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第1話 異世界転生したので、まず人口ピラミッドを確認します

異世界に転生した俺が、最初に倒したものは魔王ではなかった。



ドラゴンでもない。

盗賊団でもない。

もちろん、邪神でもない。



俺が最初に倒したのは――長老会議だった。



もっとも、その時の俺はまだ、自分がそんなものと戦うことになるとは思ってもいなかった。







「勇者様、どうかこの村をお救いください!」






目の前で、白髭の老人が土下座していた。



土下座。



異世界にも土下座ってあるんだな、と俺は妙なところに感心した。



いや、感心している場合ではない。



俺の背後には、見たこともない深い森。

前方には、木造の家が十数軒。

そのさらに向こうには、痩せた畑と、途中で崩れたまま放置されている水路。



村人らしき人々が、遠巻きにこちらを見ている。



だが、その顔ぶれを見た瞬間、俺の背筋はぞわりとした。




老人。

老人。

老婆。

杖をついた老人。

腰の曲がった老婆。

さらに老人。



子どもは、見える範囲で二人。



若者は、ほぼいない。



「……人口構成が終わってる」



思わず、声に出ていた。



「じんこう……?」



土下座していた老人が、顔を上げる。


俺は咳払いをした。



「すみません。職業病です」



「しょくぎょうびょう……?」



「いえ、こちらの話です」


状況を整理しよう。


俺の名前は、真壁宗太郎。


前世では、とある地方自治体の企画政策課に勤めていた。


仕事は、地域振興、補助金、住民説明、議会答弁、事業者対応、謎の計画策定、よくわからない照会、たまにイベント設営。


簡単に言えば、何でも屋である。


昨日も、いや、たぶん昨日だったと思うが、俺は庁舎で夜遅くまで資料を作っていた。



「この事業、もう少し夢のある表現にできない?」



部長にそう言われたのが、最後の記憶だ。


夢のある表現。


そんなものが簡単に作れるなら、地方創生はもっと楽である。


それからの記憶は曖昧だ。


深夜の帰り道。

雨。

濡れたアスファルト。

眩しいライト。


そして気がつけば、この村の外れに倒れていた。



「勇者様」



老人が、もう一度言った。



「どうか、ルクス村をお救いください」



勇者。


残念ながら、俺は勇者ではない。


剣道経験なし。

格闘技経験なし。

魔法経験、当然なし。


中学時代の体育でバスケ部に混ざったとき、三分で息が切れた男である。



「確認しますが」



俺は慎重に口を開いた。



「この世界でいう勇者とは、どういう存在なんですか?」



「天より現れ、危機に瀕した地を救うお方です」



「なるほど」



天より現れた、という部分だけは合っているかもしれない。


危機に瀕した地を救う、という部分はかなり怪しい。



「すみません。俺は勇者ではありません」



村人たちがざわついた。



「では、何者なのですか?」



老人の隣に立っていた若い女性が、警戒した声で言った。


茶色い髪を後ろで結び、腰に短剣を差している。

年は二十歳前後だろうか。


この村では、かなり若い方に見える。



「元市役所職員です」



しん、と静まり返った。



「しやくしょ……?」



「村や町の仕事をする人間です」



「役人か?」



「そうです」



その瞬間、女性の目が少し細くなった。


