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第2話 死にたくない

 ウサギ頭が迫ってくる。

 僕は叫びながら必死に飛び退いた。


「うわあああああぁっ」


 襲いかかるウサギ頭の男は、教卓に激突して転んだ。

 いくつかの机を巻き込んで倒しつつも、むくりと起き上がる。

 かなり痛そうだったのに平然としていた。

 声も上げずにこちらを凝視している。


 尻餅をついた僕は固まって何もできなかった。


(こいつが鬼なんだ)


 分かった途端に頭を働かせる。

 早く逃げないと捕まってしまう。

 もうただの夢だとは思っていなかった。

 あまりにも現実味がありすぎる。


 僕は教室の外へ走り出そうとして、立てずに失敗した。

 足に力が入らない。

 恐怖のあまり身体が言うことを聞かないのだった。

 どんどん呼吸が速くなって頭も回らなくなってくる。


 その間にウサギの鬼が掴みかかってきた。

 僕はなすすべもなく右足首を掴まれて、床に押し倒される。

 弾みで後頭部を打ち、その痛みが響いてくる。

 でも涙を流している場合ではなかった。


 僕はタッチされた。

 これが通常の鬼ごっこなら負けである。

 まさか終わりなのか。


 焦っていると、ウサギ鬼がさらに圧しかかってきた。

 そして両手で首を絞めてくる。

 僕は思わず目を見開いた。


「ぁぐっ!?」


 息ができない。

 視界が一気に暗くなっていく。

 とても苦しく、必死に口を開けても酸素が入ってこない。


 僕は首を絞める両手を引き剥がそうとする。

 しかし、びくともしなかった。

 すごい力だ。

 ウサギ鬼は何も言わず、ただ静かに僕の首を絞め続ける。

 圧迫感が強まり、意識がぼんやりとしてきた。


 鬼ごっこの意味が分かった。

 ただタッチされるだけじゃない。

 捕まるとその場で殺されてしまうのだ。

 これが戦慄サバイバルというデスゲームの本性であった。


 僕は猛烈な恐怖を感じた。

 駄目だ、抵抗できない。

 この状況にすっかり気が弱くなり、苦しみながら首を絞められていた。

 瞬きもしないで、じっと冷酷なウサギ鬼を見つめる。


(僕は何も分からずに死んでしまうのか)


