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 この日、ミレイラはアードルフと共に馬車に揺られていた。

 

 

 アードルフから外出しないかと誘われた時、ミレイラは最初断るつもりでいた。

 

 彼の誘いだからと言う訳ではなく、単純に外出はミレイラにとってデメリットの方が大きいからだ。

 

 不特定多数の人間がいる中に己の身を投じるなんて、極力避けたいに決まっている。隠し事があるのだから当然だろう。

 

 その思惑は当然アードルフも理解を示していた。そのうえでミレイラを誘ったのは何故かと言えば。

 

「ミレイラは読書が好きだと言っていただろう。普段は侍女に頼んで読みたい種類の本を貸し出してもらっているそうだが、自分で選んでみたくはないか?」

 

 ミレイラは特に魔法に関心を寄せている。それは逢瀬を繰り返すほどに分かりやすく、本人も隠すつもりがないためよく話題に上がっていた。

 

「私が自分の体質を制御した状態であればミレイラの防御魔法は破られないし、あなたが本に夢中になっても私が周囲を警戒すれば誰かと接触する心配もない。私は私であなたと一緒に外出できる。悪くない案だと思うがどうだろう?」

 

 この話を持ち出したアードルフ自身は、断られることは無いと予想していた。

 

 しかし、簡単には頷くまいとも思っていた。

 

 彼女の人となりをそれなりに把握した今、おそらく二人で出掛けることがアードルフに何かしら影響を及ぼすのではないかと危惧するだろう。もしくは、アードルフは読書を趣味としているわけではないため、退屈ではないかと遠慮するか。

 

 そんなことを予想し返答を用意していたが、ミレイラは彼の想像を良い意味で裏切った。

 

「それはつまり、図書館へ連れて行って下さるということですか?」

 

 思わずと言った様子で問いかけてきたミレイラの表情は、珍しく晴れやかだった。そのことにアードルフは素直に驚いたが、ミレイラはそんなことに気付く余裕はない。

 

 何故なら、本当に嬉しかったからだ。

 

 今までは能力のせいで満足に本を選ぶどころか、図書館に自ら赴くことすら出来ずにいた。最初の頃より知識が豊富になったが故に、読みたい本の指定が難しくなってきたのも行きたい理由の一つだ。

 

 そんな自分を、図書館に連れて行ってくれると言う。しかもミレイラの懸念事項をアードルフが代わりに気に掛けてくれると言うのであれば、それは渡りに船と言えよう。

 

「あなたが望むなら喜んで」

「本当ですか!ありがとうございます」

 

 ミレイラは出会ってから初めてアードルフに対して満面の笑みを浮かべた。

 

 花開くようにあどけなくも咲いたその笑顔に、アードルフは少しだけ息を吞む。

 

「……そんなに素直に喜ばれると、違う意味で心配になる」

 

 こちらの下心をもう少し警戒してはと暗に言葉に含めたのだが、ミレイラはそれを察するほど冷静ではなく。

 

「すいません、浮かれ過ぎましたね。アードルフ様のお時間を頂くのですから、あまり喜んでは申し訳ないですね」

 

 ミレイラは完全に自分の趣味にアードルフを付き合わせると言う認識でいた。

 

「いや、喜んでもらえるのなら何よりだ。休みを取れたら連絡を入れる」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

 そんなやりとりを経て、二人は王都で一番の蔵書数を誇る王立図書館に来ていた。

 

「凄い……っこんなにたくさん本があるなんて」

「圧倒されるほどに建物が本棚で埋め尽くされているな」

 

 立派な外装の建物の中は、アードルフの言葉通りまさに本棚で埋め尽くされていると言ってもいい様相だった。

 

 壁一面だけでなく太い柱にすら覆うように本棚が置かれ、中央は円を描くように、そこからは左右にそれぞれの分類ごとに本棚で区分けされているようだ。広いテーブルの置かれたスペースもあるが、個室も何部屋かあるらしい。

 

 ミレイラ達は軽く館内を見て回ったあと、魔法に関する蔵書がある区画まで歩を進める。その道中ですら大量の本を見て目を輝かせるミレイラは、すっかり図書館の雰囲気に呑まれてしまっていた。

 

「ここからが魔法に関する蔵書が置かれているようだ」

 

 アードルフに声を掛けられて、ミレイラは改めて魔法に関する蔵書の多さに感嘆した。

 

「こんなにあると、どこから手を付けていいか分からないですね」

「そうだな。あそこにテーブルがあるから、とりあえずあの周辺から探してみたらどうだ?」

 

 おそらく手に取った端から読み込んでしまうと予測されたようで、すぐに座れる位置から始めたらどうかと薦められる。残念ながらその通りなので、ミレイラは素直に頷いた。

 

「アードルフ様はどうされますか?」

「せっかくだから魔法関係で何か読むつもりだ。この特異体質について何か文献でもあればいう事は無いが、どうだろうな」

 

 そう言いながら、ミレイラの隣で本を物色し始める。

 

「現状見つけられていないのですよね?」

「ああ、これに関しては王太子殿下も協力してくれているが、今のところ成果はない」

 

 それならばいくら王立図書館と言えど、ここでも見つけられないかもしれない。そもそも、この膨大な本を確認すること自体不可能な気もするが。

 

「せっかく来たのだから、ミレイラは自分の読みたい本を探すといい」

 

