の僧侶である福本が、いかにも面倒くさそうに仕事をしている様子を見た長谷川沙世は、休み時間に彼に対して怒りながらそう言った。
福本はそれに目を丸くする。
「いや、言ってるはずがないでしょう? 一応、お客さん達だよ?」
それを聞いて沙世は“一応”は余計だとそう思う。続けてこう訊いた。
「じゃ、ロボット達の前では?」
「ロボット達の前?」
「独り言で、そんな事を言っていないかって話です」
福本にはその沙世の言葉の意味が分からなかった。
「覚えてない。覚えてないけどさ、長谷川さん。それが一体どうしたの?」
沙世がそれを心配しているのは、もちろん、「金魚の世話が面倒くさい」と彼女がそう言った後で、ロボットが金魚を殺してしまったあの事件の事があったからだった。ロボットの前で軽率な発言をすれば、ロボットがその願望を適える為に行動してしまうかもしれないと、そんな恐怖を彼女は覚えていたのだ。しかし、もちろん福本にそれが分かるはずもない。
「この寺では、人間を救うために労働をし続ける介護ロボットを尊敬するべきだとしているのですよね? なら、そんな事を言っては駄目なはずです」
それでそう誤魔化した。しかし福本はそれを聞くと訝しげな顔を浮かべる。沙世はそれを見て慌ててこう付け足した。
「それに、そんな発言の所為で、ロボットが変な行動パターンを覚えてしまったら問題ですし」
福本は相変わらず訝しげな顔をしてはいたが、それを聞くとこう尋ねて来た。
「そんな事が有り得るの?」
沙世は少し迷ったが「はい」とそう返した。嘘は言っていない。可能性はある。沙世の答えを受けると、少しばかり福本は目を泳がせた。沙世はそれを見逃さない。それで“恐らくこの男はロボットの前で、高齢者達の愚痴を言っているのだろう”とそう考えた。世話が面倒くさいだとか。
もっとも、普通はロボットの前で愚痴を言ったくらいで何か問題が起こる事はない。沙世自身もそれを分かっていた。自分は大学時代に経験したロボットの怪行動の所為で少しばかり神経過敏になっている。
ただし、それでも不気味な予感のようなものは感じていたのだが。
それは、その日の夕方だった。
寺の近くには林がある。真っ赤な夕焼けに染まって見えるそこは、まるで別世界のようだ。綺麗だ、と沙世は思う。仕事の合間に少し気分転換をしようと外に出て、彼女はその光景に見惚れていたのだ。
この美しい光景を観られるのは、一日のうちわずかな間しかない。そう思ったら、沙世はしばらくそれを見続けたくなった。ところがそうしているうちに、その真っ赤な風景の中に蠢く何かを見た気がしたのだ。
よく目を凝らしてみる。
四角い何か……。歩いている?
辺りは急速に暗くなり、赤から赤黒い風景に変わり始めていた。その中で、沙世はそれが何であるかを悟った。
「ロボット人間だ……」
そう。少し前に見た妙に背の高いあのロボットがそこを歩いていたのだ。同じ物である確証はないが、大きなロボットは珍しいからその可能性は高そうだった。
それを見た瞬間は、ざわつくような不安感を沙世は覚えたのだが、見続けているとその感覚は徐々に消えていった。
“何度も見るのは、近くにあるどこかの家があのロボットを買ったからかもしれない。きっと、あのロボットにはこの辺りに用事があるんだ”
そんな事を考え、安心したのだ。
何か分からないからこそ不安になる。その正体が分かれば、例え仮初であったとしても安心できるものなのだ。
ロボット人間は、少しずつ寺に向かって近づいて来ているようだった。それを見ると沙世はある考えを思い付いた。寺に戻って介護ロボット一体を連れて来る。名前はキーナ。老人たちは親しみを込めてキっくんと呼んでいる。沙世はそのキーナをロボット人間に向け、ロボット認証をするように命じた。
