第42話:案_1
始めはあんなに認めなかったのに、母は一度認めるとあっさりを父を『父』だと受け入れていた。実際は、そう見えるだけでわだかまりや不安、不信感もあるのかもしれない。
だが、コウから聞いた話によると、二人はkiccaを交換して、ちょくちょくやり取りをしているらしい。そういうのは疎く、あまりやりたがらなかった母だったから、それを聞いた時は驚いた。それだけ、父の存在が大きかったということなのだろうか。
「あー、お母さん、また司の写真送ってくれ、だって」
「はは、飽きないんだね、孫の写真はやっぱり」
ひとりごちる。
「毎日毎日めんどくさいなぁ、もう……」
「まぁ、良いんじゃない?」
私にも恩恵……もとい、とばっちりはあった。メールは面倒だ、と、母はいつも電話で用事を済ませていたのだが、このたびそんな母からkiccaが届くようになったのだ。
どれだけ私が言っても、姉や弟が言っても、母は頑なにメールもkiccaも使わなかったのに。目覚ましい努力かつ進歩だ。
そして、簡単な用事なら文章で済ませられて大変良いのだが、やたらと司の動画や写真を送ってくれと言われるようになってしまった。
……今のところ、ほぼ毎日だ。子どもの成長は一瞬の出来事だから、確かに司の写真毎日のようには撮っている。しかし、それをまるで強制されるような、義務になってしまうような状況は、正直嫌だった。
「うーん、美代が面倒なら、アプリみんなで登録する? 写真とか動画、共有出来るやつ」
「良いけど、あれってコメント出来るよね?」
何となく、嫌な予感がよぎった。
kiccaを使えるようになった母だ、写真全てにどうでもいいコメントを付けるに違いない。
そして『もっと写真を載せてくれ』と、こちらの都合も考えず、請求してくる気がする。
「コメンなしにも出来た気がするけど」
「それなら、お父さんにも見て欲しいし、俊君のご両親も招待したほうが良いと思うし……」
「うちの両親は別に良いよ?」
「そうもいかないでしょう……」
サッパリしているのか、一ミリも気にしないのか、俊君はあまりこういうことに自分の両親を巻き込まない。というか、連絡を入れたり『うちの親には』とか『うちの親も』という、出来事の延長線上の話もしない。私から見て、俊君のご両親もサッパリとしていて、ああしろこうしろ、とかなんだとか言われないから助かっている。
世の義理の両親が皆そうではないことは知っている。だから、非常に恵まれていると思う時がある。
「……んー……じゃあやめておく。ある程度送ればそのうち飽きるでしょ、ってことで」
「そうかなぁ? 飽きないと思うけど」
「赤ちゃんのうちだけだと思いたい気持ちもある」
「あぁ、それね」
俊君は、ケラケラと笑っていた。
「やっぱり、格別というか、ちょっと違うと思うのよ」
「……美代のお母さんにとっては、赤ちゃんでも赤ちゃんじゃなくても、変わらないと思うけどなぁ……」
直前まで笑っていた俊君が、急に真顔になってこちらを見る。
「……ちょっとそうかもと思ったこと、口に出さないでよ……」
俊君に痛いところを突かれて、思わず眉間に皺が寄る。
そうなのだ。母は子どもそのものが好きだから、何歳になっても変わらないと思っている。
流石に成人でもしたら、催促してこないだろう。
今のこの「いかにも子どもです」という期間の間は、赤ちゃんでも幼稚園児でも小学生でも、母の食指は動きっぱなしな気がしている。
「あ、そうだ。司以外のことに目を向けさせれば良いんじゃないの?」
「例えば?」
「そうだなぁ……」
俊君しばらくは考えた後、とても良い笑顔で言った。
「旅行! 旅行は?」
「旅行?」
私の中では、あまり予想していない言葉だった。
「お義父さんが亡くなる前の年にも行ったでしょ? お義母さんも、お義父さんも、旅行好きだったじゃん」
「えー……。いきなり旅行なんて、二人とも受け入れてくれるかなぁ……」
「二人で行ってきて、って言ったら、厳しいと思うけど。俺たちとか、弟君とか、みんなで行けば案外すんなりオーケイもらえるかもよ?」
「……それはそうかもしれない」
少しだけ考えてみる。
言われてみれば、ハードルを下げれば来てくれそうな雰囲気はあるのだ。
「今は無理だけど、司ももう少ししっかりするころには連れて行けるんじゃない? そういう予定を考えたら、あんまり言わなくなるんじゃないかなぁ」
「司と旅行行くってなったら、より張り切ったりしない……?」
「……ごめん。言っといてなんだけど、ちょっとそれは否定出来ないわ……」
まず司と旅行に行けることで張り切りそうだと思ったが、亡くなる少し前にも、どこどこに行きたいと旅行の話をしていたような気がした。
それは叶わなかったが、今なら父はこの世に存在している。
後悔のないよう、できなかったことをするには、ちょうど良い機会だ。私達家族にも思い出ができるし、悪くない。
そうだ、ちょうど良い機会なのだ。
こうして私は、俊君の案に乗ることにした。




