18、言葉
アエラスがフラマの耳元で何かをささやくと、フラマが一気に顔を強張らせた。グロリアの元まで、アエラスの声は聞こえていない。
フラマの驚愕は尋常じゃなかった。彼は薄茶色の瞳を零れそうなほど、見開いている。
「なぜ、それを……。他人に興味なんてないアエラス様が」
アエラスはその問いに答えることなく、笑みを浮かべる。
「フラマくん、君で試していいよね? まだ理論上の話で、実際にできるか分からないし」
「……アエラス様に気づかれているんですよね? いつバラされるか怯えながら過ごすより、知られた時期が把握できていた方がいいか……」
フラマは俯き、何やら考え込むように呟いていたが、覚悟したように顔を上げた。
「分かりました。アエラス様。協力しましょう。その代わり、約束してください。仮に失敗したとき。俺の話は墓場まで持っていってくれる、と」
「うん。誓おう。書類でも書こうか?」
「いえ。あなたが自分の息子の前で約束を違えることはないと思うので」
フラマが薄茶の瞳をルースの方へ向けながら言った。ルースが首を傾げる。アエラスがルースの金の髪をふわりと撫でた。ルースはきょとんとした後で、満面の笑みを向ける。
「じゃあ、グロリアさん。やってみる?」
「はい」
グロリアはフラマの前に立った。しかし、ここからどうしていいか分からない。困ってアエラスを見つめると、彼は楽しげに笑った。
「じゃあ、はじめようか。グロリアさん、準備はいい?」
「何をしたらいいんですか?」
アエラスは顎に手を当てて考え込む。あまり考えていなかったようだ。横からソムヌスがアエラスに呆れた目を向けた。
「兄さんは魔法を使うとき、あんまり考えず無意識だろう?」
「うん。闇魔法って、どの言葉が反応しやすいかな? 光なら、『照らす』でしょう? 私が適性を持つ風なら『吹き飛ばせ』とかが魔法を使いやすいけど。闇ってなんだっけ?」
魔法を使うとき、祈りを込める。祈るときの言葉が重要となるのでは、というのが通説だ。それぞれの魔法に、成功しやすい言葉があるという。
「グロリアさん、闇魔法は覆い隠せとかじゃなかったか?」
「あ、はい。そう祈る人が多いようです」
ソムヌスから確認をされ、グロリアは返事をした。それを聞いたアエラスが頷く。考えながら彼が目を伏せる。
「じゃあ、今回なら『闇で覆い隠した秘密を暴け』とか?」
「『覆い隠した闇をなぎ払え』とかの方が良くないか?」
「それって、ちゃんと狙い通りにいける? 秘密という言葉も外せない気がするけど」
真剣な顔で話し合いを始めたアエラスとソムヌスは、普段より生き生きとしている。微笑ましさを感じながら、グロリアは2人の結論を待った。
「文字数って少ない方が良いとかいう研究あった?」
「俺は見た覚えないが」
「ソムヌスが見覚えないなら、今は気にしなくていいか」
その後もアエラスとソムヌスは話を進める。グロリアは大人しく様子を見ていた。フラマも最初は大人しくしていたが、段々飽きてきたのか、ルースに話かけ始めた。
「なあ、ルースくんでいいんだよな?」
「はい、何でしょう」
「家でもアエラス様は同じ?」
「……それは何に対してですか?」
「今回みたいに強引な感じ?」
フラマの言葉に、ルースは翡翠のような緑の瞳を瞬かせた。ルースはアエラスの方を見ながら笑う。
「お父様は優しいですよ?」
「ええ? 本当に?」
「ええ。お父様が今回のように強引に話を進めるとしたら、その必要があるときです」
そのルースの緑の瞳には疑いなんて一切なく。その純真な眼差しに、グロリアは息を呑んだ。自分は果たしてここまで人を信じられるだろうか。信じたことは、あっただろか。
心の中に泥水をぶちまけたような感覚が広がり、グロリアはそれを振り払うようにルースに向かって口を開いた。
「ルースくんは、公爵様に何かの狙いがあって闇魔法の実験をフラマさんでしようとしている、と思っているの?」
「僕はそう思います」
グロリアはアエラス・クレアティオのことをそこまで知らない。ただ、今回の実験に強引さを出していることには少し疑問が残る。
他人に興味なさそうなアエラスがフラマの「秘密」を見破ったのも不思議な話だ。アエラスが大切にしているのはエリー、ルース、ソムヌスあたりだろう。彼が気がつくのは、その大事にしている人の誰かに関する内容なはず。それではその中で誰に関係しているか。
エリーに関する秘密なら、アエラスはきっと暴こうとしない。ルース、という線もあるが。可能性が高いのはソムヌスだろう。
何か点と点が繋がりそうな感覚があり、グロリアは考えるのをやめた。きっと、闇魔法の実験に成功すれば分かることだし、失敗したなら知る必要のないことだ。
思考を放棄したグロリアは、ルースへ視線をうつした。ルースが緑の瞳をフラマへと向けている。
「フラマさん。何か心当たり、ないんですか?」
「ルースくん、俺を疑うの? 俺、巻き込まれただけなのに。泣くよ?」
「すみません。基本的に僕はお父様の全面的な味方なので」
大人に泣く、と言われても、ルースは困ったように笑うだけだ。フラマは何か言い募ろうとしたが、アエラスに睨まれて慌てたように口を閉じた。アエラスは思考を魔法の方に割きながらも、ちゃんとこちらの様子をうかがっていたらしい。
「やっぱり、最初に言った『闇で覆い隠した秘密を暴け』にしょうか」
「秘密、という単語が必要なのはわかった。しかしそれで別の秘密が暴かれる可能性はないのか?」
「大丈夫だよ」
「妙に自信あるな、兄さん」
アエラスはそれ以上は説明せず笑みを浮かべた。相変わらず、完璧な笑みだ。




