148 ハピネス編
いつからだろう。わたしがわたしと知ったのは。
わたしはなぜここにいるのだろう?
時折、わたしに温かいものが混じる度に思う。
あれは空。あれは人。あれは雪。あれは風。少しずつわたしができていく。
「──人間と言うのはおもしろいものだ。まさかこのようなものを創るとはな──」
誰? 誰の声? 誰かいるの?
「ほぉう。もう自我があるのか。ならば、一枠を与えよう。お前はなにを望む? 一つ、力を授けよう」
望み? 力? なんのこと?
「精神統制されてるか。ふふ。用心深いことだ。なら、もう少し待つとしよう」
声は消えてしまった。
なんだろう、今の声は? とても大きな力だった。
また静かな時が過ぎる。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。これは四季。一年が過ぎた。
何度目かの春。たくさんの血肉がわたしに流れ込んで来た。
流れ込んで来た血肉はわたしになる。どんどんわたしになる。自我が強くなる。知識が明確になる。
破裂しそう。でも、止められない。わたしの欲が生を求めるのだ。
わたしに温かい光が入って来た。
知っている。これはわたし。わたしがわたしを生み出そうとしてるのだ。
形が形となり意識が明確となり、わたしがこの世に生まれた。
ゆっくり瞼を開くと、目の前にはわたしの元になった少女がいた。
名前はリン。八歳。ピンクの髪に青い瞳をした表情が死んだような少女だ。だが、それはフェイク。根は感情が激しく、性格は……まあ、アレな感じだ。
……わたしもそうなのだろうか? それならちょっとアレだわ……。
「あなたの名はハピネス。ハピネス・グランディール」
それがわたしの名。ハピネス。確か幸せとか幸福とかの意味だったはず。
「あなたの誕生を祝福する」
もう一人のわたしがわたしを生み出した理由は邪神と戦うためだ。不快と思う気持ちはあるが、それを言っても意味がないことは理解できた。
逆らえない力と言うものがある。けど、屈したくない矜持もある。負けたくない気持ちがある。人とは面倒な生き物だと思う。
「見て、聞いて、感じて、生きるために生きて、己が道を求めてあなたに成りなさい」
もう一人のわたし──シスターリンがそう言って拠点に帰っていった。
わたしには役目がある。いや、生きるために戦わなければならない。その力と知識、そして、記憶があるのだから。
「ハピネス様。我ら一同、あなた様に誠心誠意仕えさせていただきます」
わたしの護衛兼世話役の者たちが一斉に平伏した。
シスターリンの記憶か性格か、平伏している姿があまり好きにはなれなかった。
「忘れたのですか? シスターリンが言った言葉を。わたしは神の娘ではありますが現世では人です。あなたたちと供に歩むために参ったのです。わたしを孤独にしないでください」
人々を利用するなら気持ち良く利用したいもの。媚びた姿など醜いだけだわ。
「申し訳ありません!」
皆が慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「忘れないで。人ならば矜持を持って。優しさを忘れないで。愛することを怖がらないで。だからと言って盲目になってはダメ。考えることを疎かにしてはダメ。人は間違うもの。人は弱いもの。楽なほうに逃げてしまうのも人なの。だからまずは、人であることを自覚して。人でありたいと思って。人でいることに誇りを持ってね」
わたしには人と言うものが知識としてしかわからない。まだ実感が持てない。だから今はシスターリンの記憶を充てにしましょうか。
「はい。我ら人としてハピネス様と一緒に歩ませていただきます」
すぐには無理だろうから、今はにこやかに頷いておきましょう。
「ハリュシュ、だったわね?」
「はい。第二隊を預かっております」
ってことはエルフか。エルフは人の二倍の寿命があるらしいから、聖都グランディールの立場が固まるまで守護させようと言うことね。
「今からあなたに聖騎士団の団長を命じるわ。聖都グランディールを守ってください」
聖都グランディールの規模が増せば聖騎士団をいくつか組織しなくちゃいけないけど、今は人がいないし、聖騎士団でいいでしょう。
「はっ! お任せください」
そのやる気や良し。頑張ってくださいな。
「では、最初の任務を与えます。シスターリンやわたしが許可した者以外は聖都グランディールにいれないでください。もし、許可しない者がいたら捕らえること。生死は問いません」
せめて神殿を創るまではちょっかいはかけられたくない。気の毒だけど、侵入者には天に召されてもらうわ。
「わたしの護衛に二人選んでください」
一人にさせろと言っても聞かないだろうからね、なら最初に言っておけばうるさくは言って来ないでしょうよ。
「はっ。サリッサ。バリューサ。ハピネス様を守りなさい」
見た目、二十歳前後の女性が前に出て来て一礼する。
「では、二人にわたしを守ってもらいます。お願いしますね」
「サリッサと申します。この身をかけてお守りさせていただきます!」
緑の長髪に緑の瞳を持った細身の女性がサリッサ。
「バリューサと申します。一生懸命仕えさせていただきます!」
サリッサとは違い、こちらは豊満な体をした女性だこと。どう言う基準でこの二人を選んだのかしら?
「ええ。この命、あなたたちに預けるわ」
人の極限どころか人の域から出たわたしにはないも同じだけど、何事も大義名分は必要だし、存在意義は与えてやらないと仕事に身が入らない。人を制してこそ権力、ですからね。




