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32 、本音

 今日もグロリアはソムヌスの店で働いていた。本を棚に並べる作業をしていると、店の扉が開かれる。ガラガラという音で、グロリアは扉の方に目を向けた。


「こんにちはー、お邪魔しまーす」


 橙色の髪の男が入ってくる。ここまで気安い様子で入ってくる人間は限られているため、誰が来たかはすぐに分かった。


「フラマさん。こんにちは」

「グロリアさん。こんにちは。ソムヌスは?」

「ソムヌスさんは、倉庫を見に行っています」


 グロリアが今並べている本は、ソムヌスが倉庫から持ってきたものだ。ソムヌスは追加の本をとりに行っている。

 

「へえ、倉庫もあるのか」

「はい。ここには入りきらないので」


 店にはたくさんの本がある。その中で最近流行りのテーマのように必要とされている本の傾向に合わせて本を並びかえる。最近は特殊魔法についての研究が流行りのようで、グロリアが手にしているのも特殊魔法の関連本だ。


 グロリアは手元にあった全ての本を棚へと片付けた後で、フラマの方へ向き直った。

 

「フラマさん、今日はどうしたんですか?」

「いやー。仕事が早く終わったから、ソムヌスを飲みに誘おうと思って」

「そうなんですね」


 お酒が入ると会話が弾むという話もある。フラマもそれを狙ってソムヌスを誘いたいのだろう。

 

 グロリアはあまり変わらないから、お酒の場でどのような変化があるのかよく分かっていないが。前に家族と飲んだとき、家族は酔いが回って口が軽くなり、愚痴や文句を言っていた。グロリアはそれを見ながら、黙ってお酒を飲んでいた。全く酔わない。

 フラマの薄茶色の瞳がグロリアを見つめる。

 

「グロリアさんはどう?」

「いえ、さすがにお2人のお邪魔するわけには……」


 そもそもフラマはソムヌスを誘いに来たのだし、ソムヌスとフラマは同い年だから積もる話もあるだろう。年齢や性別が違う自分がいると気を遣わせてしまいそうだ。

 フラマは残念そうにしながら口を開いた。

 

「まあ、確かに男が行く居酒屋だとしても、俺やソムヌスの家だとしてもいろいろ不味いか」


 そこでフラマの家という選択肢が入っていることを疑問に思う。結婚しているという話があったような気がするけれど、気のせいだっただろうか。

 

「あれ、フラマさんって確か結婚なさっているんですよね?」

「そうだけど、なんか今日は女子会とかでジュディは……。あ、俺の妻の名前な。出かけるみたいなんだ。ジュディがいたら、グロリアさんも呼べたかもしれないけどな」


 フラマの妻がどんな人かは知らないが、女性がいれば話が合う可能性もあった。

 しかし、いないのであれば、グロリアが参加して、ソムヌスやフラマが気まずさを感じる時間があったら困る。


「また別の機会にお願いします」

「りょーかい」


 軽く答えたフラマが、グロリアに悪戯っぽい笑みを向けた。

 

「じゃあ、グロリアさん。ソムヌスは酔ったらどうなると思う?」

「そうですね……。ソムヌスさん、顔色一つ変えずに飲みそうじゃないですか?」


 ソムヌスの普段のイメージから考えて、口が軽くなることは考えにくい。

 フラマが笑みを崩さずに言う。

 

「意外と多弁になるかもな?」

「え、それは見てみたいです」


 その可能性を考えると、急に羨ましくなってきた。楽しそうなフラマに、思わず恨みがましいことを言いたくなってしまう。


「なんか、ずるいです。フラマさん」

「はは。後でどんな感じだったかこっそり教えるから」

「約束ですよ?」

 

 ソムヌスがお酒に酔うところが全く想像ができない。やっぱり顔色を変えずに飲みそうだ。


 すっと影がさすのに気がついて、グロリアは上へと視線を向ける。フラマと話していたから気がついていなかったが、ソムヌスが戻ってきていたようだ。

 

「何の話だ?」

「あ、ソムヌス。今日2人で飲まないか?」

「別にいいが。どこで?」


 あっさりとソムヌスが頷くのは、想定外だった。彼は気を許した相手にはこのように接するのだろうか。

 グロリアがじっとソムヌスを見ていると、しばらく固まっていたフラマが口を開いた。


「……店か、俺の家か、お前の家。ソムヌスが選んでくれ」

「じゃあ、俺の家でもいいか?」


 また想定外。グロリアは黙って話をきいていようと思っていたが、つい口を開く。


「ソムヌスさん、家飲み派ですか?」

「まあ、消去法的に。居酒屋のような騒がしいところはあまり好きじゃないし、結婚しているフラマの家だと、夫人と出くわすのも気まずいだろう」


 彼が騒がしいところが好きではない、というのは予想通りだ。ソムヌスに合うのは、静かなバーだと思う。それか、月の光しかない山奥とか。

 ソムヌスは、そんな幻想的な雰囲気が似合う人だとグロリアは思っている。


 そんなことを考えている間に、フラマが思い出したように言った。

 

