第19話 闇の勇者の帰り支度
ベレートとの模擬戦(?)のあと、カイルは丸一日熱を出して寝込んでしまった。
そのため翌日は大事を取って部屋で安静にするという日を過ごした。
その間、ノアールは甲斐甲斐しく、嬉々としてカイルの看病や身の回りの世話をして過ごした。
アイリーンはバララムに連れられて、魔王軍精鋭部隊と共に訓練を積んでいた。
ベレートは魔王パイモニアからお説教を食らい、早々に元々の職場、人族との最前線へと帰って行ったのだった。
「大丈夫?」
ノアールは心配そうにカイルの身体をいたわった。
「ご心配かけました。もうすっかり元気になりました」
「良かった。熱を出して倒れたときはびっくりしたわよ」
「すみません。エネルギーを吸い込みすぎたせいで、発熱したみたいです」
「じゃあ、エネルギーは溜まったの?」
「ええ、今、エネルギー残量は367%です」
「へ!? 上限って100%じゃないの?」
ノアールは口をあんぐりと開けた。
「ええ、通常は100%らしいのですが、リミッター解除に成功したみたいで、上限無くなったみたいです」
「そうなの。じゃあ、これからも少しづつでも魔力を送るね」
「ありがとう。でも無理しないで」
「大丈夫よ」
カイルとノアールがお互いを気遣いながらはにかんでいると、ドアが乱暴に開かれた。
「おまたせニャ! 魔王軍諜報部情報収集課人間界係主任ネーラ様の準備は整ったニャ! 引き継ぎも送別会も全て滞りなく終わったニャ」
「あんた、その肩書きは、もう”元”が付くのよ。ウチでの新しいあんたの肩書きはお漏らし泥棒猫だからね」
「ノア、それはひどいニャ。せっかく魔王軍の中でも優秀なサラマンディーネ部長の代わりにあたいが行くニャ。それなりのポストを準備するのが礼儀って物だニャ」
そう、優秀なのはサラマンディーネであってネーラではない。魔王にとって、いなくなっても良いけれど、カイル達のお目付役として使える程度の人材を選んだのだろう。そのことにノアールは気がついていたが、あまりにもネーラがかわいそうなので黙っていることにした。
「それで、ディーネから、お詫びの品は預かっていないの?」
「バッチリ、送別品は貰ってきたニャ。これは領地に戻ってからのお楽しみニャ」
ネーラは馬車いっぱいの荷物と共にやってきた。
「ねえ、お漏らし猫。さっきから気になってたんだけど、こんなに多くの荷物、どうする気?」
「どうするって、引っ越しだから全財産持ってきたニャ」
ネーラは荷物とノアールを交互に見て、なにがおかしいのかわからないと言うふうに首をかしげた。
「それはいいんだけど、馬小屋にそんな多くの荷物は置けないわよ」
「う、馬小屋ってひどいニャ!」
意地悪く笑うノアールを見てネーラは泣きそうになった。
魔王軍の寮もそれほど豪華な物ではなかった。それでも小さいながらも個室を与えられていた。
サラマンディーネほど優秀でもなく、優遇されるとは思っていなかった。それでも、それでも、最低限の待遇は保証されていると思っていた。仮にも十年も魔王軍で働いていた自負もあった。
それなのに、馬小屋だなんて。
ネーラは膝から崩れそうになった。
「ノアール、冗談はそのぐらいにしてあげなよ。大丈夫だよ。ネーラさんの部屋もちゃんと用意しますから」
「本当ニャ! 嘘つかないニャ。期待させておいて、行ったら豚小屋だったってオチは嫌ニャ!」
「お! 豚小屋の方が良かった!?」
「ノアール! いい加減にしないと、僕、怒るよ!」
カイルが真面目な顔でノアールに注意すると、さすがに言い過ぎたとノアールはバツが悪そうな顔をした。
「冗談よ。ちゃんとあんたにも部屋を用意するわよ。ただし、カイルの部屋とは遠く離れた部屋だけどね」
「本当ニャ、約束ニャ」
「はい、はい。分かったわよ」
そんなやりとりをしたあと、カイル達は馬車で数日かけて、その領地へ戻り、驚くべき光景を見たのであった。