あ、これはまずい。


前世でも、初対面で「市役所の者です」と名乗った瞬間、相手の表情が硬くなることは珍しくなかった。



「王都の役人か」



「いえ、王都ではなく地方の……いや、説明が難しいな」



「やはり監査に来たのか?」



「監査?」



今度は俺が聞き返した。


老人が、女性をたしなめるように手を上げる。



「リーネ、待ちなさい。この方は何もご存じないようだ」



リーネと呼ばれた女性は、不満そうに口を閉じた。


老人はゆっくり立ち上がると、俺に向かって頭を下げた。



「申し遅れました。わしはルクス村の村長、ガルドと申します」



「真壁宗太郎です」



「マカベソウタロウ様」



「真壁でいいです」



「では、マカベ様」



様は取れないらしい。



「村の状況を教えてください」



俺がそう言うと、ガルド村長の顔がぱっと明るくなった。



「おお、やはりお救いくださるのですな!」



「救えるかどうかは、状況を見てからです」



前世で何度も言った言葉だった。


予算がないのに夢だけ大きい事業。

人手が足りないのに全庁横断と言われる計画。

目的が曖昧な会議。


状況を見ずに「できます」と言ったら終わる。



「まず、人口を教えてください」



「じんこう?」



「この村に何人住んでいるかです」



「百五十……いや、百四十七だったかのう」



「年齢別の人数は?」



「ねんれいべつ?」



「子ども、若者、働き盛り、高齢者。それぞれ何人いますか」



ガルド村長は、困ったようにリーネを見た。


リーネも首を横に振る。



「そのような数え方は、したことがありません」



俺は思わず額に手を当てた。


まあ、そうだろうな。



「では、収入と支出は?」



「しゅうにゅう?」



「村に入ってくるお金と、出ていくお金です」



「村の金なら、帳簿があります」



「見せてください」



「今すぐですか?」



「今すぐです」



村長の家に案内される道中、俺は村を観察した。


畑はある。

ただし、手入れが十分ではない。


水路は一部が崩れている。

空き家も多い。

井戸の周りには人が集まっているが、若い男の姿は少ない。


そして、村の入口近くには古びた立て札があった。



『ルクス村 王国北部辺境指定地』



指定地。


嫌な言葉だ。


前世でも「指定地域」という言葉には、たいてい面倒な制度か、面倒な制限か、面倒な報告書がくっついていた。


村長の家に入ると、ガルド村長は戸棚から分厚い羊皮紙の束を取り出した。



「これが帳簿です」



俺は受け取って、最初の一枚を見た。


読める。


なぜか、この世界の文字が読める。


転生特典というやつだろうか。


それはありがたい。


ありがたいが、帳簿の中身はまったくありがたくなかった。



「……雑」



「ざつ?」



「いえ」



収入の項目が少ない。


麦の売却。

蜂蜜の売却。

薬草の売却。

王国からのわずかな支援金。


支出は、修繕費、税、商人への運搬費、警備費、薬代。


だが、細かい内訳がない。

月別の推移もない。

誰が何をいくらで買ったのかも曖昧。


これでは現状把握ができない。



「この麦と蜂蜜と薬草は、誰に売っているんですか」



「バゼル商会です。このあたりでは一番大きな商会でしてな」



「価格は毎年同じですか?」



「ええ。ありがたいことに、長年同じ値で買ってくださっています」



ありがたい?


