69、クレアティオという家②
考え込む様子のソムヌスを見つめると、彼が難しい顔のまま、口を開いた。
「しかも、ここ最近のクレアティオの名は、特に高い」
「アエラス様が、いるから?」
「そうだ。兄さんの存在は大きい。兄さんが『魔法科に入らない』『魔法を公のために使わない』と宣言したのは知っているだろう?」
「それはもちろん」
有名な話だ。魔法の天才として知られる救国者が魔法を拒絶する宣言。アエラスがそれをしたのは、学校を卒業する前。国中に知れ渡るほど、噂になった。
「それは皮肉にも、兄さんの評判を下げる代わりに、クレアティオの名の価値をさらに上げた」
「価値をあげた?」
グロリアが問いかけると、ソムヌスはしっかりと頷いた。
「クレアティオは、自分で選べる、と。強大な力を持っていても、それを使わない選択肢を取ることができると見せつけた。もちろん、兄さんが救国者でなければできなかっただろうが」
――クレアティオは誰の言いなりにもならない。
そんな風に見える。もちろん、救国者であるアエラス・クレアティオ以外がそれをできたかは分からないが。
「それに、クレアティオの名の価値を上げたのは、兄さんだけじゃない」
「そうなの?」
他に誰かいただろうか。アエラス以外で有名な人。グロリアはクレアティオの関係者を思い出す。考え込むグロリアを見て、ソムヌスが口を開いた。
「前王陛下を覚えているか?」
「……あ! クレアティオの生まれね」
「そうだ。俺の父親にあたる人間の、弟」
ソムヌスの叔父は前王だ。
「名としては、クレアティオを継がずに、別の公爵家の養子へ入った。そして、王に選ばれた」
そう。姓が違うからグロリアは忘れていた。元々はクレアティオの人間だった。
「名は違うとはいえ、生まれはクレアティオであることは、誰でも知っている。それはクレアティオの価値をあげてしまった」
王にすらなれる存在。兄弟そろって優秀な人材が生まれる家門。そのように評価される。それがクレアティオ家。
ソムヌスが苦そうに視線を落とした。
「それがさっき言った、クレアティオの名の重さだよ。自分の人生がかかっていた人もいるのだから」
クレアティオの名が高くなればなるほど。ソムヌス・クレアティオだった彼への評価もあがっていく。
「グロリアのご両親はそれを理解していらっしゃるのだろう。ご両親が止めるのは正しい。俺という危険因子を側にいかない方が、安全だ」
グロリアは身体の芯が凍り付く気がした。
このまま別れ話をされるのか。交際の許可をやっともらったばかりなのに。
慌ててソムヌスを握る手に力を込めると、彼が視線をグロリアに向けた。その金の瞳の強い色に、息を呑んだ。
「それでも、君が好きだ。君を危険に巻き込む可能性があるのに、君の側にいたいと思ってしまう。そんな、愚かな俺を許してほしい」
その切実な声に、グロリアは頬を緩めた。両手で、ソムヌスの右手を包む。
「ソムヌスさん。もう約束したでしょう? 私は、ソムヌスさんと生きるの」
グロリアの言葉に、少し強張っていたソムヌスの表情も緩んだ。
「そうだな」
ソムヌスと一緒に。これからも生きていく。そのグロリアの望みをソムヌスが否定しなくて良かった。
しかし、さっきの話はいつ考えたのか。元々は「認識していなかった」話だから、記憶を取り戻してから考えるタイミングはあったはずだ。アエラスから聞いたのか、とも考えたが、彼はそういうことには疎そうだ。
「ソムヌスさん。それを1人で考えたの?」
「ああ。グロリアが記憶を取り戻している間に猛省していた」
グロリアが記憶を取り戻すまで、20時間かかったのだ。考える時間はいくらでもあったんだろう。
「……一緒に考えたかった」
グロリアの両親からの呼び出しにより、グロリアに話す時間がなかったのは分かる。それでも、ソムヌスが1人でずっと考えていたのを思うと苦しくて。つい、文句を言ってしまう。
「悪い」
ソムヌスからの謝罪で申し訳ない気持ちがわき起こってきた。グロリアの我が儘で文句を言っているのだから。
「ううん。私の方こそごめんなさい。ソムヌスさんだけいっぱい考えて苦しんだのが、嫌で」
「苦しんでないから、大丈夫だ」
本当にそうだろうか。グロリアがじっと見つめていると、彼は困ったように笑った。困らせるのは本意でないので、グロリアはそれ以上追求することはなかった。
ソムヌスがふっとどこか皮肉めいた笑みを浮かべた。
