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翠煌のトカク  作者: 筧 黎人
修行編
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誘いの森へ

 

「動き出しが遅い。後手に回るようでは埒があかないぞ」



 ソフィアが繰り出したストレートをどうにか捌ききる。


 常人ならば今し方の一撃で決着がついていたが、既に何百何千と彼女の拳を受けていたハルトにとっては、捌けない攻撃ではなかった。辛うじて、ではあるが。


 間髪入れずに彼女は地面を蹴り跳躍した。ふわりと宙に浮いた状態でハルトの頭部に蹴りを放つ。反射的に両の腕を交差させて頭部を守った彼に、その足刀が叩きつけられた。


 強み、重み、そして何よりも殺意が込められた一撃だった。激痛が全身を駆け抜ける。両腕が折れなかったのが奇跡に等しいだろう。涙目になりながらも反撃するため、未だ宙を浮いているソフィアに踏み込んで拳を放つ。


 だが、驚くことに彼女は地面に着地するのを待たず、宙空の回し蹴りを繰り出した。完全に想定外だったハルトは防御も回避もままならず、そのまま側頭部にクリーンヒットする。


 器用というレベルではない。生半可な経験は積んでいないと言わんばかりの貫禄が垣間見える。想像を絶する痛みに脳が激しく揺さぶられ、意識がぐらついた。


 しかし、どうにか耐える。歯を食いしばり、立ち上がる。痛む頭を物ともせずに、彼女目掛けて次の攻撃を模索した。



「くっ……!」



 事ここに至ってハルトの思考は恐ろしく冴え渡っていた。しかしそれ以上に––––ソフィアの手数は凄まじく冴え渡っていた。


 一切の無駄も、微塵の隙も、欠片の油断もない。極限までに研ぎ澄まされた動きで狙うのは急所、若しくは次の攻撃に繋げるためのものだった。


 その反則的なまでの攻撃を何とか躱す。余裕はない。必死であることは間違いない。けれど、まだ戦える。幾度となく現実と脳内で繰り広げた状況。今はただ彼女に何処まで迫れるかを図るしかなかった。



 そして、その瞬間がきた。


 ソフィアが繰り出した拳を弾いた瞬間、彼女がこちらの懐に飛び込んでくる。咄嗟に右膝蹴りを放つハルトだが、彼女は顔面に突き刺さるその一撃を意に介さず、そのまま膝を抱きかかえて大きく後ろへ反り投げを打った。


 容赦なく地面に叩きつけられ、一瞬意識が飛びかける。立ち上がろうにも身体に力が全く入らず、自分の敗北を速やかに受け入れた。



「…少し休め」



 涼しい顔をしてそう告げるソフィア。吹き出た汗をタオルで拭いながら、用意してあった飲み物に口を付けた。



「…ソフィアさんはどうして俺を誘ってくれたんですか?」



 突拍子のない質問。少なくとも戦闘の訓練を終えた後にそうそう聞けることではない。ハルト自身、質問の意図を持たずに彼女に尋ねた。


 ソフィアは特に気にする素振りも見せず、淡々とした口調で言葉を紡いだ。



「お前の覚悟を見せてもらい、お前の力が必要だと直感したからだ。それでは不服か?」


「いや。それだけでも充分嬉しいですけど…これから作る組織には相当の実力を持った人たちが必要なんですよね? それなら…それこそ第一線で活躍してる騎士や冒険者、それに国の政務官のような人材をスカウトした方がいいのでは?」


「ああ、そういうことか。それは単純だ。私はこの国に従事する者たちのことを信用していない。…例外はいるが。冒険者はともかく、騎士や国の業務に携わる人間には悪い噂が絶えない。私が調べた範囲ではな。だからこそ、表舞台ではなく裏舞台で生きる者たちを勧誘する」


「裏舞台…」



 どういう意味だろう–––と口にする前に彼女が続く言葉を発した。



「何、私利私欲にまみれた俗物や凝り固まった考えを持つ老害よりも、お前の方が見込みがあった。それだけのことだ」



 この話題を強引に打ち切るようにソフィアは笑いながらはっきりと言い放つ。




「いずれきちんと話す。だがそのためには私が認めるほどお前に強くなってもらわなければならん。さあ、息も整ってきたな? もうひと稽古といこうか」



 結局その日は彼女にボコボコにされる形で一日を終えるのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ハルトは王都に来てからあまり部屋の外には出たことがない。


