番外編②、2年後
2年後。人に話しても大丈夫になった後。番外編①の後。
ルースのことを知ったソムヌスの反応がほしかったので。
いつものように連絡なしに遊びに来たアエラス、ルースと普通の会話をしていたはずだった。それなのに、アエラスが急に薄らと笑みを浮かべた。
「ソムヌス、何か質問があれば聞こうか?」
「……急になんだ?」
「ルースのこと、気になっているんでしょう?」
ソムヌスは思わず目を見張る。どこか気を張っていたアエラスは、それを言いたがっていないのだと何となく思っていた。
「兄さんがわざわざそれを言ったということは、隠す必要はなくなったんだな?」
「うん」
あまりにもあっさりとアエラスが頷いたから、心配になったソムヌスはルースの方へと視線を移す。
「ルースはいいのか? 俺に知られて」
「はい。もう危険はないので」
「……危険?」
妙に気になる言葉を使う。警戒しながら2人を見ると、アエラスはいつもの穏やかな笑みを浮かべ、ルースは困ったように笑った。
「違うと思うが、フィニス兄さんの隠し子ということはないよな?」
「……」
「……は? 嘘だろう?」
黙り込んで顔を見合わせた2人に、ソムヌスは自身の顔が引きつる感覚がした。それはないと思ったのに、まさか。
「いい線いってるね。フィニスではないよ」
ソムヌスは息を吸って天を仰いだ。強調されたその言葉で、脳が勝手に答えを導きそうになる。思考をずらし、考えないようにした。
「ものすごく、嫌な予感がするから、それ以上は良い」
「大丈夫だって。君は何を考えた?」
アエラスの金の瞳を見る。そこに宿る色に揶揄いはなく。
きっと、兄は。誰かに言いたいのだと分かった。それなら、真剣に考えなくてはいけないと、さきほど無理矢理とめた思考を再開する。すぐに、分かった。
「……エリー、姉さんの、子ども」
「合ってますよ」
躊躇いがちに答えたソムヌスの言葉に、ルースがしっかりと頷いた。立ち上がったルースが丁寧にお辞儀をする。その洗練された動きは、彼の出自をはっきりと見せつけた。
「僕の父親はコスモ国王のマラキア・パラドクスム。母親はエリー・パラドクスム。旧姓はエリー・テンペスタス。あ、偽名としてエリー・フローレスでしたね。お母様、名字多いな……」
「嘘だろう……」
ソムヌスは呻くよう声をだした。これは自分が知ってよかった話なのだろうか。
「そんな爆弾級の秘密、持ち出してくるなよ……」
「君はそういう反応だよね。良かった」
心底安心した、という声で呟いたアエラスに、首をかしげる。
「何のことだ?」
「いや……。こっちの話」
すぐに笑みを浮かべたアエラスがのんびりと言う。
「大丈夫だよ。もう、コスモ国に交渉はした。心配いらない」
「戦争は起こらないか?」
「うん」
「それなら、良い」
グロリアが戦争を嫌がっており、それを終結させたアエラスに感謝をしていたから。また戦争となれば、彼女が悲しむのが目に見えている。
アエラスの言葉に安堵したソムヌスに、ルースが緑の瞳を真っ直ぐに向けている。
「ソムヌスさんって、お母様のこと知っていますか?」
「ああ。それはもちろん」
アエラスの初恋相手、というだけではなく。学生時代、アエラスのところに用事があって行くと、大体はフィニスとエリーが一緒にいた。特にアエラスは人付き合いを放棄している節があったから、余計に2人と会う機会は多かった。
ルースが少し悲しそうに口を開く。
「僕、お母様に似てないですよね?」
「ああ。顔は。それでも、性格は似ているかもな」
「本当ですか?」
ぱああ、と表情を明るくしたルースに、ソムヌスは微笑みかけた。
「ああ。エリー姉さんは人のことをよく見ていて。いつも人のことを心配していた。優しくて」
目の前の金髪、緑の瞳の少年を見る。桃色の美しい髪を持ち、茶色の瞳だった彼女と見た目だけをとれば似ていないかもしれない。それでも、記憶を思い出して苦しんでいたソムヌスの隣に来てくれたルースは、間違いなくエリーのような優しさを持つ。
「ルース。君に似ているな」
「……ありがとうございます」
「君の母上は、素晴らしい方だった」
「ありがとうございます」
照れたように笑うルースを見て、ソムヌスはその金の髪を撫でた。
にこにこしているアエラスに、念のため質問をする。
「兄さん、エリー姉さんの子だと知ってて家に連れて帰ったわけではないんだろう?」
「うん。知らなかったよ」
『……運命だったのかもしれないし、宿命だったのかもしれない。偶然だったのかもしれないし、必然だったのかもしれない』
最初は知らなかったからこそ、この言葉なのだろう。何の因果なのだろう。
世界で1番愛した人と、世界で1番憎んだ人の子どもがいる、というのはどんな気持ちなのだろう。
考えてはみるが、体験したことのない気持ちは全く分からない。兄が苦しいのか、何も感じていないのかも分からない。
考え込むソムヌスに、アエラスが笑みを向けた。
「グロリアさんには、言ってもいいよ」
「……いや。何かを知っても教えるなって言われている」
「賢明な判断だね」
楽しそうに目を細めたアエラスが冗談めいた口調で言う。
「いやー。グロリアさん、聡い子だよね。行政科にほしいよ」
半分くらいは本気なのだろうな、と思ったソムヌスは少し考えてから返事をする。
「グロリアは魔法科の方が興味ありそうだが」
