第59話 火の勇者カンナヅキ・エンカ
エンカは槍を手に突進してきた。そのスピードは目にもとまらない速さだった。
ドン!
エンカは地面にたたきつけれた。
「ぐふ!」
エンカは受け身も取れず、地面にたたきつけられた。
それを冷たい視線で見下ろすカイル。エンカの動きは父ギャバリアンに比べると止まっているのと変わらなかった。
ビーエン湖に現れたベレートが火の勇者と戦っていたと聞いていたのだが、その実力はカイルが心配するほどのものではなかった。
火の勇者のスキル爆炎牙突槍はただ、槍の穂先から炎が出るだけの物だった。
つまりその穂先の動きに気をつければ良いだけだった。それは今のカイルにとってそれほど難しい問題ではなかった。
「なんでこんなガキにいいようにやられてしまう! あの笑顔の殺戮猫と互角に戦ったオレが! レベル101だぞ!」
エンカは何度も投げられて、ボロボロになりながらも立ち上がった。
一年間訓練をしてレベルが一上がるかどうかだ。つまり、エンカは100年以上訓練した者と変わらない技量を持っている。一般的に達人と言って良いだろう。
それなのに、カイルにポンポンと投げられてしまう。
「エンカ、その子……レベルが700以上ある」
いつの間にか赤髪の気の強そうな女性が兵士達に交じって二人の戦いを見ていた。
ここにノアールがいたのならその女性は火の伯爵令嬢フローガ・サンチェスだとすぐに分かったのだろうが、カイルにはなぜこんな所に女性がいるのか分からなかった。
そのため、なぜカイル自身知らなかった今のカイルのレベルを知っているのか不思議だった。
「オレのレベルの七倍!!! フローガ! 出し惜しみしてられないぞ!」
「分かったわ」
「炎舞幻想火界転!」
カイルの周りに炎がいくつも灯り、ゆっくりと回転し始めた。
カイルはどこから攻撃が来ても良いように炎を見つめていた。
~*~*~
柔らかな陽の光が降り注ぎ、湖から涼しげな風が流れる。
すがすがしい緑の匂い。
遠くの山は青々として美しい。
おそらくここはローヤル王国の中でも、今一番安全で穏やかで美しい場所だろう。
湖畔に立つ大きな屋敷の庭でバーベキューの支度をしているカイルは鼻歌を歌いながら、炭の支度をしていた。
「お嬢様~炭の準備ができましたよ」
屋敷の中からノアールが出てきた。エプロンを身に着けて、大きなお皿にバーベキュー用の肉、野菜をのせて、カイルのそばに歩みよりながら、頬を膨らませていた。
「陛下、わたくしはもう、あなたの主人じゃないのですよ。いい加減、名前で呼ぶのに慣れてください」
「すみません、ノアール。でも、僕もプライベートの時は昔のように名前で呼んでほしいです」
「わかりました、カイル。それで、ネーラはどこですか?」
ノアールはその黒い瞳でネーラを探す。
「ネーラなら、バーベキューに肉しかないって言ったら、魚を取ってくるって言って、湖の中に入って行ったよ」
そう言ってカイルが指さした方向にはネーラが湖の中からこちらに向かって手を振る。
「あの子、まさか素っ裸で……」
ノアールはお皿をテーブルに置きながら、ため息交じりにつぶやく。
「ネーラ! 上がってきなさい」
ノアールの声に応えるように水の中から上がってきたネーラはパンツだけをはいて、両手にいっぱいの魚で胸を隠して、二人に近づいてくる。
「もう準備できたニャ?」
「準備ができたの? じゃないわよ。また勝手なことを……カイルの護衛ということを忘れているんじゃないんでしょうね」
「まあ、いいじゃないか。ここに何の危険があるって言うんだい。それに僕と君がいれば、どんな危険も問題ないよ」
「まあ、そうかもしれませんが……」
「そうだ、そうだニャ。カイの言うとおりだニャ。ノアは真面目すぎるんだニャ」
「あなたがお気楽すぎるんです」
「まあ、まあ、二人とも……それよりも、やっと手に入れたこの生活を満喫しようじゃないか」
三人は穏やかな日々を送っていたのだった。




