第一話:『守ってね、サレットさん』職人への冒涜、お直しします
ブレザーの袖から覗く華奢な指先が、ガラスケースをコンコンと優しく叩く。
私の名前は鎧塚 紅。ごく普通の女子高生……と言いたいところだけど、放課後の過ごし方はちょっとだけ人と違う。
「……溜息が出るほど美しいですねぇ。この15世紀ドイツ、ゴシック式のフルーティング(溝加工)。機能美という言葉では片付けられない、この曲線……」
私は今、博物館の特別展示室で、とある『呪いの兜』を眺めていた。
無駄な装飾を削ぎ落とし、打撃を滑らせるために計算し尽くされた黒鉄の曲面。他の展示物――金ぴかでトゲだらけのレプリカ鎧――とは格が違う。
思わず、ガラス越しにその冷たい鉄の感触を想像して指を伸ばした。
「……触れてみたい。この、サレットさんと対話したい」
指先が冷たいガラスに触れた瞬間、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。
* * *
「……んぅ。ここ、どこでしょう?」
気がつくと、見知らぬ深い森の小道に立っていた。ブレザーのスカートに付いた泥を払うより先に、私は反射的にリュックの中身を確認する。
そこには、さっきまで博物館にあったはずの黒い『サレット』が鎮座していた。
「よかったぁ……。サレットさん、私と一緒に来てくれたんですねぇ」
私はその冷たい鉄の塊を抱きしめ、頬ずりをした。うっとりするような鉄の匂い。
周りに誰がいようと関係ない。私は現代から持ち込んだ愛用のネル生地のクロスを取り出し、汚れ一つないか、丁寧に、丁寧に、サレットさんの表面を磨き始めた。
その時だった。
「おいっ! 娘っ……一人か?」
下卑た声と共に、影が伸びた。振り返ると、そこには継ぎはぎのレザーアーマーを纏った、見るからに治安の悪そうな男たちが三人。
彼らの装備を見た瞬間、私の眉がピクリと動いた。
「はいっ。一人ですぅ」
「へっ、そいつは好都合だ! なあお嬢ちゃん、身ぐるみを剥がされたくなきゃ、金目のもんを差し出しな。……あぁ? あと、お前が大事そうに抱えてるその『鉄くず』も置いてってもらおうか!」
リーダー格の男が、私の腕の中のサレットへ汚い手を伸ばす。
(……サレットさんを、奪られる……?)
その瞬間、私の脳内の回路がショートした。
私は反射的に体をひねり、男の手をかわす。そのままサレットを両手で高く掲げ、勢いよく頭へと押し込んだ。
ガシャコンッ!!!
パチン、と顎紐が留まった瞬間――。
足元から黒い霧が爆発的に噴き出した。
「な、なんだっ!?」
霧が晴れる。
私の姿は、ブレザーにミニスカ、ルーズソックスといういつもの制服のまま。
だけど、首から上だけは漆黒の鉄面皮に覆われていた。スリットの奥から、紅い光が怪しく揺らめく。
「……よくも、私のサレットさんに触ろうとしてくれたね、泥棒ども」
自分の声ではないような、冷徹で低く、ゾクゾクするほど心地よい声が響く。
リーダーの男が恐怖に顔を引きつらせ、手斧を私の胸元へ振り下ろした。
バキィィィンッ!!!
空中で火花が散った。
男の斧は、私の制服の胸元で止まったまま、全く刃が通らない。
その瞬間、衝撃を受けた空間に、黒い稲妻のような幾何学模様がバキバキッと浮き彫りになる。そこに現れたのは、磨き上げられたゴシック式の黒鉄胸当てのシルエットだった。
「な、なんなんだ貴様っ!? 布服の下に何を着てやがる!」
「……何も着ていませんよ。これは、サレットさんが守ってくれている『ゴシックの機能美』です」
私は低く重心を落とし、地を這うような構えを取る。
私の手元に、黒い霧から『エストック』が実体化する。
「ブレード……さぁ、そのスカスカなレザーアーマー、職人への冒涜だと教えてあげましょうか」
私は超高速のステップで、間合いを詰めた。
これから始まるのは、異世界の「クソ鎧」たちへの、お直し(説教)の時間だ。
「さぁ、お直しの時間だ」