ロボットは人間を識別できなければいけない。ところが、人型のロボットを人間だと誤認してしまう事がかつては頻繁にあったのだ。その問題を解決する為、ロボット自身に自らロボットであると証明させる仕組みを人間社会は創り出した。具体的には、ロボットにある信号を電磁波で発信させる。信号を受けたロボットは、その電磁波を発した相手をロボットだと認識する訳だ。それがロボット認証である。ロボット認証だけでロボットを識別する訳ではないが、この仕組みのお蔭で、人型ロボットを人間だとロボットが誤認する事はほとんどなくなった。
沙世がロボット認証を命じた少しの間の後で、キーナは「対象がロボットである事を確認しました」とそう言った。それを聞いて沙世は安堵する。
“良かった。やっぱり、あれはロボットだったんだ。そりゃ、そうだろうけど……”
それから彼女はキーナに「ありがとう。もう、仕事に戻りましょう」とそう言った。キーナはゆっくりと頷いた。
六時を過ぎた辺りだった。いつも宿直の僧侶が老人達の食事の世話をし終えるのがそれくらいの時間だ。沙世はなんとなく不安を覚えた。今日の宿直はあの福本。もしかしたら、ロボットの前で何か愚痴を言っているかもしれない。
食事を終えると、ロボットの手を借りて、まずは食器を自動洗浄機にかけ、それから部屋で休みたいと希望する老人達をロボットに連れて行かせる。それがこの介護寺での宿直の僧の仕事の流れだ。作業が切りの良い所まで終わった事もあり、沙世は少し様子を見てみようと老人達の部屋に向かった。すると、ちょうどある部屋から福本が出てくるタイミングだった。
「ああ、かったるい、かったるい。あんな婆ちゃんの世話なんかしたくないよ」
そんな独り言を言っている。それを聞いて沙世は“やっぱり、愚痴ってるか”とそう思う。軽く睨んでやったが、その視線の意味を彼は理解できなかったようだった。
その時だった。
沙世はその福本の背後に、ロボットのキーナがいるのを見たのだ。キーナはお婆ちゃん達の部屋から顔を覗かせていた。きっとキーナがお婆ちゃんを部屋にまで連れて行ったのだろう。もしかしたら、今の福本の愚痴を聞いていたかもしれない。
キーナは小学生よりも少し大きいくらいのロボットだ。それほど大きくはないが、介護ロボットなので、老人達を支えられるよう見た目よりも随分と頑丈に造られており、しかも力も強い。
一瞬、沙世はキーナと目が合った気がした。そしてその瞬間、キーナは老人達の部屋へ顔を引っ込めたのだった。戸を閉める。
それに沙世はそこはかとなく不安を感じた。そこには恐怖感も混じっていたかもしれない。それでキーナの後を追いかける。速足で進み、急いで戸を開けた。すると、沙世の目に信じられない光景が飛び込んできたのだ。
部屋の中にはお婆ちゃんがいて、やや背の高い介護ロボットの一体に立ち上がらせてもらっているところだった。キーナは何故か、そのお婆ちゃんに向かって、全速力で突進をしていたのだ。
「こら! キーナ!止まりなさい!」
沙世はきつい口調でそう言った。しかし、それでもキーナは止まらなかった。そのまま突進し、そしてお婆ちゃんを抱き起していた介護ロボットに激突をする。お婆ちゃんは介護ロボットごと倒れ、身体を強く床に打ちつけてしまった。
勢いよく倒れた上に介護ロボットの重量もある。お婆ちゃんはかなりの強い衝撃を受けたはずだ。肺の部分を急速に圧迫された所為で激しく咳き込んでいる。
「大丈夫ですか?」
直ぐに沙世は駆け寄ると、重なっていた介護ロボットをなんとか横に倒して、お婆ちゃんを助けた。
「キーナ! なんて事をするの!」
お婆ちゃんが無事なのを確認すると、沙世はそう言ってキーナを叱って軽く叩いた。ロボットの躾は犬と同じだ。その場で、その行動が間違っていると教えなければ、正しく学習しはしない。
偶然、頭が強くは床にぶつからなかったから良かったものの、下手すればお婆ちゃんは死んでしまっていたかもしれない。これは紛れもなく殺人未遂だ。
「もう二度と、こんな事をしたら駄目よ?」
そう言って沙世はまたキーナを叩く。沙世は少なからずそのロボットの行動に怯えていた。だからそれはいつもよりも激しかった。
これは自分が大学のサークルで経験したのと同じ、ロボットの怪行動だ。沙世にはそう思えていたのだ。そうじゃなければ、どうしてキーナは突進などしたのだろう?