俺は帳簿に目を落とした。


同じ値。

長年同じ値。

物価変動も品質差も無視して。


嫌な予感がする。



「ほかの商人に売ったことは?」



「ありません。バゼル商会以外に、この辺境まで来る商人はおりませんから」



独占か。


俺は心の中でため息をついた。



「会議はしていますか?」



「もちろんです。村の長老たちが毎晩集まっております」



「毎晩?」



「はい。村の未来を語り合っております」



「何か決まりますか?」



ガルド村長は、誇らしげに言った。




「皆、熱心に語っております」




決まってないんだな。


俺は前世の記憶で頭痛がした。


会議が長い組織は、だいたい危ない。

会議そのものが目的になるからだ。



「マカベ様」



リーネが横から口を挟んだ。



「先ほどから何を調べているのですか。あなたは本当に、この村を救えるのですか?」



その声には、苛立ちがあった。


だが、それ以上に焦りがあった。


たぶん彼女は、村が危ないことをわかっている。


ただ、どう危ないのかを説明できないだけだ。


俺は帳簿を置いて、リーネを見た。



「今の時点では、救えるとは言えません」



リーネの眉が上がる。



「ですが、何もしなければまずいことはわかりました」



「どのくらいまずいのですか」



俺は答えようとした。


その瞬間だった。


視界の端に、薄い文字が浮かんだ。


最初は、目の錯覚かと思った。


だが違う。


俺の目の前に、半透明の表示が現れていた。





【行政眼を発動しました】





「……は?」



思わず声が漏れた。


表示は続く。


【対象:ルクス村】


【人口:147人】


【高齢化率:68%】


【主産業:麦、蜂蜜、薬草】


【課題:販路未整備/水路老朽化/若年流出/会議過多/商人依存/財政管理不備】


【消滅予測:89日後】


俺は固まった。


八十九日。


三か月もない。



「マカベ様?」



ガルド村長が心配そうに覗き込んでくる。


俺は表示を凝視した。


行政眼。


何だその地味すぎるスキル名は。


異世界に来たなら、もっとこう、炎を操るとか、剣聖になるとか、そういうものではないのか。


よりによって、行政眼。


だが、見えてしまったものは仕方ない。



「村長」



俺は低い声で言った。



「王国から、何か通知が来ていませんか」



ガルド村長の顔色が変わった。


リーネも息を呑む。



「……なぜ、それを」



「ありますね」



ガルド村長はしばらく迷ったあと、戸棚の奥から一枚の羊皮紙を取り出した。


赤い封蝋が押されている。


王国の紋章らしきものも見えた。


俺はそれを受け取り、文面を読んだ。





『ルクス村廃村予定通知』





一行目で、胃が重くなった。


内容はこうだ。


ルクス村は、人口減少、税収低下、産業停滞により、村としての存続機能を失いつつある。


三か月後に王国監査官を派遣する。


改善が認められない場合、村を廃止し、住民を近隣都市へ移住させる。


俺は羊皮紙を机に置いた。


住民説明会。

議会答弁。

廃止方針。

移住調整。

補償問題。

反対意見。

怒号。

泣き声。

終わらない資料作成。


前世の嫌な記憶が、一気に押し寄せてきた。



「マカベ様」



ガルド村長が震える声で言った。



「この村は、なくなるのでしょうか」



俺は窓の外を見た。


痩せた畑。

崩れた水路。

不安げな村人たち。

腕を組んでこちらを睨むリーネ。


勇者なら、剣を抜く場面だろう。


魔法使いなら、杖を掲げる場面だろう。


だが俺にあるのは、前世で叩き込まれた行政の知識だけだ。


予算。

計画。

調整。

交渉。

広報。

会議。

合意形成。


地味で、面倒で、誰からも感謝されにくい仕事。


でも。


俺は羊皮紙をもう一度見た。


消滅予測、八十九日。



「まず」



俺は言った。



「今夜の長老会議を中止してください」



ガルド村長が目を丸くする。



「な、なぜですか」



「会議をする前に、資料を作ります」



「しりょう……?」



俺は立ち上がった。



「人口、収支、産業、水路、空き家、商流。全部洗い出します」



「それで村は救えるのですか?」



リーネが訊いた。


俺は正直に答えた。



「わかりません」



彼女の顔が険しくなる。


だから俺は、続けた。



「でも、何が悪いのかわからないまま滅びるよりは、ずっとましです」



部屋の中が静まり返った。


俺は深く息を吐いた。


異世界に来ても、俺の仕事は終わっていなかった。


剣もない。

魔法もない。

伝説の血筋もない。


あるのは、地方自治体で積み上げた、地味な実務経験だけ。


だが、この村を救うには、案外それで足りるのかもしれない。



「村長」



「は、はい」



「まず、紙とペンを用意してください」



俺は言った。



「ルクス村再生計画を作ります」



こうして俺の第二の人生は、魔王討伐ではなく、廃村寸前の限界集落再生から始まった。


そしてこの数時間後。


俺は、この世界で初めての敵と向き合うことになる。


長老会議という名の、終わらない魔物と。

軽い気持ちでやってみた( ˘ω˘ )

目の肥えた読者様の感想お待ちしています( ˘ω˘ )

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