 最初の数日こそは必要な雑貨を購入したり、施設を見て回ったりしたが、ソフィアとの修行が本格的に始まると、必然と出る機会がなくなっていた。


 そもそも自分は強くなるために住ませてもらっている身である。娯楽に時間を潰す余裕はないし、ハルト自身、賭博や娼館などは毛のほど先も興味が湧かなかった。


 精々、国内一とされる図書館に行って、まだ見ぬ書物を読み漁るぐらいが自分の楽しみだろうなどと考えていた。



 だからこそ、ソフィアに急に呼び出されて馬車に乗せられた時は、何事かと思った。


 巧みに鞭を操る御者を横目に、ハルトはそわそわと身をたじろがせている。隣に腕を組んで静かに座るソフィアの様子を窺うが、彼女は道中、一言も喋らなかった。



 王都の門を抜け、数時間は移動したところで大きな森を目に捉えた。見るからに陰鬱な雰囲気を漂わせている。生い茂った木々に囲まれて、中に入れば光も差し込まないだろうと推測できた。


 近くで馬車が止まり、彼女に降りるように言われて指示に従うと、朱を含んだ紫陽花色の夕空が広がっていた。



「さて。ここに連れて来たのは他でもない。私との手合わせでだいぶ筋は良くなってきたが、お前は実戦を経験していない。なので経験してもらおうと思ってな」



 分かるような分からないような説明。軽く首を捻るハルトに対し、彼女は平然と告げる。



「ここは誘いの森。危険区域に指定されている暗黒地帯だ。ここら付近なら大して強い魔物もいないのだが、森の奥になると強大な魔物が住み着いている」



 危険区域––––その言葉を聞いて息を呑むハルト。自分が今目にしている森の中に、危険な魔物が多く生息しているとなると、心中穏やかではいられなかった。



「ここのクエストも腕に自信のある冒険者しか受理しないと聞く。…で、お前をここに連れて来たわけだが」



 喋りながら彼女はハルトの頭を乱暴に掴む。え、という声も出せずにそのまま引き摺られた。



「お前にはここで、一ヶ月の間過ごしてもらう。今のお前では勝てない相手が必ずいるだろう。だからこそ、自分の煌力をモノにしてみせろ」



 言うが早いか、彼女は勢いよく足を振り上げて、大地を強く踏み込んだ。掴んでいた頭を、森の中心目掛けて投げ飛ばす。




「え、えええええぇぇぇぇ!!?」



 射出された矢のように突き進んでいくハルト。混乱する頭を必死に抑えて、いつ落ちるか分からない恐怖に怯えた。



「一ヶ月経ったら迎えに行く。お前が生き延びていたのならな」



 果たしてその声はちゃんと届いていたのだろうか。そのことをソフィアは知る気もなく、待たせていた馬車に乗って来た道を引き返した。



 一方、投げ飛ばされたハルトはどうにか受け身をとって着地することに成功していた。


 着地の衝撃で身体のあちこちを擦りむいているが、動くことに支障はなかった。纏わり付いた葉っぱを払って、今後のことを考えた。


 投げ飛ばされたのは森の中心部分。人気は全くなく、見渡す限り木々に囲まれている。上を見上げても完全に光を遮断しており、ここで過ごしていくとなれば次第に時間も分からなくなると直感した。


 とは言えそれほど絶望的ではなかった。こうしたサバイバル状況での対処は事前に彼女に教えてもらっていたし、本で読んだこともあるので多少なりとも知識があった。


 それに自分には周囲を把握できる煌力がある。常時確認するのは無理かもしれないが、単純な敵察知なら可能だろう。そう悲観することではない、とハルトは自分に言い聞かせた。


 ただしそれは––––彼女が告げた『自分が勝てない相手』の存在を度外視すればの話だが。



「…どうしたもんかな」



 嘆くように呟いて、ハルトはひとまず休める場所を探そうと歩き出した。


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