「長谷川さん。私なら大丈夫だから、もうキっくんを叱らないであげて」
お婆ちゃんは沙世が多少興奮し過ぎているだろう事を察したのか、それからそう言って彼女を宥めるような口調でキーナを庇った。彼女はそれに「でも…」と言いかけたが、それから口を閉ざすとお婆ちゃんを立ち上がらせ、ベッドに座らせた。
「どこにも怪我はありませんか?」
そう尋ねる。
お婆ちゃんは、「大丈夫だよ」と、まるで沙世を慈しむようにそう言う。心から彼女が自分を心配しているのを悟っているのだろう。安心させてやりたい。
お婆ちゃんがそう言うと、キーナはお婆ちゃんに擦り寄り始めた。甘えている。もちろん、この行動は人間がこうすると喜ぶ事を知っているからしているのであって、感情と呼ぶべきものがロボットに伴っているのではない。しかし、それでもキーナがお婆ちゃんを敵視していない事は窺い知れた。
その様子を受けて、沙世はようやく落ち着く事ができた。そして、「もしかしたら、またキーナが誤作動を起こす危険があるので、充分に注意してくださいね」とそう言うと、お婆ちゃんの部屋を出て行く。
それから直ぐに沙世は住職の部屋に行って、今起こった事を報告し、自分の大学サークル時代での経験を説明した上で、「ロボット達の総点検をするべきです」とそう掛け合った。ところがそれに住職は渋い表情を見せるのだった。
「ほら、ちょうど、他の介護ロボットが重なっていたから、キーナはお婆ちゃんをロボットだと勘違いしたのじゃないかな? ロボット認証システムでさ。それで誤作動を起こしたんだ。多分、問題はないよ」
そんな事を言う。沙世はその言葉に呆れた。仮に本当にそうであったとしても、キーナが突進してお婆ちゃんを倒した事は事実なのだ。問題にならないはずがない。それに、通常はロボットだと誤認したからといって、そんな行動をロボットが執るはずもない。
住職は恐らく、ロボット達の総点検にかける費用を出したくないのだろう。それが本心のはずだ。それに、悪い噂が立つ危険もある。ロボットが殺人未遂を犯すなど、ロボットを“尊い働き手”と考えるこの寺の教義的にも大いに問題があるのだ。
結局、沙世は住職を説得し切れなかった。憎らしくも思ったが、ただ、この寺の事情を鑑みるのなら、同情の余地がない訳でもない。
この介護寺で受け入れている高齢者達はそのほとんどが貧困層で、中には身寄りがない者もいる。つまり、かなりの低料金で、この寺は介護サービスを提供しているのだ。だから所持しているロボットも旧式が多いし、従業員の給与だって安い。宗教法人は税制面で優遇を受けているが、それでも経営状態は厳しいのだ。
“まだこれからも、ロボットが問題を起こすかもしれないのよ? もし大事件が起こったら、どうするつもりなのよ”
ただし、沙世はそのように考え、納得はできていなかった。住職が正しくリスク評価できているとは思えなかったのだ。
そして、その沙世の心配通り、この事件はそれだけでは終わらなかったのだった。沙世がいない時にもロボットが事故を起こしてしまった。その被害者であるお爺ちゃんの証言を信じるのなら、お爺ちゃんを抱え上げている最中にそのロボットは倒れたのだという。意図的な行為にも思えたらしい。お爺ちゃんの身体には大きな青痣ができていた。しかも、今度の犯人はキーナではなく、他のロボットだった。つまり、キーナ以外のロボットにも問題があるらしいのだ。
それで沙世が老人達に聞き込みをしてみると、他にもロボットの誤作動…… 怪行動と思える証言がたくさん出て来た。寝起きにロボットに首を絞められたとか、ロボットに殴れたとか、倒されたとか。こうなってくると、単なる事故で片付ける訳にはいかなくなってくる。それで沙世はもう一度住職にロボット達を総点検するよう掛け合ったのだが、やはり住職は首を立てには振らなかった。
