21、学生時代
「学生時代、ですよね? 私は皆様と時期がかぶっていないので。ソムヌスさん、今おいくつでしたっけ?」
「28だ」
「それなら、私が1年生のとき、ソムヌスさんやフラマさんは6年生ですね。……残念ながら、よく覚えていません。フィニス・テンペスタス国王陛下やアエラス・クレアティオ公爵様、エリー・フローレス様――エリー・パラドクスム様は卒業なさっていても噂程度にありましたが……」
学校を卒業してから異様に早い段階で王となったフィニス。救国者であり魔法の天才、アエラス。隣国の王と結婚したエリー・フローレス。結婚した名はエリー・パラドクス厶。この3人は、圧倒的に影響力が強く、彼らの学生時代は伝説のように語られていた。この3人が幼馴染だったことを、奇跡と言われるほど。
それに対し、ソムヌスの噂は聞いた覚えがない。そして、先程フラマから名が出たシレンテ、という人の話もよく覚えていない。それでもシレンテ・フルヴィウスという名はどこかで聞いたような。
「シレンテは魔法科に入った人間だ。魔法書も書いている。そのへんに本があるはずだ」
「あ、だから聞き覚えがある名前だったんですね」
ソムヌスが示す方を見てみると、確かにシレンテ・フルヴィウスという名があった。魔法科の人間に知り合いがいる、と以前ソムヌスが言っていたのはこの人かもしれない。
「え、待ってくれ。グロリアさん、23ってこと? 思っていたより……」
「え? フラマさん。なにか言いました?」
「いいえ。何でもないです。すみません」
「思っていたより」の後に何の言葉が入るか。そんなの考えるまでもない。「思っていたより若い」とフラマは言いたかったのだろう。グロリアがフラマを睨み付けると、彼は慌てて首を振る。
話が進まなくなるから、一度聞かなかったことにしよう。暗に老けているといわれたことにショックなんて、受けてない。
ソムヌスを騙しきるほどの実力者であるフラマだが、今のは余計な発言だ。グロリアは頬を膨らませたくなりながらも、フラマから顔を背けるだけに留めた。
「まあ、いい。俺の交友関係をお前が把握していたことは一度置いておくとして。それで俺を触れられない宝石、と例えたが。それで?」
「ああ。俺は宝石に手を触れるほどの勇気も、実力もなかった。だから、大人になれば。宝石に手を伸ばすほどの勇気が出るのではないか、と思って」
今は手を伸ばせなくても、未来になら。そんなふうにフラマは希望を持っていたのだろう。
「だから、お前と肩を並べるために。お前に向き合うほどの自信を持つため、俺は自分のできる限りの努力をした。それなのに」
フラマが目を伏せる。
「ソムヌス・クレアティオは学校卒業後、姿を消した」
暗いフラマの声が部屋へと落ちる。誰も口を開かない。しばしの沈黙の後、フラマは言葉を続けた。
「記憶消し屋の話を噂としてきいたとき、ぴんときた。これは、ソムヌスだって」
記憶消し、で一気にソムヌスまでたどり着くということは、学校内で噂になっていたのだろう。学校の入学時、普通魔法の適性や、特殊魔法は公表の義務があるから、フラマが知っていたことに不思議はない。
自分がその噂を聞いた覚えがないことを不思議に思いながら、グロリアは黙って話をきく。
「それでも、無策でいけばお前は俺に興味を持たない。記憶消し屋へ急に訪ねて、お前と仲良くなりたい、と言ったところでお前が俺を見るかは分からなかった」
フラマの薄茶色の瞳に宿る色はあまりに真っ直ぐだ。その力強い眼差しを、彼はゆっくりと細めた。
「だから、一芝居を打った。最初は『問題がありそうな客』として。次に、その印象を崩す。問題がない客だと分かれば、お前は安堵する。その気の緩みに、たたみかける。馴れ馴れしく、馬鹿っぽく接することで、お前の警戒を一気になくす。安堵や気の緩み。その気持ちの落ち着きは、視野を広くする。そして、俺を印象に残すことができる」
しかし、想定外に意図の全てをソムヌスに知られた。アエラスに見破られたせいで。
説明を終えた彼は、橙色の髪をくしゃりと混ぜた。顔を歪めている彼は、恥ずかしさを隠そうとしているのだろう。しかし、赤くなった頬は隠せていない。
「もうやだ……。アエラス様、責任とって俺の恥の感情を消してください」
「……感情なんて消すものじゃないよ。きっと君に必要なものだ」
透き通るような声のアエラスであるが、そのアエラスの表情は酷く苦々しいものであった。意思や感情を消すことができる彼だからこそ。それが良くないものであることをしっかり認識しているのだろう。それをみて、グロリアは1つの事実に気がつく。
アエラスのような人がきっと力に振り回されない人間だ。だからこそ彼は、アエラス・クレアティオは公のために魔法を使うことをしないと宣言したのではないか。
そうだとして、自分はどうしたらいいのだろう。この闇魔法で秘密を暴けるとして、どう生きるのが正解なんだろう。
グロリアが考えている間に、アエラスのその苦々しい顔を見たフラマが目を見開いた。
「……すみません。失言でした」
「別に冗談ってわかってるしいいよ。むしろごめんね、面白い返しもできず」