 そう言うと、アードルフは優しく肩を叩いて行っていいと示してみせる。

 

「ミレイラと他の者に意識を向けたまま、本くらい探せる」

 

 少しだけ申し訳なさも感じたが、彼の善意を無下にする方が失礼だろう。ミレイラはそう折り合いをつけて本に集中することにした。

 

 そしてお互いに読みたい本を手に取ると、並んでテーブルの席に着くことにした。

 

 アードルフは少しでも他者が近付きにくいようにと、ミレイラに窓側の席を薦めた。ミレイラは素直にそれを受け入れ席に着く。

 

「飲食は別のスペースに行く必要があるようだから、ある程度時間が経ったら声を掛ける」

「お願いします。きっと読みだしたら没頭してしまうと思うので」

「そうだと思った。だが、一応気を緩め過ぎないように」

 

 その忠告にも素直に頷き、しかし難しいだろうなと思いながら持ってきた本の表紙を開く。

 

 ――そして、本の世界に没頭していった。

 

 

 

 

 

 ✻✻✻✻✻

 

 

 

 

 

 二人で本を読み始めてそれなりの時間が経った。

 

 アードルフは持ってきた本の幾つかを軽く読み飛ばしながら内容を確認していたが、やはりそれらしい記述は見当たらない。


 魔法を相殺する為の方法などは書かれていても、特異体質として常に魔法を無効化し続けるなど、やはり前例のないことなのかもしれない。


(だとしたら……この特異体質が()()か)

 

 意識を本から切り離し、顔を上げる。


 遠くで鐘の音がしたのを覚えているので、二時間位は経っただろう。自分にしては集中して読んだものだと思いつつ、隣に座るミレイラに目を向ける。

 

「…………」

 

 真剣に本を読み進める彼女は、何度か本から目を離したタイミングもあった。しかしそれは本に記載された方法を確かめる為で、防御魔法以外の魔法を小さく発動しようとしたが上手くいかなかったようで、意識はすぐに本へと戻っていった。

 

(それなりに人もいるが、近づいてくる気配もない)

 

 アードルフ達が姿を見せた時、少数ながらもこちらに意識を向けた者はいた。その視線には物珍しさと見知らぬ女性を連れたアードルフ自身に対してのもので、ミレイラに向けられた視線の多くは彼女が誰なのかと言うものが殆どだった。

 

 それなりに予想された視線はアードルフに睨み返されたことで怖気づいたのか、声を掛けてくる所までは及ばなかった。

 

(噂は流れるだろうが、俺は困らないしな)

 

 むしろ流れた方が都合がいいとも言える。

 

 ミレイラには伝えていないが、シュミット伯爵と夫人には既に一度正式に面会し、求婚と現在の友人関係のことまで嘘偽りなく説明している。そしてかなり渋々ではあったが、最終的にはミレイラの判断に任せると言われている。

 

 きっかけとなった夜会での騒動についても、相手の子爵家には伯爵家のみならず公爵家からも内密に処罰を与えたようで、現在の子爵家は主力としていた商品の売り上げが目に見えて落ち込んでいるとか。

 

 それについてはアーノルドの独断なので、伯爵に言及されても分かりかねると突っぱねた。

 

(あの女を領地へ追いやったのは妥当なところか)

 

 子爵家は伯爵家からの抗議を重く受け入れ、件の令嬢に領地での謹慎を命じた。現在は邸から出ることはおろか自身の部屋から出ることすら禁じられているらしい。エルネストとの婚約破棄の件と今回の騒動で、子爵家は完全に彼女を見限ったようだ。このまま領地で飼殺してくれればこの先の憂いも晴れるのだが。

 

(どちらにしろ、彼女の前に現れるようなら容赦しない)

 

 ミレイラに何かあればエイルース公爵家(アードルフ)が動く。それを分からせるためにも、ここで噂が流れるのはアードルフにとっては都合がいい。

 

 普通であればミレイラにとってはあまり良い噂ではない。現在の二人の関係は友人でしかなく、男女の関係を疑われるのは本意ではないからだ。

 

 もっとも、噂される本人が社交に疎く公の場に姿を見せないため、その噂を主に耳にするのは家族とアードルフでミレイラ自身ではない。伯爵家の人間はミレイラに関する話は殆どしないので、噂の真意についても明言しないだろう。

 

(当の本人はどこまで把握しているのやら……)

 

 公言通り彼女を溺愛している伯爵家のことだ。おそらく子爵家の現状や令嬢の処遇については聞かれない限り教えることはしないだろう。

 

 それはアードルフも同様だ。だからこそ頻繁に会いに行って意識を自分に向けるよう仕向けている。

 

 とは言え、本来の目的はミレイラに異性として意識してもらうのが大前提なので、彼女に会う為の都合のいい口実として有効に使っているが。

 

 そんなことを考えながら、そろそろ違う本でも探しに行こうかと思っていた時に変化に気付いた。

 

 ミレイラの防御魔法の波動が限りなく弱くなっていることに。

 

「…………」

 

 注意深くミレイラの様子を伺ってみるが、彼女自身に特に異変はない。周囲に意識を向けてみても、視線こそ感じるが他に魔法を使っている波動は感じられない。ならば原因は――。

 

 

 フッ……と、空気に解けるようにミレイラの防御魔法が消失した。

 

 

 

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