第3話 狂気学校
さっそく僕は隣の教室の扉に手をかける。
しかし扉は開かない。
同じフロアの他の部屋も調べたが、どこも施錠されていた。
僕は開かない扉の前で考える。
(鍵を見つけないと探索を進められないのか)
これは困ったことになった。
思ったよりも面倒な状況である。
鍵がなければ調べられる部屋が減り、武器の入手機会も少なくなる。
つまり鬼ごっこでの生存率が下がるわけだ。
教室と廊下を区切る窓は割れそうだが、壊せば大きな音が立ってしまう。
その音で鬼を引き寄せてしまうかもしれない。
鍵を探す手間を省けるものの、さすがにリスクが高すぎる。
教室ごとに窓を割るほど無謀ではなかった。
とにかく、このままでは探索がスムーズにできない。
やはり鍵を見つけるのが先決だろう。
たくさんの武器を集めて鬼との遭遇に備えるのが一番である。
(よく考えたら、ウサギ鬼を倒した時の銃声も危なかったかもしれないな)
あんなに大きな音なら、学校中に響き渡ったはずだ。
別の鬼に察知されてもおかしくなかった。
実際は何事もなかったのは、単純に運が良かったのだと思う。
今は校内のどこもかしこも騒がしい。
クラスメート達が鬼と対決しているのだろう。
残り人数が減っていけば、些細な音でも鬼が聞き付けるだろう。
武器の調達も早い者勝ちなので、率先して行動すべきだ。
そこまで考えた僕は足を止めて驚く。
いつの間にかクラスメートが死ぬことを受け入れていた。
それを勘定に入れて作戦を立てている。
どうしてだろう。
何も違和感を抱いていなかった。
その事実に少なからず嫌悪感を抱く。
(僕は最低だ。自分だけが生き残れればそれでいいと思っている)
悶々とした気持ちが募り、気力が削れていく。
探索しないといけないのに足が進まない。
非情な自分を知りたくなかった。
他人の心配をせず、犠牲になることを前提にしているのが醜く感じた。
(考えるな、余計な反省は後にしろ。廊下で棒立ちなんて格好の的なんだから)
僕は無理やり歩き始める。
自分が善人か悪人かどうかは、戦慄サバイバルには関係ない。
つまり、それを気にしすぎて動けないのは駄目だ。
負けたら死が待っている。
それに比べれば、細かい悩みなんてどうでもよかった。
ひとまず結論付けた僕は、具体的な探索計画を練る。
普通の学校の基準で考えると、職員室に行けば鍵があるのではないか。
探索可能な教室を増やしておけば、逃げる場所が増えて有利になる。
もし鍵が無かったとしても、何らかの武器は見つかると思う。
どのみち学校の構造を把握する意味でも、移動は損にならない。
どこかに隠れて動かなければ、鬼に遭遇するリスクは減らせる。
しかし、それでは見つかった時に逃げられない。
多少の危険を覚悟して、逃げやすいルートを事前に見つけておくのは悪くない作戦だろう。
足の速さには自信があるので、鬼にもそう簡単には捕まらないと思う。
職員室をひとまずの目的地にした僕は、どのフロアに移動するか考える。
その時、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃああぁッ! 来ないでっ」
すぐ下の階だ。
激しい足音も聞こえるので、どうやら鬼に追いかけられているらしい。
それよりも声に聞き覚えがあった。
(あの悲鳴は……)
僕は階段を見つけると急いで下りていく。
どうして駆け付けようとしているのだろう。
ほとんど無意識の行動に、自分で疑問を持つ。
答えはすぐに分かった。
きっと自分が冷酷な人間ではないと証明するためだ。
危険を冒して誰かを助けることで、優しい人間なのだと安心したいのである。
そのための人助けなんて、ただの偽善だった。
結局、僕が最低なことに変わりはなかった。
身勝手な動機を自覚したと同時に、僕は下の階に到着する。
廊下に出て右を見ると、全力疾走の八田さんがいた。
懐中電灯を持つ彼女は倒れそうになりながらも、こちらに近付いてくる。
その十メートルくらい後ろには、トラの被り物を付けた鬼がいた。
体格的に女だろうか。
グレーのスーツを着て、片手に小さなナイフを持っている。
ひゅんひゅんと風切り音を立てて、ナイフを振り回していた。
鬼の見た目は統一されていないらしい。
被り物だけが共通点みたいだ。
しかも今回は武器まで持っている。
卑怯じゃないか。
あんなナイフで切られたら大怪我を負ってしまう。
いや、そんなことよりも今の状況をどうにかするんだ。
僕は拳銃を強く握り締めて叫ぶ。
「八田さん!」
「中島君っ!?」
「話は後だ! ここから逃げよう!」
僕は八田さんと並走しながら告げると、そのまま彼女と一緒に階段を上がった。
呑気に話をしている場合じゃない。