その頃、沙世はロボットから少なからず恐怖を覚えるようになってきてしまっていた。ロボット恐怖症になりかかっているのかもしれない、とそう思う。
そして、それから沙世は村上アキにこの事を相談したのだ。彼に“市井の考者達”に調査を依頼してもらおうと考えた。なんだかんだで、彼女が困った時に一番に頭に思い浮かんでくるのは彼だった。それで無事に調査してくれる運びになったのだが、途中経過報告とはいえ、その内容は芳しくなかった。“市井の考者達”は、ロボットの殺人未遂の可能性を否定したのだ。それどころか、沙世の神経症が疑われてしまった。
そんなはずがない、と彼女は思う。
もっとも、まだまだ調査は継続している上にアキは沙世の神経症の可能性を否定してくれ、更に彼自身もこの件を調べ始めてくれたのだが。
それからしばらくして、アキからこんな報告があった。
「大学のサークルのロボットだけどね、違法な行動パターンパッケージがインストールされていたみたいなんだよ。しかもそれなりの量の。沙世ちゃんの職場のロボットも早く調べてみた方が良い」
なんでも“市井の考者達”のメンバーのロボット技師が、沙世が大学時代に所属していたサークル“ロボットとの新たな生活の方法を考察する友の会”のロボットを調査して、妙な痕跡を発見したらしいのだ。
その報告を受けて、沙世は今度こそはと思って再度住職の説得を試みた。
「違法な行動パターンパッケージの所為で、ロボットが変な行動を執る場合があるらしいです。ちょうど、うちの寺のロボット達みたいな。絶対に調べてみた方がいいと思います」
ところがそれに住職はこう返すのだ。
「いや、うちのロボット達は変な行動パターンパッケージなんか、入れてないから大丈夫でしょう」
「何を言っているんです? 誰かが悪戯していないと、どうして言い切れるんですか?」
そう沙世が追及すると、この住職は元から困ったような顔をしているのだが、その顔を更に困り顔に変えて、もごもごと口ごもった。この住職は、実は沙世には弱いのだ。
「知合いにロボット技師がいます。総点検とは言いません。せめてサンプリングで調べてもらいませんか? 多分、無料でやってくれると思います」
もちろん、沙世はアキを通して、“市井の考者達”にいるというロボット技師に仕事を頼むつもりでいたのだ。何もアキには告げていないがこの場合は仕方ないだろう。そしてそれを聞いて、ようやく住職は渋々ながらロボットの点検を承諾したのだった。
唯一の心配は、そのロボット技師が点検をしてくれるかという点だったが、幸い後になってアキを通して依頼すると、快く了承してもらえた。今回の件は、そのロボット技師にとっても興味深い事柄であるかららしい。
しかし、時は既に遅かったのだった。
人は高齢になると性格が穏やかになる事が多いという。しかし、当然ながら、中には気難しい老人や怒りっぽい老人もいる。更にそういった老人達の相手をするのが、相性の悪い人間だった場合、問題にまで発展してしまう事もままある。
また、福本だった。
そのお婆ちゃんは、寺の他の僧侶達とも諍いを起こすことが多々あったが、福本の時が最も多かった。介護福祉士も僧侶も人間だ。気に食わない相手を前にすれば、どうしても対応が雑になってしまう。そして雑に対応されれば、その相手は気を悪くし文句を言ったりもするだろう。すると、それで介護する側の対応がまた雑になる。その繰り返しで、関係性は急速に悪化していってしまう。お互いに堪え性がなければ、それを抑える事は難しい。福本とそのお婆ちゃんの関係は、当にそのようなものだった。
沙世は福本をあまり高く評価してはいないが、この件に関しては同情的だった。決して彼が一方的に悪いとは言えなかったからだ。ただ、それでも、やはり僧侶としても職業人としてもプライドを持って欲しいとは思っていたが。利用者の悪態くらい聞き流すべきだろう。