「俺の家、今日は妻はいないけど」

「そうなのか? まあ、俺の家で構わない」

「いいのか? じゃあ、頼むわ」


 嬉しそうなフラマを横目に、グロリアはソムヌスに話しかけた。


「正直、ソムヌスさんは自分の家に人を上げるのは嫌かと思っていました」

「あまり人を家に呼ぶことはないが。別に嫌、とは思っていない」


 ソムヌスは人との距離を取りたがると思っていたが、意外とそうではないのかもしれない。彼が近づいても良いと思える人が今まであまりいなかっただけだろうか。

 それなら、ソムヌスにとってフラマが気を許せる人間となりそうで良かった。グロリアはソムヌスを見ながらそう考えた。


 ◆


 ソムヌスの家。フラマが持ってきたワインを飲みながら、フラマとソムヌスは会話をしていた。目の前にはワインの瓶が2つ空になっている。

 フラマはソムヌスから話を引き出そうとするが、ソムヌスは聞き上手だ。


「それで、俺は学生時代に一目惚れをして」

「そこから結婚したのか?」

「ああ」

「良かったじゃないか」

「ああ。……いや、そうじゃなくて!」

 

 気がついたら自分の話をしていたフラマは、思わず声を荒げた。

 

「俺はお前の! 恋愛話が聞きたいんだよ!」

「うるさい。酒を飲みすぎだ」


 冷たく言い放ったソムヌスだが、フラマに水の入ったグラスを渡したということは、怒っているわけではなさそうだ。

 フラマは別にそこまで酔っていないのだが、ありがたく水をもらう。


 冷たい水を飲みながら、フラマは直球で質問を投げかけることにした。


「ソムヌスー」

「何だよ」

「グロリアさんのこと、どう思っているんだ?」


 そう聞くと、ソムヌスは沈黙した。不思議に思ったフラマがよくソムヌスを見ると、彼の金の瞳はぼんやりしているように見える。


 そこでフラマはハッとした。もしかしたら、あまり顔色が変わっていないが、ソムヌスの方が酔っているのかもしれない。


 スッと目を伏せたソムヌスがボソリと呟いた。


「……俺が彼女について、何かを評価することが間違っていると思う」

「え?」

「そんなこと、できない。俺ごときが彼女の評価を下せるような人間じゃない」


 それはあまりにも断言的な言葉だった。それはソムヌスがあまりにもグロリアを遠い存在だと捉えているようで。遠い存在どころか、自分より上と見ているかのようだ。

 人と自分を比べることに興味がなさそうなソムヌスらしくない。

 

「は? ソムヌス?」

「あまりにも、素直で、清らかだ。人のことを気遣えて。俺とは全然違う」


 フラマの声が聞こえていないかのように、淡々と話すソムヌスを見ながらフラマは考える。


 ソムヌスとグロリアは全然違うだろうか。フラマは、2人は少し考え方が似ていそうだと思っていたが。

 フラマは浅く息を吸った。ソムヌスが言っていることは。まるで。

 

「お前、グロリアさんのことが好きなのか?」

「……人としては好きだ」


 わざわざ「人として」と言ったということは、恋愛の類ではないと言いたいのだろう。

 

 そう言ったソムヌスは、やはりぼんやりしている。しかし、その表情はいつもよりも柔らかい。金の瞳は、何かを渇望しているかのように見えた。

 それから全く口を開かなくなったソムヌスを見ながら、フラマは呟いた。

 

「……これで惚れていないってマジか」


 ぼんやりとしているソムヌスを見ながら、まだ余裕のあるフラマはワインを口にした。

 先程のソムヌスの言葉は本音のようにみえた。ソムヌスはグロリアへの気持ちを何も自覚していないのではなく、自覚しないようにしているのではないか。


 フラマは頭を抱える。グロリアにソムヌスがどんな様子だったかを伝えると約束したが、まさか先程のソムヌスの言葉を伝えられるわけがない。


 あんまり口数は増えなかったとグロリアには伝えよう。そう決意し、フラマはまたワインを(あお)った。

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