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33、国王直属の部下は気がつく

 それにしても、何かが引っかかる。フラマ・ヴァラトスは、目の前のソムヌスを見ながら考えていた。

 フラマは酔いやすいタイプではなく、強いほうだ。思考は正常に働いている。


 グロリアが()()()()()()()()()()()()

 それが不可解すぎる。こんなに目立ち、噂になっていた男を覚えていないということがあるだろうか。

 そうは言っても、フラマはグロリアのことを知らない。まともな自己紹介すらしていない気がする。

 フラマはぼんやりしているソムヌスに声をかけた。


「ソムヌス」

「なんだ?」

「グロリアさんの姓は?」

「グロリア・ノーティカだ」


 一応フラマの声は届いたらしい。


 ノーティカ家。騎士が多い家門だ。確か現当主、次期当主はどちらも騎士科。確か今の爵位は伯爵家だったか。

 フラマのヴァラトス家も騎士だった当主が多い家だから、少しの親交はあるかもしれないが、行政科のフラマはあまり関わりがない。


 フラマやソムヌスが6年生のときに1年生だったグロリア。仮に彼女がソムヌスのことを本当に知らないとしたら、世間知らずにもほどがある。周りに興味を持たなさすぎだ。

 しかし、嘘をついているようにも見えなかった。フラマの目でみたグロリア・ノーティカは、誠実、という印象だ。


 それなら、なぜ知らない。グロリアには婚約者がいた、という話だったから、その男以外目に入っていなかったのだろうか。しかし、1年生の頃から婚約者がいたかどうかをフラマは知らないため、その仮説があっているかの確認はできない。


 これ以上考えても答えは出ないだろう。フラマは諦めて、目の前のワインを口にした。


 眠そうなソムヌスを見ながら、彼の兄、アエラスのことを思い出す。あの人には面倒をかけたが、あとで謝罪にいったときは怒られることもなかった。二度目はない、とは言われたが。


 アエラスのことで、ふと思い出した。そういえば学生時代に一度だけ。あの人が無茶苦茶な箝口令を敷いたことがあったような。


 それこそ、フラマとソムヌスが6年生だったときの話だ。しばらくの間、ソムヌスが全く学校に来なくなった時期があり、その時に箝口令が敷かれた気がする。


 どんな内容だったか、とフラマは思考を巡らす。しかし、10年前の話だ。すぐには出てこない。


 ソムヌスに関連していたはずだ。ぐるぐると考えていたフラマは、とある事実にたどり着き、息をのんだ。


「は、え? うそ、だろ?」


 そうだ。グロリア・ノーティカ。その名をどこかできいたことがあるような気がしたけれど。そうだ。アエラス・クレアティオ公爵が敷いた箝口令。


『ソムヌス・クレアティオとグロリア・ノーティカに2人の関係、2人を巻き込んだ事件について知る者は、それについて口外してはならない』


 当時6年生だったフラマは、行政科へ入るための勉強で忙しくて、あまり周囲の出来事を知らなかった。しかし、この箝口令には訝しんだものだ。


 わざわざ2人を名指しでの箝口令を敷いた。フラマは気になっていたが、情報を手に入れることはできなかった。なにせ、救国者からの箝口令。しかも、戦争終結から4年後であり、アエラスの功績の記憶は新しかった。そんな中、彼に逆らう人間がいるはずもない。知っている者は今も口をつぐんでいるということだろう。


「つまり……」


 グロリアとソムヌスは友人か婚約者であったと考えるのが自然だ。しかし、2人とも覚えていないのだろう。


 ソムヌスが覚えていない。つまり、彼が消した記憶にはグロリアが関係している。


 この前、ソムヌスが『秘密』を口にしたとき、彼がなんと言っていたか。


『昔、好きだった人がいたようだ。それでも、俺は何も覚えていない。自分の記憶を消したから。覚えているのは、幸せだった日々は俺のせいで消えた。それだけだ』


 その相手はきっと、グロリアだ。

 

「まじで……?」


 しかし、そんな偶然、あるのだろうか。まるで、運命。そうなることが定められているかのように。


 そして好きだった相手、グロリアの持つ記憶も消した。だから彼女も覚えていない。


 一体、何があればそんなことになるのか。想像もできない。


 急にワインの味がしなくなってきた。グラスが空になってからは注ぐことはせず、水を口にした。急激に酔いが冷める感覚がし、舌打ちをしたくなる。

 余計なことに気がついてしまった。これからどんな顔で2人と話せばいいのか。


「おーい、ソムヌス、起きているか?」

「……ああ」

「俺、そろそろ帰るな」


 フラマがそう言うと、ソムヌスは一気に目が覚めたような顔をする。軽く首を傾げたとき、紫の髪がさらりと肩から流れ落ちた。


「泊まっていっても構わないが」

「あー、ちょっと、用を思い出して」

「大丈夫なのか?」

「ああ。大丈夫だ。簡単な用だから」


 用なんてない。自分を気遣うような目で見てくるソムヌスを見ていると、いたたまれない気持ちになり、フラマは立ち上がった。


「グラス、どうすればいい?」

「置いておいてくれ。明日、洗うから」

「りょーかい。ありがとな。またなー」

「ああ。また」


 ソムヌスの家から出て、フラマは深く息を吐いた。冷たい風が心地良い。気持ちを落ち着けながら、そんなに遠くない自身の家へと向かった。


「どうするかな……」


 その事実を知ったとして、フラマに何かができるとは思えない。元々はソムヌスの恋路を応援したいと思っていたが、それが良いことなのか、今となっては分からない。アエラスに聞いたところで、教えてくれるとは思えない。


 フラマのため息は夜の闇へと消えた。

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