68、クレアティオという家①
グロリアは、ソムヌスを家まで送る馬車に一緒にのっていた。ぼんやりとしているソムヌスに、グロリアは声をかけた。
「クレアティオの名は、重かった?」
「え……」
「さっき、ソムヌスさん。言ってたよね? クレアティオの名の重さを認識していなかったって」
「ああ。言ったな」
金の瞳を優しげにグロリアへ向けるソムヌスを見て、恥ずかしいような嬉しいような気持ちで心がいっぱいになった。それでも、好奇心を抑えきれずにグロリアは尋ねる。
「それに、アエラス様も言っていた。私がソムヌスさんのことをクレアティオとは関係なく好きになって良かったって」
「兄さんが……」
驚いたように呟いたソムヌスに、グロリアは疑問をぶつける。
「クレアティオが名家なのは知っているけれど。それでも、あなたを見る人は、いたんじゃない?」
フラマ・ヴァラトスのように。ソムヌス自身と仲良くなりたかった人は、いたのではないか。それは、友人を望む形かもしれないし、恋人を望む形かもしれない。それでも、ゼロとは思えない。
黙り込んだソムヌスが、ぼんやりと窓の外に目を向けた。グロリアが黙って待っていると、ぽつりと口を開いた。
「クレアティオがどんな家か、知っているか?」
「えっと、公爵という地位を、一度も落としたことのない家」
実力が重視される中で頂点に近い存在。代替わりのときに、そのままの爵位で良いか審査が行われるが、クレアティオは文句すらついたことがないという。
グロリアが思い出しながら言うと、ソムヌスは頷いた。
「そうだ。もっと言おう。クレアティオは、『自分の血筋だけで』維持をし続けてきた」
「優秀な人を引き込むことなく?」
「ああ」
あるいは優秀な人を妻や夫にする。そうやって、優秀な子孫を作ろうとすることもあるが、やはりどこかで限界がくる。
そもそも、「優秀な人」を妻や夫にするには、自分が優秀な人ではないと、結婚に応じてもらえないことも往々にしてある。
もちろん恋愛結婚もあるが。それでも、家の地位を保つためには優秀な人を配偶者にするしかない。
それができない場合はどうするか。優秀な人を養子にとるなどして、家の爵位を守る。
これが通常だ。その中で、養子をとったことがないというのは極めて珍しく、特殊。
「だから名家だ。しかし、それだけではない」
ソムヌスの表情にふっと柔らかさが混じる。
「俺の、兄は。アエラス・クレアティオだ」
「魔法の、天才であり、救国者であるアエラス様」
「そう。俺としては、『アエラス・クレアティオの弟』という認識のみだった」
それが、クレアティオの名の重さを認識していなかったという言葉の、真意。
「クレアティオ家の人間、ではなく」
「ああ。クレアティオとしては、俺は予備に過ぎなかったから」
優秀な兄を持ったからこそ。ソムヌス自身は、クレアティオの名を実感しなかったということだろう。
グロリアがそっとソムヌスの手に触れると、彼は顔を上げた。グロリアの手を握り返しながら続ける。
「だから、高頻度で俺を養子にしたい、娘の夫にしたい、と言われることもあった。俺はそれを、兄さんとの伝手を作りたい、くらいの認識だった」
ソムヌスが緩やかに首を振った。
「違うんだ。今考えれば分かる。クレアティオの血がほしい人も多かったんだ」
血筋主義ではないからこそ、ソムヌスは見誤った。「実力者の弟」がほしいのだと思っていた。
「しかも、他にも事情はある。兄さんが、結婚をしないことも拍車をかけた」
結婚をしない。自分の血をわけた子どもをつくらない。それは、血筋で実力を継いできたクレアティオとしては、前代未聞。しかし、アエラスには「結婚しない」という決意を曲げないほどの意志と力があった。
「兄さんが、絶対に結婚はしないと宣言したのも、俺に人が集中した理由だ。仮に子ができれば、兄さんの養子にしてもらえるかもしれない」
アエラスが弟であるソムヌスを可愛がっていたことは周知の事実。そんな弟の子どもをクレアティオの後継に据える。ありそうな話だ。
急にソムヌスの表情が苦しそうに歪み、グロリアの手を握る力が強くなった。
「グロリア。君のことを、突き落とした人間たち、いただろう?」
「はい」
簡単に忘れるなんてことはできない。
グロリアが返事をすると、ソムヌスが視線を落とした。
「俺は、そこまで自分自身が――クレアティオでも、救国者の弟であることを除いて、人から好意を寄せられるとは、思っていなかった。今でも、あまり分からない」
グロリアは目の前で不安げに俯く男を凝視した。外見の美しさ、能力の高さ、性格の穏やかさ。
どこをとっても、魅力的な人間だ。しかし、好かれることに慣れていないのか。
グロリアも、ソムヌスの手を握る力を強めると、俯いていたソムヌスが顔をあげた。その金の瞳には、悲痛な色が混ざっていた。
「しかし、あそこにいた中には。親に命じられて、俺に近づかないといけなかった人や、俺と結婚できなければ家を継がせない、と言われた人もいたそうだ」
グロリアは目を見開いた。複数人いたけれど、それはみんながソムヌスに惚れ込んでいたとは限らず。自分の身を守るために後がない状況で、グロリアという婚約者になり得る存在を排除したかった人もいたというのか。
それを知ったところで、今のグロリアが何をすることもない。そもそも、処分を下したのはグロリアじゃないから。それでも、少し同情してしまう。
ソムヌスが絞り出すように声を出した。
「俺がさっさと、表明すれば良かった。貴族として生きる気はない、と。そうじゃないと、みんなクレアティオを欲しがる。手に入ると、期待する」
たった1つの家門の存在が、他者の人生を狂わせた。それは、なんと残酷な話だろうか。