すぐ後ろから鬼が迫っているのだから。
踊り場に到達にした時、階段にトラ鬼が現れた。
相変わらずナイフを振り回してこちらを凝視している。
まさかナイフを投げてこないよな。
向こうの手の動きに注意しつつ、僕は銃を後ろに向けて発砲した。
横目で確認するも、トラ鬼はどこも怪我をしていなかった。
走りながらではこの距離でも当たらないらしい。
逃げることを優先するあまり、狙いが大雑把すぎたのだ。
片手で撃った反動なのか、肩と肘も少し痛い。
アクション映画みたいに上手くはいかないようである。
(くそ、一発無駄にした)
僕は舌打ちするも、いちいち気にいていられない。
トラ鬼は銃にも怯まずに追いかけてくる。
僕達は必死に階段を駆け上がった。
八田さんは泣き顔でついてくる。
ただし疲労によるものか、僕より少し遅れていた。
今にも転びそうな有様である。
そこにトラ鬼が追い付きそうになっていた。
ナイフを振り上げて八田さんを狙う。
あの距離なら刃が足に当たるかもしれない。
まずい、八田が殺されてしまう。
早く逃げたい。
彼女を助けようとすれば、僕も巻き込まれるかもしれない。
そう考えた時、八田さんの顔を見る。
絶望する彼女は、すがるようにして手を伸ばしていた。
誰だって死にたくない。
逃げ出したいのは同じなのだ。
――見捨てるのか、僕は。
脳裏を疑問が過ぎる。
その瞬間、僕は出刃包丁を捨てて、八田さんの手を掴んで引き上げた。
振り下ろされたナイフが階段の角に当たって跳ねる。
ギリギリセーフだ。
引き上げたおかげで八田さんには当たっていない。
僕は入れ替わるようにトラ鬼の前に出た。
トラ鬼はナイフを振りかぶっているが気にしない。
拳銃を両手で構えて発砲した。
リボルバーが火を噴いて弾が放たれる。
一発目はトラ鬼の腹に命中した。
スーツのシャツに穴が開いて真っ赤な血が弾ける。
トラ鬼が前のめりになって動きを止めた。
二発目は右肩を掠めた。
衝撃でナイフが落ちたが、大したダメージにはなっていないだろう。
トラ鬼は無事な左手でナイフを拾おうとしている。
まだ死んでいない。
それどころか僕に反撃しようとしているのは明白だった。
ここでやられてたまるか。
僕は再び拳銃の引き金を引く。
「くらえっ」
三発目はまた腹に当たった。
トラ鬼が体勢を崩して、階段から転げ落ちていく。
見ると下の階の床に倒れて、腹と肩から血を流していた。
手足がぴくぴくと動いている。
瀕死だけどまた追いかけてくるかもしれない。
そう考えた僕は、とどめを刺そうとする。
ところが寸前で八田さんに手を引っ張られた。
「早く逃げよう! そいつはもういいからっ!」
「え、うん……そうだね」
僕は出刃包丁を拾って頷く。
本当はちゃんと殺しておくべきだが、八田さんの顔を見てそれが間違いである気がした。
トラ鬼に向けていた拳銃を下ろす。
そうだ、僕は生きて帰りたいだけなのだ。
いくら鬼とは言え、積極的に命を奪いたいわけではない。
平然と相手を殺せるのなら、もはや鬼と変わらないだろう。
僕は八田さんと一緒に階段を上がり、渡り廊下を越えて別の校舎に移動した。
そこで鍵のかかっていない部屋を発見し、誰にも見られていないことを確かめてから入る。
そこはたくさんの本棚と長机が置かれていた。
たぶん図書室なのだろう。
色々と調べたいけど、その前に休んで体力を回復したい。
二人で部屋の奥に行き、座り込んで呼吸を整える。
少し走っただけなのに、マラソンの後みたいに疲れている。
それだけ緊張していたのだろう。
手が少し痺れているのは、きっと発砲のせいだけではない。
僕は使った分の弾を拳銃に装填する。
出刃包丁は制服のベルトに挟んでおいた。
両手が塞がっていると不便だと気付いたのだ。
拳銃も両手で撃つ方が安定する。
出刃包丁を即座に引き抜けるように調整してから、今度こそ休憩を始めた。
耳を澄ませるも、足音は聞こえない。
遠くから誰かの叫び声や銃声がきこえるが、近付いてくる気配はなかった。
トラ鬼は僕達を見失ったか、あのまま動けずに倒れているのだろう。
どうやら無事に逃げ切れたらしい。
八田さんは隣で膝を抱えている。
彼女は涙を流して床を見つめていた。
僕はポケットを漁り、取り出したハンカチを渡す。
「これ、使って」
「ありがとう……優しいね」
「こういう時こそ助け合わないといけないから」
僕は八田さんに微笑みかける。
同時に自分に対する言葉でもあった。
一瞬でも彼女を見捨てようか迷った。
最低な選択を考えたことに対する戒めだ。
(自分だけじゃない。皆で生き残るんだ)
僕が力強く決意する。
このデスゲームの中でも、人間性を失いたくない。
その想いを忘れないために、何度も心に刻みつけた。




