67、ふさわしい相手
アエラスの言葉で何やら考え込んでいるアリアに、ちらりと視線を送る。
「私も君に聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「結局、なんで私に帰るなって言ったの?」
「えー、そんなの何となくですよー。あ、アエラス先輩。帰らないでください。冗談ですから」
面倒くさい。本気で帰ろうかと思った。そこまで知りたいわけではない。
アリアに慌てた声で制止され、仕方なく振り返った。
「それで?」
アエラスが促すと、アリアはすぐに口を開いた。
「ただ、グロリアとソムヌス様の味方になるのが自分だけだと心許なかったからですよ。剣で解決できなかったときは、どうにか説得の手伝いをしないと、と思っていたので。アエラス先輩、意外と議論強いでしょう?」
「別に議論は強くないけれど」
アエラスの否定を気にせず、アリアは言葉を続ける。
「それに思うんです。あなたはどれだけ中立的にいようとしても、グロリアとソムヌス様の味方をしてしまう。自分がエリー先輩への恋を叶えられなかった分、必死に叶えようとしている人に同情する。そちらの肩をもってしまう。違います?」
「……本当に、世間に自分の失恋が知られているのって厄介だ」
エリー・フローレス。アエラスにとっての大切な存在。彼女を手に入れられなかったことが、今回の件と関係しているか。
わざわざ肯定する気もないのに、確信めいたアリアの表情が少し腹立たしい。
「やっぱり、あなたは味方になりましたよね?」
「さあ、どうかな?」
はぐらかしてから、アエラスは帰ることを決意した。このままだと、アリアに見透かされそうで。
何も考えていない人間かと思ったのに。意外に人の表情を見ている。
「とにかく、君は明日の朝。私のところに来てね」
「今じゃ駄目なんですか?」
「こんな人目があるところで言えるわけがないでしょう?」
アエラスは足早に、その場を後にした。
◆
呆れた顔を隠さずに立ち去ったアエラスを見て、アリアは息を吐いた。緊張が一気に解けた気分だ。
あの人は、怖い。本能的に、恐怖をおぼえる。
アリアの敬愛するエリー・フローレスは「アエラスは優しいのよ」と事あるごとに言っていたから、それを信じて気楽に振る舞っているが、時折どうしようもなくアエラス・クレアティオという存在に恐ろしさを感じる。
穏やかで、酷く美しい外面。儚そうとすら言われる見た目をしている。
しかし、彼から猛獣のような気配がする。気性が荒くて、苛烈な内面を必死に隠そうとしているような。仮面をかぶり続けて、演じているような。「本来の自分」を殺そうとしているような。
それは感覚的なものだ。理屈ではなくアリアが勝手に思っていること。
あの人が何を考えているのか、さっぱりだ。全部嘘のように見せかけて、全て本心のように見える。何も考えていないように振る舞いながらも、いつも何かを考えているようにも見える。
普段は、恐ろしいほど読み取れない。だからこそ、先ほどのソムヌスやグロリアに見せていた表情が「本物」に見えたことが余計に戸惑いを生んだ。
それに対し、弟のソムヌスはアエラスとは違う。
剣を交わせば、相手の「本心」が垣間見えることがある。ソムヌスは大体分かった。
どこか対人には怯えていて、不器用だ。アリアを相手にしながら、慎重で、探るような対応だった。人を相手するのに、怖がっている。
その一方、魔法の扱いは繊細で器用。あんな風に剣の打ち合いの傍らで、氷を作った人を見たことがない。その氷で攻撃もできたはずなのに、それをあくまで補助として使った。綿密で、鮮やかに。自分の目的を達成してみせた。アリアを傷つけることもなく。
その不調和さにぞくりとした。器用でありながら、不器用である。どちらにもなれる。どちらの彼も、本物だ。
そしてそれらの芯にあるのは、グロリアを大切にするという強い決意。それが、不調和な彼の均衡を取っている。
他にも、ソムヌスの特徴として、感情が全く乱れない。どんな角度から攻撃をしても、苛つくことも焦ることも驚くこともなく。ただ、対応する。
メンタルが強靱というわけではなさそうだ。それなのに、どこか余裕を残している。
それも、結局のところ、グロリアが見守っていたからだ。
母は、「アエラスの方が良い」ようなことと言っていたが、とんでもない。
吹き荒れる風のようなアエラスと、揺れが少ない水面のようなソムヌス。
どちらが良いか。剣を交わしたアリアにとって、明白だ。
ソムヌスほど、グロリアの相手に相応しい相手はいない。逆にソムヌスにも、グロリアより適した相手がいるとは思えない。
とにかく、上手くいって良かった。
「アエラス先輩は、家名をあげようかとか言っていたけど、私は何かあげられるもの、あったかなー?」
グロリアとソムヌスに、幸せになってほしい。だから祝いたい気持ちはあるが、アエラスにあそこまでの物を提示されてしまうと、他が見劣ってしまうのが困りものだ。
「うーん。剣でいいかな?」
自分が貰ったら嬉しいものを渡せばいいか。アリアは、どの剣にするかを考えながら、自室へと向かった。




