空飛ぶ友人
ゆっくりと本を閉じる少女。
下の階からは、楽器を練習する音が聞こえる、いつも通りの日常。練習している曲までいつも通りなせいで、少し飽きてしまっているが。
ふと窓の外を見ると、遠くに、羽ばたく何かが見えた。ただの鳥かとも思ったが、鴉だ。鴉が見えた。
本をしまい、下の音に耳を澄ます。どうやら、まだ当分、練習が終わりそうにない。
書斎の扉が閉まっているを確認すると、部屋の窓を目一杯開いた。
羽ばたきながら邸まで近付いてくると、レイラを視認したのか、大きく手を振る。
目の前まで来て、窓の桟に片足をかけてしゃがむと、敬礼する様に手を挙げ、笑顔になる。
「ごめんなさい、今、下で姉達が練習中なのよ。だから、静かに、ね?」
と言って、口元に人差し指を立てるレイラ。
「了解しました♪」
にっこりと笑った天狗は、そっと窓から床に飛び降りた。
レイラは客人に椅子を勧め、自分も揺り椅子に座る。
「最近、仕事の方はどう?」
「いやぁ、ぼちぼち、と言えれば良いんですが。どうも、スクープが無くて。吸血鬼も天人も聖人も、最近は随分とおとなしいですしね」
「そうなの?」
楽しそうに首を傾げるレイラ。
射命丸文は、時折、ここプリズムリバー邸を訪れる。以前に取材で数回ここに来て以来、レイラとは良い話し相手だ。文は外回りが多いが、いつも行く場所がある訳でもなく、神社以外に行く所も特に無いので、ここに話しに来る。
「全く、人間ってのは、どうしてあんなに忙しく働いているんでしょうか? 少しは、余暇やそれ以外の事に時間を割けば良いのに」
情報収集担当として常に働いている文(ただし、本人に仕事をしているという自負は無い)に言えた事ではないのだが。
「まあ、しょうがないわ。私達と違って、働かなければ死んでしまうもの。私達が幻想郷にいるのと同じよ」
「分かってはいるんですがねえ……」
「なら言わないの」
強力な妖怪と巫女以外で、彼女相手にここまではっきり物を言う者もいるまい。生きていない者の余裕か。
「それでも、ついこの間までは、ネタに困らなかったのですよ。幻想郷中で、大小色々な事がありましたからね」
ここ一月、丁度何も無かったので、次のネタが早く来ないか、今か今かと心待ちにしているのだ。
「また、月都万象展でも開いてくれれば、繋ぎになるんですけどね」
永遠亭で月都万象展が開かれる度に、何かが話題になる。文にとってはありがたい限りだった。
その時、下の方で鳴っていた、楽器の音が止んだ。
「あら、終わったみたい」
「じゃあ、ご挨拶にでも伺いましょうかね」
そう言って、席を立つ。
「そうね。お茶を入れようかしら」
「どうも。まあ、いざとなったら、とっておきのネタは幾つかあるんですけどね」
文は、そう含み笑いをしながら呟いた。
「あら、どんなネタかしら?」
振り向きながら「まあ、教えてくれないでしょうけど」と言うレイラに、「一つだけ、お教えしましょうか?」と返す文。
「湖の畔の、古の魔法使いの霊が住む幽霊屋敷なんて、どうでしょうかね」
ニヤニヤしながら見る文に、レイラは、そっと微笑みを返した。
そこに微かな殺気を感じたのは、天狗の気のせいではないだろう。