「まあ、クレアティオ家が血筋を保つのは終わりだな」
「ルースくんね」
アエラスが拾ったという少年。理知的な金の瞳。大人びた考え方をする子ども。
「兄さんは、ルースを後継にするとは宣言していないけれど、する気は満々だろうな」
「頭良さそうな子だものね。アエラス様がかわいがっているように見えるし。ルースくんが、クレアティオの遠縁ということはないの?」
クレアティオの血が入っているからこそルースの聡明さがあるのではないか。そう思って尋ねるがソムヌスはすぐに首を振った。
「基本的には、ない」
ソムヌスが、自分の目を指した。
「金の瞳。それが、クレアティオの血が濃い証だ。もちろんたまに違う人もいるが」
ルースの緑の瞳は、金に見える余地も残していない。
「そして、金髪はどこを探しても、遠縁にはいない」
「調べたの?」
「それは気になるだろう。兄さんが誰かに騙されていたら困るし」
「何か分かった?」
肩をすくめたソムヌスが首を振った。
「全く。収穫、ゼロだった」
そんなに簡単なことではないのだろう。アエラスが何かを知っている可能性があるが、ソムヌスにも言わないということは言えないことだろう。
考え込んでいたソムヌスが何度か瞬きを繰り返した。
「あ、金髪、といえば」
「何か思いついた?」
「いや。多分関係ないが、フィニス国王陛下の家、テンペスタス家は、たまに金髪の人間がいたような。フィニス陛下は金髪ではないけど」
現在の国王、フィニス・テンペスタス。彼の家にはたまに金髪の人間がいたというソムヌスからの情報に、グロリアは妙に嫌な予感がした。
「……ルースくん、国王陛下の隠し子とか言わないわよね?」
「それはないと信じたい。俺の知る『フィニス兄さん』は誠実な人だから。父親は女遊びが激しかったから、それを忌々しそうにしていた」
父親のようにはならない、と彼が決めていれば大丈夫だろう。
「もっとも、王座は人を変えるという。フィニス陛下がどうかは知らないが。フィニス陛下の隠し子を兄さんが自分の養子にする、というのはありそうな話だ」
シナリオとしてはあり得る。しかし、ソムヌスの感覚だと、違う。それなら、ソムヌスの感覚を信じればいい。
ソムヌスも、自分で言いながらあまり疑っていないのだろう。緩やかに首を横に振った。
「まあ、金髪は別に珍しくない」
「それでも、ルースくんの金髪は希少な光を放ってない?」
「ああ。本当に綺麗な金髪だ」
普通の金髪ではない。この世の金の1番綺麗な部分だけを摘出して混ぜ込んだような。金の輝きを最大限に発揮できる部分を詰め込んだような、特別感。クレアティオの金の瞳とも違った印象を持つ。
ぱちりと金の瞳を瞬かせたソムヌスが、ぼんやりと呟いた。
「……運命だったのかもしれないし、宿命だったのかもしれない。偶然だったのかもしれないし、必然だったのかもしれない」
「え?」
唐突なソムヌスの言葉に、グロリアはぽかんとする。ソムヌスがふわりと笑みを浮かべた。
「兄さんが、ルースを養子にしたあとに言っていた」
「……やっぱり、国王陛下の隠し子なんじゃない?」
グロリアが顔を引きつらせると、考え込んだソムヌスは納得がいっていなさそうだ。すぐに首を振った。
「いや……。それはやっぱり違う気がする。ルースは逃げ出したと言っていたよな? フィニス兄さんが逃げ出すような悪い環境を作るとは関係ないし……。仮に作ったとしたら逃げ出す余地なんて与えない」
「……そうなのね」
国王陛下が優秀というのは有名だ。グロリアは実際に会ったことはないが、学生時代にまだ国王ではなかった彼が卒業してからも、学校内では人気があった。
逃げ出すようなことはしない。仮に悪環境だとしても、逃げ出す隙を作らない。ソムヌスのその言葉で、国王フィニスがどれほど徹底的な人かが伝わり、グロリアは目を逸らした。
「それだと、兄さんの意味深な言葉は関係なかったのか?」
「アエラス様が教えたいタイミングで、ソムヌスさんに教えてくれるんじゃないの?」
「グロリアも興味あるか?」
好奇心は強い方のグロリアだけれど、この件は触れない方が良い、と本能が言っている。
今、ルースはアエラスの元で幸せそうにしている。それ以外の何かがいるだろうか。
――少なくとも、グロリアは知らなくて良い。
「ルースくんはアエラス様の息子。それだけで十分よ。……すっごく聞いたら危うそうだから、仮にアエラス様から聞いても私には言わないでね」
「分かった」




