25、保留
アエラスとフラマの会話が終わったのを見届けてから、ソムヌスが口を開く。ソムヌスの表情はどこか緊張していた。
「フラマ」
「……なんだよ、ソムヌス」
「ありがとな」
「え?」
理解ができていない、というようにフラマが薄茶色の瞳を瞬かせた。ソムヌスは気まずそうに目を伏せた。
「俺はお前のことを覚えてもいなかった」
「……うん」
「それなのに、手を伸ばそうとしてくれて。親しくなろうとしてくれて、本当にありがとう」
「いや、別に俺がしたかっただけだ」
ソムヌス本人に誤魔化すことなく礼を言われて、フラマは少し照れくさそうにしながらも、首を振った。
目を伏せていたソムヌスが、フラマの方に向き直った。
「お前さえ嫌じゃなければ、これから俺と、その……」
そこで言葉を切ったソムヌスは息を吸う。彼の低い声は、少しだけ震えていた。
「友達に、なってくれないか?」
「……ああ。もちろん!」
驚いたように目を見開いたフラマだったが、すぐに笑みを浮かべる。
あんまり友人がいない、と言っていたソムヌスだからこそ友達になるのが苦手だったのだろうか。
グロリア自身は、学生時代からあまり人に対して物怖じせず話しかけていたからあんまり分からない。
「良かったね、ソムヌス」
ほぼ無意識のように呟かれたアエラスの声が、グロリアの耳に入った。もしかしたら、アエラスがフラマの秘密を暴く流れにした理由は。
あまり客以外との交流がない弟を心配した、くらいの単純なものなのかもしれない。
自身の前髪を乱雑にかきあげたソムヌスは照れを隠したかったのかもしれないが、あまり隠せていなさそうだ。しかし、誰にも揶揄う隙を与えないまま、ソムヌスが口を開いた。
「それで、どうするんだ? この闇魔法の真実」
いきなり自分に話が飛んできて、グロリアは肩をふるわせた。そうだ。フラマの秘密も重かったが、それ以外の秘密が重すぎて忘れそうになっていた。
闇魔法が、『隠そうとした秘密』を暴くことができる。それは、とてつもなく重大なことである気がする。
「グロリアさんはどうしたい? 隠蔽してもいいよ」
あっさりとアエラスは言う。フラマが目を見開いた後、咎めるような声を出した。
「ちょっと、アエラス様」
「いや、だって私は行政科だよ。魔法科じゃないし。魔法科の人間が闇魔法の研究を怠っているからこの場で初発見になっただけでしょう? わざわざ教える義理はないから」
先ほどまで魔法について楽しげに話していたアエラスであったが、彼はあくまで行政科。専門分野ではない。
しかし、元々「魔法の本質」の話をし始めたのはアエラスだ。魔法科ではそこまで研究できているのだろうか。
「むしろお父様が口を出せば、魔法科に嫌な顔をされるんじゃないですか?」
「本当にそう」
ルースの言葉にアエラスは頷く。アエラスが魔法を捨てる、という趣旨の宣言をしてから、魔法科との仲が良くないのは察せられることであったが。子どものルースにも把握される程度の仲の悪さ、ということはよっぽどだろう。
これは知ってよかった情報なのかな、と逃げたくなっていると、ソムヌスの思案げな瞳が目に入った。
「この情報はグロリアさんにとって、有利にも不利にも働きそうだからな」
そう言われてグロリアも考える。闇魔法を持つ人で無力さを嘆いている人がいるかもしれない、とは思う。しかし、そもそもスペス国で闇魔法に適性がある人間は少ないどころかほとんどいない。闇魔法に適性がある人間で、自身の力を何かの分野で発揮したければ、よく分からない闇魔法に興味を持つより、剣や勉学に励む方が確実だ。
それではなぜ。自分は魔法を好んでいたのか。一瞬思考が逸れそうになったが、慌てて本筋へ戻す。今はその理由を考えている暇はなく、闇魔法の持つ力について考えなくてはならない。
自分にとって、これを公表することは必要だろうか。いらない気もする。下手に目立ちたくない、という思いもある。しかし、将来、同じように闇魔法の無力さに悩む人間がいるかもしれない。その人にとっては希望になるのだろうか。
うーん、とグロリアが考えていると、グロリアの表情を見ていたソムヌスが提案した。
「じゃあ、保留、でいいんじゃないか?」
「そんなの、いいんですか?」
「別にいいだろう? 兄さん」
「うん」
アエラスは、多少の駄目なことでもいいと言いそうだ。フラマに目を向けると、彼は苦笑して頷いた。
「まあ、アエラス様がいいと言うなら、多分大丈夫ですよ。アエラス様、それでもあなたが死ぬまでには論文書いていただきたいですが」
「えー、面倒なんだけど。ソムヌス、やらない?」
「俺もやりたくない」
嫌だ、という気持ちを隠そうとしないアエラスとソムヌスを見て、ルースが首を傾げる。
「なんで2人とも嫌がるんですか?」
聞かれた2人は、苦笑する。
「だって、人の心が関わるものって証明や検証が面倒くさいでしょう?」
「ああ。秘密がある人間で検証をしなければならないし。面倒だ」
証拠、とするものも難しいし、誰かの秘密を公表することにもなりかねない。相当な伝手と準備と覚悟がいるだろう。
アエラスやソムヌスも意欲があるわけではないなら、まあいいか、とグロリアは思う。自分としても、今すぐ闇魔法のことを公表する必要があるとは思えない。
それをしたところで、闇魔法を馬鹿にする発言をしたトニトルスがグロリアに謝罪するとは思えないし、そもそも謝罪を必要としていない。あくまで、トニトルスと関わりたくないのだ。
「……保留で、お願いしてもいいですか?」
「うん。もちろん」
返事をしたアエラスに向かって、ソムヌスが思い出したように言う。
「兄さん、聞きたいことがあるから」
「うん。じゃあ、ルース。先に馬車で待っていて」
「はい」
そういえば、ソムヌスがアエラスに聞きたいことがある、と言っていたような気がする。
何の話をするのだろう、と思いながらグロリアはそっとソムヌスの金の瞳を見る。その瞳は何かを心配しているようにみえた。
目があった、と思ったのに。しかし、その目が見つめる先はすぐに変わった。
逸らされたのか、と一瞬訝しむが、そもそも目があったというのはグロリアの勘違いの可能性もある。
少しだけ、もやり、と胸をかすめた感覚があった気がするが、多分気のせいだ。
「あ、そうだ、グロリアさん」
アエラスに声をかけられ、我に返る。
「なんですか?」
アエラスは柔らかい笑みを浮かべた。
「闇魔法は、気味が悪いものなんかではない。未知な将来性が秘められた、魅力的なものだと思うよ」
グロリアがトニトルスに言われた、と先程伝えたことを覚えていたのだろう。人に興味なさそうという評判なのに、意外と細やかな気遣いができるんだな、と失礼なことを考えながらも礼を告げる。
「いろいろとありがとうございます。公爵様」
「大丈夫。じゃあ、またね。グロリアさん」
「……はい」
アエラスは『また』と言った。しかし、グロリアがソムヌスの元にいるのは残り2ヶ月と少しの間だ。次がある、という確証はないため、グロリアは曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。




