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19、虚構だった

「待たせてごめんね、グロリアさん」

「いえ、それでどうしますか?」

「『闇で覆い隠した秘密を暴け』って祈ることにしようか」

「はい」


 グロリアはフラマを見る。この人は本当にいいのだろうか。気がつけば実験台になることが確定していたわけだが。同じことを思ったのだろう。ソムヌスが口を開いた。


「おい、フラマ。お前は本当にいいのか?」

「うーん。嫌かどうかと問われれば嫌だけど。それでもアエラス様にナイフを突きつけられるように秘密を握られるよりは、賭けに出た方がいい。この賭けに勝てば、墓場まで持っていってくれるんだから」


 つまりは、アエラスに秘密を悟られた段階で、フラマの敗北はほぼ確定していたわけだ。それを打開する起死回生のチャンスが実験台になること。

 ……気がつけばアエラスの手の上で動かされている気がする。グロリアは少しの恐怖を脳の端へと追いやる。

 ルースが緑の瞳を瞬かせながらアエラスを見た。


「その秘密、に条件はあるんですか?」

「いい質問だね、ルース」


 先生のような口調で言ったアエラスが、ルースに笑みを浮かべる。目を伏せて考え込むような素振りを見せた後、フラマに視線を送った。


「まずフラマくんは秘密だと認識している。そうだよね?」

「はい」


 短く返事をするフラマにアエラスは続けて事実を述べる。

 

「それで隠そうとしていた」

「仰るとおりです」

「『隠そうとした秘密』じゃないと、暴けないんじゃないかな。そして、本人が今一番意識をして……」

「アエラス様」


 さきほどまでは大人しく返事をしていたフラマであったが、咎めるようにフラマがアエラスの名を呼ぶ。アエラスが金の目を細めた。


「なに?」

「言い過ぎです」

「ごめん。まあこれはただの仮説だから。やってみないとわからないね」


 グロリアはなんの気なしにアエラスの目を見たが。


 ゾクリとした。アエラスの金の瞳は燃え上がるような色をしている。


 これは、怒りだろうか。なにに対して?


 しかし、アエラスがグロリアの方を見たとき、その色は消えていた。いつものように、穏やかな笑みを浮かべている。


「ずっと待たせてごめんね、グロリアさん。お願いしてもいい?」

「はい」


 アエラスの意図は何も分からない。しかし、グロリアは素直に頷いた。フラマも許可はしているし、構わないだろう。


「いきます」


 グロリアは目を閉じた。心の中で祈りをこめる。


 闇で覆い隠した秘密を暴いてほしい。――闇魔法が無力じゃないことを証明してほしい。


 集中し、祈りを続けていると、急に流れ込んでくるように脳に浮かんだことがあった。これが、フラマの隠した秘密だろうか。もしそうだとしたら。彼は。


 グロリアは弾かれたように目を開けた。正面に立つフラマと目があう。その薄茶色の目が、ゆっくりと細められる。

 息を呑んだグロリアはソムヌスの方へと目を向けた。ソムヌスが不思議そうに首を傾げる。


「グロリアさん、何がわかった?」


 アエラスに問われたため、グロリアはフラマの方に視線を戻した。彼が肩をすくめる動作をして、顔を伏せる。止めない、ということは言っても構わないのだろう。

 グロリアは浅く息を吸う。脳裏に浮かんだ答えを、そのまま読み上げることにした。


 

「フラマ・ヴァラトスさんが記憶消し屋にきたのは()()()()()()()()()()()()()()


 この目の前の男は。単純な人間ではない。

 

「ソムヌスさんに説明した理由は全て()()


 なぜそんなことをしたのか。その答えまで手に入れたグロリアは震えそうになる口を開く。


「ソムヌスさんに会い、親しくなるための下準備に過ぎない。()()()()()()に一芝居を打った」


 顔を伏せていたフラマがゆっくりと顔を上げる。彼自身は何も変わっていないはずなのに。先ほどまでの緩い雰囲気はなくなり、表情にも、動作にも重みがある空気へと変わった。

 彼が息をこぼす。その薄茶色の瞳に宿るのは諦念。

 

「あーあ。賭けに負けたか」

「うん。君の負けだ」


 容赦なくきっぱりと敗北を告げるアエラスに、フラマが訝しむ様子をみせる。


「本当に、なんでわかったんですか? アエラス様。正直あなたに気づかれるのも、それを暴こうとするのも想定外でした」

「まあ、その辺はどうでもいいでしょう? 君が話すべき相手は私じゃないよ」


 アエラスの言う通りだろう。この場で1番衝撃を受けている人が誰かは言うまでもない。弾かれたようにソムヌスの方を向いたフラマが、頭を下げた。

 