「え……。君、あんな魔境にグロリアさんを放り込む気? グロリアさんのこと、大事にしないと」
真顔で言い放ったアエラスに、ソムヌスは思わず苦笑する。
「酷い言い様だな」
「行政科に入ったから分かるよ。魔法科がどれだけ魔境か」
そうなのだろうか。ソムヌスには分からない。またフラマと会うときには聞いてみようと決めた。
「それにしても、兄さんが誰かを褒めるのは珍しい」
「いや。そんなこともないよ。フラマくんも使える子だと思っているよ」
「フィニス兄さ、いや、フィニス陛下の道具として?」
「そう。それから、この国を守る道具としてね」
はっきりと返事をしたアエラスに、ソムヌスはただ驚いた。
「兄さんがそんなことに興味あるとは」
救国者と呼ばれるのも気まずそうだったのに。そんな兄が国のことまで考えているとは思わなかった。しかし、アエラスはあっさり首を振る。
「興味なんてないよ。スペス国自体はどうでもいい。滅びようが、何しようが」
アエラスはこういう人だ。この返答なら、納得がいく。
それなら、なぜ。しかし、その疑問の答えはすぐに分かる。アエラスの隣にいる、彼の存在だろう。
「ルースに二度も国を追わせるのはかわいそうだからね。ルース。スペス国は好き?」
「はい。好きです」
「うん。だから守らないと」
アエラス・クレアティオはこうだ。自分のためには動かない。望まれて、求められて、やっと自分自身を価値あるものとする。しかも相手の望む以上の結果を持ち出す。
クレアティオの当主となったのも、フィニスに頼まれたとかだろう。学生の頃は兄の行動が全く分からなかったが、今では少し分かる。
行動は自分の意思ではしないのに、決めたのは自分だからと選択の責任だけはとろうとする。それは正しいけれど。アエラスを大切にしている人からは怒られそうだ。
しかし。目の前の少年を見つめる。彼が来てから変化が生じている気がするから、ソムヌスがあまり考える必要はなさそうだ。
「ソムヌス。君のこともいつでも歓迎するよ」
行政科への勧誘。しかし、ソムヌスの成績では行政科に入れるのだろうか。
「俺の学生時代の成績だと無理だろう?」
「手を抜いていたでしょう? 今からでも間に合うよ」
しかし、目の前にいるアエラスは、魔法科に入ると思われていたのに、いきなり行政科に切り替えた人間だ。勉強はやればできると思っていそうで、ソムヌスは苦笑した。
「兄さんから本心で頼まれたら、考える」
「えー」
兄が本気でソムヌスに助けを求めたのなら、ソムヌスは多少の努力や自分の人生の残りを国に預けることも考えるかもしれない。しかし、今のアエラスはあくまで適当に言っているだけに見える。
「なんだかんだ、自分がいれば一応は回せると思っているだろう?」
「いやー、万年人手不足だと思っているよ」
「どうだか」
アエラスは人を当てにしない。どうでもいいと言っておいて。やる気なさそうに、淡々としながらも自分だけで成し遂げる。
彼が、ソムヌスの人生を本気で国のために使ってほしければ、もっとちゃんと頼むはずだ。恐らくソムヌスの意向を探っているだけ。
「ルース、君は今、幸せか?」
「はい」
「それなら、良い」
クレアティオは、ソムヌスにとっては嫌いな場だったけれど。兄の家でこの子どもが幸せを感じられているのなら、それは素晴らしいことのように思えた。
そう思っていると、アエラスにじっと見つめられているのに気がついた。
「ソムヌス、君こそどうなの?」
「俺?」
「うん。君は幸せ?」
幸せかどうか。そんなのは、悩むまでもない。
口元が勝手に緩むのに気がつきながら、ソムヌスは言った。
「もちろん。グロリアと出会って。俺の世界は変わった」
ソムヌスはこのまま一人でいると思っていた。客と近すぎない交流をして、私的な交流はほとんどしない。
辛いわけではないけれど、どこか単調な日々が続くのだと思っていた。
それが、彼女のおかげで一変した。
グロリア。ソムヌスの愛する人。彼女がいるから、世界は一気に明るくなった。
「幸せだ。とても」
「それなら良かった」
そう言って笑った兄に、ソムヌスは微笑みかけた。
アエラスには幸せかどうかを聞くまでもない。ルースが来てから、とても楽しそうだから。
「それじゃあ、ルース。そろそろ帰ろうか」
「はい。ソムヌスさん、僕はもうすぐ学校なのであまり来れなくなりますが、また来ます。おすすめの魔法書、教えてください」
「そうか。もうそんな年齢か。分かった。学校、頑張れ。サボってもなんとかなる」
「はい!」
ソムヌスは授業自体はサボりまくっていたが、ちゃんと卒業できている。
アエラスが呆れたように笑う。
「サボってなんとかなるのは君だからでしょう?」
「兄さんには言われたくない。どうせ手を抜いていたのに」
そう言うと、アエラスは少し罰が悪そうになった。ルースの前では格好をつけたかったのかもしれないが、ソムヌスは容赦なくバラした。
「まあ、いいか。ソムヌス。また来るね」
「ああ」
アエラスがドアを開く。太陽の光が差し込んできた。
「あ、言い忘れてた」
振り返ったアエラスが温かな笑みを浮かべる。
「結婚おめでとう、ソムヌス」
「おめでとうございます、ソムヌスさん」
「ありがとう」
ソムヌスの指にはめられている指輪が、太陽の光を浴びてキラリと光った。それを愛おしく思いながら、グロリアの帰りを待った。