「低料金で利用させてもらっているんだから、それくらいの事で文句を言うなよ!」
その日、そんな怒鳴り声が沙世が作業している事務室にまで響いて来た。福本の声だ。沙世が慌ててそこに向かうと、福本が問題を頻繁に起こす性格の悪いお婆ちゃんと口喧嘩をしていた。
「なんだって? お客さんに対して、なんて態度だい? このクソ坊主が!」
顔を歪めてお婆ちゃんはそう言い返す。
どうも寝かせ方が雑だとか、そんな文句をお婆ちゃんが言い、福本がそれに反論して、いつのまにか罵り合いにまで発展してしまったらしい。運悪く、その時近くに他の僧はいなかった。他の僧がいれば二人を宥め、その場を収めるはずなのだが。
まずい、と沙世は思う。その時、部屋の中にはロボットが三体もいたのだ。しかもそのうちの一体はあのキーナだった。この騒ぎに反応してしまうかもしれない。しかし、今のところロボットが行動を起こす気配はなかった。
ロボット達が反応する前に、なんとか騒ぎを収めなければ。
沙世はそう考えた。
そこで福本が沙世を見た。気まずそうな表情を浮かべる。沙世は無意識のうちに咎めるようなそれでいて慰めるようなそんな目で彼を見ていたのだ。福本は何かを言いかけたが、しばらくの逡巡の後で口を閉ざすと、そのまま部屋を出て行こうとした。が、やはり我慢が出来なかったのか、
「死んじまえ! クソ婆ぁ!」
と、最後にそう悪態をついた。お婆ちゃんは目を見開いて悔しそうな表情を浮かべる。いくら喧嘩をしていたとはいえ、僧侶として、いや人として言ってはいけない言葉だろう。その言葉を受けて、沙世はキーナに目をやった。キーナが反応するかもしれないと思ったからだ。すると、その不安通り、キーナはお婆ちゃんに目を向けたのだった。
“いけない”
沙世はそう思うと、急いでキーナを止めようと移動した。
「駄目よ、キーナ。止めなさい」
キーナの前でその進行を止めると、そう言う。キーナはその沙世の行動を受けると首を傾げた。だが、お婆ちゃんに向けて突進しようとはしない。なんとか治まった。沙世はそれに安堵する。しかしその時だった。
「はせ… さん、助け……」
苦しそうにそう言うお婆ちゃんの声が聞こえて来たのだ。沙世が慌てて振り返ると、ロボットの他の一体が、お婆ちゃんの首を絞めているところだった。
「こらぁ! なんて事をしているの!」
沙世は急いで助けに向かった。ロボットの手をお婆ちゃんの首から外そうとする。しかし、ロボットの力はとても強く、直ぐには外せない。しかも、その時沙世は妙な気配を背後に感じたのだった。首だけ後ろに向けると、なんとキーナと、そしてもう一体いたロボットが沙世とお婆ちゃんに向けて、突進を始めていた。
「やめなさ……」
沙世はそう叫ぼうとしたが、もう遅かった。ロボットはもう彼女達の目の前にまで迫っていたのだ。沙世ごとお婆ちゃんを吹き飛ばす。吹き飛ばされた沙世は床に転がった。彼女は慌てて身を起こして、お婆ちゃんの無事を確認しようとした。
ところが、お婆ちゃんはロボットの下敷きになってピクリとも動かないのだった。しかも頭を強く打ったのか、床には血がべっとりとついている。慌てて駆け寄って、沙世はお婆ちゃんの身体を揺すったが、お婆ちゃんは目を覚まさなかった。息もしていない。脈もない。死んでいる。
沙世は愕然として、その場に座り込んだ。その沙世の目の前に、ロボット達三体が集まって来た。
「ヒッ」
沙世は恐怖し、小さく悲鳴を上げる。ところがそれからロボット達は、そろって彼女に向けてこんな事を言ったのだった。
「ヤなヤツ、コロしたよ。ホめて」
それを聞いて、沙世は絶叫した。
「いやぁぁぁぁぁ!」
それは“市井の考者達”の一人、菊池奈央が無料でロボットを点検してくれるという、ちょうど前日の事だった。