「ソムヌス。嘘をついてすまなかった」

「……別にそれは構わないが。ちなみにどこからどこまでが虚構だ?」

「むしろ、本当だった部分の方が少ない。自分の名と職業と結婚していること以外は虚言だ」

「嘘だろ?」


 ソムヌスがさらに衝撃を受けているのをみて、アエラスがソムヌスの頭をぽんと撫でた。

 

「ソムヌスにある程度見る目があったのが裏目に出たね。ソムヌスに見る目があったからこそ、フラマくんの狙い通りに誤解を重ねた」

「どういうことですか?」


 きょとんとして尋ねるルースに、アエラスは笑みを浮かべた。


「ソムヌスは、問題がある客を判断できる。だから、フラマくんがその『問題がある客』と同じような行動、表情、言葉を使うことで、ソムヌスの中では一度そちら側に認定される。それはフラマくんの誘導だった」


 そんな誘導は何のために? その疑問は気がつけばグロリアの口から零れていた。

 

「その行動に意味はありますか?」


 グロリアからの問いに、アエラスは嫌な顔をせずに頷く。


「あるよ。その後で、実は問題がない客だと理解すれば。強烈な印象を残す。印象を反転させるくらいのことをすれば、相手の好意まではいかなくても少なくとも相手の興味を引くぐらいはできる。興味さえ持ってもらえれば、後は自分がソムヌスに興味を持っていることをゆるやかに開示するだけ。実際、フラマくんは連絡なしでソムヌスの店に来ても怒られない関係になったんでしょう?」


 分かったような、分からないような。それよりも「仲良くなりたい」と直接言った方が簡単だ。あまりにも遠回り。

 ソムヌスが不可解そうな顔をしながら、フラマを見つめた。


「一体、なんのためにそこまで?」

「……お前は俺のことを覚えているか?」

「え、会ったことあるか?」


 本気で覚えていなさそうなソムヌスにフラマは苦笑する。グロリアはソムヌスの方を見た。彼の暗い金の瞳が揺れている。グロリアはその瞳を見たことがある。彼は心配しているのだろう。消した記憶と一緒に消えているかどうか。


「フラマ、時期はいつだ?」

「確か、3年生くらいのときだ」


 ソムヌスが露骨にほっとしたような顔をする。ソムヌスの消した記憶にフラマが関係しているわけではないのだろう。ただ、忘れているだけ。

 あれ、とグロリアは首をかしげる。それでもフラマとしては記憶を消した、という結論の方がマシだった気がする。


「兄さん、俺の勘違いではなく時期が違うよな?」

「うん。大丈夫。私が保障しよう」


 ソムヌスの消した記憶について、アエラスは把握している、ということだろう。

 

「何の話ですか?」


 アエラスとソムヌスを交互にみたフラマが不思議そうに尋ねる。ソムヌスが記憶を消したことのある経験を知らないフラマには、全く会話の意味が分からないはずだ。

 アエラスがソムヌスの方をみる。


「ソムヌス」

「俺は別に言っても構わない」

「分かった」


 アエラスはフラマの方に向き直った。彼の口から発される声はよく通る。

 

「ソムヌスが自分に特殊魔法を使って記憶を消したから君を覚えていない、とかじゃなくて。ただ単純に君のことを忘れているだけだってこと」

「公爵様、それはとどめでは……?」


 事実であるが躊躇なくアエラスは言う。フラマが不憫に思ったグロリアは思わず口を挟む。しかし、それは既に遅かった。フラマがうめき声を上げる。

 アエラスの言葉で余計に落ち込んだフラマにグロリアは励まそうと言葉を探す。


「人間、忘れることありますよ。私も10年前の話とかあまり覚えていませんし」

「フォローありがとうございます。えっと、グロリアさん、でいいんですよね?」

「はい」

「ありがとうございます」

 

 それでも、フラマの表情は晴れない。

 常時より難しい顔をしたアエラスがぽつりと呟く。

 

「10年前……」

「お父様?」

「ううん。なんでもないよ。確かに10年前とか覚えてないなって思って。10年前はルースが生まれたくらいかな」

「はい。だからフラマさん、大丈夫ですよ。僕も10年前覚えていないので」


 まるで光を放っているようだ。ルースは無邪気な笑みをフラマへと向ける。フラマは、胸をおさえた。

 

「眩しい……。いや、君は今10歳だろう? うう……。子どもにまで気を遣わせるなんて」


 ルースもフラマを励ましたかったのだろうが、フラマは余計に落ち込んでしまった。


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