 せっかくの修学旅行だったのに。

 あの楽しい空間を返してくれ。

 退屈な移動時間でよかったじゃないか。

 どうして僕がこんな目に遭っている。

 こんな風に死ぬなんて、あまりにも理不尽なんじゃないか。


 考えるうちに、だんだんと怒りが湧いてきた。

 何もできないまま殺されたくない。

 このふざけたゲームを始めた死神に文句を言ってやらないと気が済まなかった。

 だからなんとかして生き残らないと。


 口から泡を噴く僕は、曖昧な意識のまま両手を伸ばした。

 右手に硬い感触が当たる。

 指でたぐり寄せて掴んでみると、それは拳銃だった。

 首を絞められた拍子に落としていたが、届く範囲にあったらしい。

 僕にもまだツキは残っていたようだ。


 使い方は憶えている。

 ちゃんと説明書を読んでおいた甲斐があった。

 おかげで反撃することができる。


 僕はなんとか腕を持ち上げて、銃口をウサギ鬼の頭に押し付けた。

 その状態で引き金にかけた指に力を込める。

 鼓膜が吹っ飛ぶかと思うような銃声が響き渡った。

 ウサギの被り物に穴が開いて、首を絞めていた両手が外れる。

 そのまま鬼の身体が倒れ込んできた。


 下敷きになった僕は、なんとか這い出る。

 油断なく拳銃を向けるが、ウサギ鬼はもう動かない。

 被り物から血が流れ出して床に広がり始めていた。


 弾は頭を貫通していた。

 さすがに復活することはなさそうだ。

 不気味な外見だが、その辺りは人間と同じらしい。

 これで不死身なのだとしたら、どうしようもないところだった。


「はぁ、はぁ、やった……やったんだ」


 僕は震えながら後ずさる。

 手から拳銃が滑り落ちたので、すぐに拾った。

 ふらついて机にぶつかり、その音に驚いて肩を揺らす。


 だいぶ神経質になっている。

 達成感なんてない。

 じっとりとした嫌な感覚が拳銃越しに背中をぞわぞわと駆け上がってきた。

 こみ上げてくる吐き気はあまり考えないようにする。

 血の臭いが漂ってきたので口で呼吸するようにした。


「…………」


 僕はウサギ鬼の死体を凝視する。

 死体はぴくりとも動かない。

 被り物が血に染まって汚れていた。

 中身はどうなっているのか。

 少し気になったが、さすがに調べることはできなかった。


 殺してしまった。

 しかも拳銃で撃ち殺した。

 とんでもないことをした自覚はある。

 生き延びた安堵よりも、罪悪感の方が何倍も大きかった。


 こんなに気分が悪くなるなんて思わなかった。

 ゲームや映画の戦いとはまるで違う。

 目の前の光景は本物なんだ。

 僕が銃で撃ち殺したのである。


 だけど後悔はしていない。

 撃たないと間違いなく僕が死んでいたのだから。

 ウサギ頭は本気で殺しにかかってきた。

 それに僕が全力で抵抗した結果なのだ。

 殺人は決して許されない行動だが、これは仕方ないのだと自分に言い聞かせる。

 そうでもしないと、大声を上げて泣き出したくなった。


 僕はしばらく深呼吸を繰り返す。

 胸に手を当てて、鼓動のペースを聞く。

 当たり前だが、なかなか遅くなってくれない。

 ずっと速いままだった。


 深呼吸では足りないと思った僕は、授業で習った公式や語呂合わせを思い出して頭の中で唱える。

 別に内容にこれといった意味なんてない。

 とにかく余計なことを考えないようにするためのアイデアだった。

 うろ覚えの知識を必死に思い出して、なるべく無心になってひたすらつぶやく。


 最初は効果がない気がしたが、だんだんと落ち着いてきた。

 鼓動もかなり遅くなっており、少し緊張した程度だろう。

 別のことを懸命に考える作戦は意外と正解だったらしい。


 僕は最後に一度だけ深呼吸をすると、中途半端だった教室内の探索を再開した。

 ショックはまだ残っているが、突っ立ったまま震えている場合ではない。

 やるべきことは分かっているのだから、行動しないといけなかった。


 僕は鬼を殺した。

 こうなったらとことん頑張って生き残るつもりだ。

 嘆いている暇はなかった。

 それよりもゲームをクリアするための工夫を凝らすべきである。


 吹っ切れた部分があるのか、恐怖がぶり返してくることはなかった。

 ほどよい緊張感を保つ僕は、生徒用の机を順番に確かめていく。

 できれば新しい武器がほしかった。

 拳銃の弾には限りがあり、無駄撃ちできるほどの余裕はない。

 これから何が起こるか分からないので、他の攻撃手段も用意したい。


(たぶん鬼は一体じゃない。そう考えた方がいいだろう)


 油断してはいけないので、できるだけ悪い展開を想定しておく。

 これで鬼がいなくなるのなら、あまりにも簡単すぎる。

 あのふざけた死神の放送には、もっと強烈な悪意があった。

 まだこれくらいの危機は序の口だと思っている。


 教室の外からたくさんの悲鳴や銃声が聞こえてきた。

 クラスメートが別の鬼と戦っているのだろう。

 やっぱりそうだ。

 これからも鬼と遭遇する可能性がある。

 恐ろしい事実だけど、さっきよりは上手く戦える気がした。


 わずかに前向きになった僕の心とは裏腹に、探索自体はあまり順調ではない。

 ほとんどの机が空だったり、ボロボロの教科書がノートが入っているだけだった。

 いわゆるハズレである。

 さすがに持ち運んでも役に立たなさそうだ。


 拳銃が見つかったのはよほどラッキーだったのだろう。

 そう簡単に武器が手に入るほど甘くないようである。


(これは諦めた方がいいかな)


 そう考えた時、教室の後ろのロッカーから出刃包丁を発見した。

 新聞紙に包まれたそれを僕は顔の前で掲げてみる。


 長めの刃は少し古くて錆びていた。

 ただし先端はしっかり尖っており、十分に使えそうだ。

 握ってみるとそこまで重くないので、振り回すのも苦ではなかった。


(これは武器になるな)


 僕は出刃包丁を大事に持つ。

 距離を詰められた際、これで鬼を刺すことになるかもしれない。

 正直、銃で撃つよりもさらにハードルが高いだろう。

 上手く刺せるかも分からない。


 しかし、怖がっていては殺される。

 せっかく手に入った武器なのだから、なんとか活用しないといけない。

 ここは覚悟を決める時だ。

 僕は新聞紙を鞘代わりにして出刃包丁を脇に挟むと、教室内の探索を続ける。


 結局、他に武器は見つからなかった。

 やはり武器はそれなりに貴重らしい。

 途中から察していたので気分はそこまで落ちていない。

 収穫があっただけマシだろう。


「……よし、行くぞ」


 右手に拳銃、左手に出刃包丁を握る。

 ポケットには予備の弾を入れているが、咄嗟にリロードするのは難しいだろう。

 銃に装填した六発で戦うものだと考えた方がいい。


 これからは僕は教室の外を探索する。

 移動をせずに六時間の経過を待ち続けることも考えたが、他の場所を探索して武器を集めたかった。

 拳銃と出刃包丁では不安が大きい。

 たとえば同時に二体の鬼が仕掛けてきたら、たぶんやられてしまう。

 だからさらに強力な武器がほしい。


 そして仲間を見つけたかった。

 どこかにクラスメートがいるはずなのだ。

 誰かと一緒にいれば不安は軽くなるし、鬼との戦いでも有利を取れる可能性が高くなると思う。


 何より死体と一緒の空間にいるのは嫌だった。

 せめて血の臭いがしない場所で休憩したいのが本音である。


 僕は慎重に扉を開けると、廊下へと踏み出した。

 視線を左右に向けて誰もいないかを念入りに確認する。

 月明かりに照らされる廊下は、先まで見通すことができない。


 どうにも不気味だった。

 昔、遊園地のお化け屋敷に行った時のことを思い出す。

 暗闇や死角から驚かされて肝を冷やしたものだ。

 当時はびっくりするだけだったが、今は殺されるかもしれない恐怖もある。

 だから神経を尖らせて進まなければならない。


 スニーカーの足音がなるべく立たないように意識する。

 拳銃を前に向けながら、僕は校内の探索を始めた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >どこかにクラスメートがいるはずなのだ。 >誰かと一緒にいれば不安は軽くなるし、鬼との戦いでも有利を取れる可能性が高くなると思う。 ……まあ、「最後まで生き残った人は現世に帰れる」と…
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