36、花畑
数日後。太陽により照らされた外の様子をみて、グロリアはソムヌスヘ声をかけた。
「今日、天気いいですね」
「そうだな」
外に出ると太陽の光が心地良さそうだ。室内にずっといるのが勿体なく感じたグロリアは、何か楽しいことができないかを考える。
「ソムヌスさん、ピクニックしませんか?」
外でご飯を食べたら、楽しいんじゃないか。そう思ったグロリアが提案すると、ソムヌスが軽く首を傾げた。
そんな今まではなんとも思わなかった仕草に目が引き寄せられ、心が掴まれるような感覚がするとは、自分はなんて単純な人間なのだろう。グロリアは息を吸って心を落ち着けた。
「ピクニック?」
「あ、もちろん時間に余裕があればですが」
ここに来ているのが遊びではないことは勿論認識している。それでも、ソムヌスと行けたら良いな、と思った。ソムヌスが少しでも嫌そうなら止めようと思い見つめるが、そのような表情は浮かんでいない。
「今日は誰かが来る予定もないから時間には余裕はあるが……。ピクニック?」
「行ったことないですか?」
「家の庭くらいだな」
クレアティオの家の庭は広そうだ。それなら、どこかにわざわざピクニックに行く必要はないのだろう。
グロリアもそんなにピクニックに行くわけではない。しかし、自然に囲まれた場所にはたまに行く。
「私、いい場所知っているんです。一緒に行きませんか?」
「分かった。お昼に行こう」
「ありがとうございます!」
ソムヌスが了承してくれたため、グロリアはソムヌスヘ礼と共に笑みを向けた。
◆
グロリアがソムヌスを連れてきたのは街の中心からは少し離れた場所だ。
ここには花が咲き誇っている。グロリアはこの景色を見るのが好きだ。どの花にも違う魅力があり、飽きずに見ていられる。何も考えたくない日は、ここに来ている。
「どうですか? ソムヌスさん。とても美しい場所でしょう?」
「ああ。本当に、すごく綺麗だ。こんな場所があるなんて知らなかった」
ソムヌスが心から言っていることが伝わってきて、グロリアはふわふわと温かい感情が広がった。
そんなグロリアを見て、ソムヌスが口を開く。
「グロリアさんは自然も好きなんだな」
「はい。あ、ソムヌスさん、もしかしてお嫌いでした?」
この前の好きなものの話では食べ物が中心だったし、嫌いなものの話をしたときは、場所についての話題もあったが、自然の話はでなかった。
グロリアは好きな方だが、ソムヌスからは何も聞いていない。彼は嫌いだったかもしれないとグロリアは焦るが、ソムヌスはすぐに否定した。
「いや、大丈夫。俺も好きだ」
「それなら良かったです」
ソムヌスを好きだと自覚してから、彼に不快に思われるのが怖い。好きな人の心を荒らしたくないから。
花が咲いていない場所に布を敷いて、ソムヌスと隣り合って座った。しばらくの間二人でぼんやりと花を眺める。
「それでも、俺に教えていいのか? ここは君の大事な場所じゃないのか?」
ぼんやりとしていたグロリアは、ソムヌスの声で彼の方を向く。金の目を伏せながらそう言ったソムヌスに、グロリアはすぐ返事をした。
「そうですけれど。ソムヌスさんならいいです」
この美しい景色を共有するならソムヌスがいいと思った。
金の瞳を見開いたソムヌスは、真っ直ぐにグロリアの方を向き、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。君の秘密基地を教えてくれて。荒らすことのないように気をつける」
「ソムヌスさんが荒らすなんて、想像もできないです」
「それでも、分からないだろう。未来のことなんて何も」
「確かにそうですね」
未来のことは何も分からないけれど、穏やかな日々が続けばいいのにな、とグロリアは思う。このままソムヌスの店で……。
そこではっとする。グロリアはもうトニトルスへの失恋を思い出さなくなってきた。記憶を消す必要は、もうない。
ソムヌスの店にこれからもいたい。しかし、それはグロリアの自己中心的な考えだ。ソムヌスがグロリアを働かせてくれているのは、記憶を消すためだ。
その理由がなくなった今、ソムヌスにはその理由はない。
もう大丈夫だ。自分は失恋からは立ち直った。記憶消し屋への依頼は取り消す。ソムヌスにそう言えばいいのに。
それでも。グロリアの口が動くことはなかった。ただ、黙ってソムヌスの隣で花畑を眺め続けた。
ソムヌスを騙している自分の罪が、ずしりと胸にのしかかる。目の前に咲き誇る花は変わらず綺麗だった。




