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12、まるで恋みたい

 グロリアがこの店で働き始めてから2ヶ月半。


「グロリアさん、明日は昼ご飯を食べにいかないか?」


 グロリアが家へ帰ろうとしていると、ソムヌスに声をかけられた。グロリアはきょとんとしながら彼を見つめる。ソムヌスは昼食を外から買ってきていることが多く、グロリアも途中からそうするようになっていた。そんな中、急なソムヌスからの提案。


「構いませんが……。珍しいですね」


 グロリアの返事にソムヌスが苦笑しながら答える。


「大量の本が届いて大変だっただろう? だからそのお礼がしたい」


 さきほど、魔法書専門店の方に本が届いたのだが、その本があまりにも多すぎた。店舗の大半を埋めてしまうほどに。お客さんが来る予定はなかったものの、仮に予約が入った場合、店として成り立たない。大慌てでソムヌスと一緒に整理をし、倉庫のように使っている部屋と、表に置く分との仕分けをしていた。

 申し訳なさそうな表情のソムヌスにグロリアは慌てて首を振った。

 

「仕事の一部ですから、構いませんよ」

「それでも、大変だっただろう?」


 ソムヌスの言葉にグロリアは目を泳がせる。大変だったかどうかと問われれば、大変だった。嘘でも大丈夫とはいえなかったグロリアをみて、ソムヌスが笑う。


「給料の上乗せだけでは俺の気がおさまらない。俺とご飯に行くのが嫌だったら無理にとは言わないが」

「嫌なわけないです」

「それじゃあ、明日」


 慌ててグロリアが否定をすると、ソムヌスが笑った。その笑みがあまりにも美しかったから、グロリアはそれ以上何も言うことができず、黙り込んだ。口を開かないままグロリアが頷くと、ソムヌスが子どもみたいな無邪気さを含んだ顔で笑う。

 胸の中にぶわっと泣きたいような、笑いたいような、言葉にするのが難しい気持ちが広がって、グロリアは俯いた。


 この気持ちを表す言葉を知らない。知らない。何にも気がついてはいけないのだ。



 ◆


「ソムヌスさん、ドレスコードがいる店はやめてくださいね」

「大丈夫だ。ドレスコードがいるような店だと、あまり落ち着かないから」

「それでも、行ったことありますよね?」

「それは勿論。兄さんと何回か。まあ、俺が嫌がったら普通の店か家になったが」


 ソムヌスから両親の話が出てこないことを深くきかない方が良さそうだ。アエラス・クレアティオが当主になったのが学校を卒業してすぐという事実から考えると、無能だったか相当仲が悪かったかだ。名前が出ない以上、仲が良くないと考えた方が良いだろう。


「公爵様は舌が肥えていらっしゃいそうですが」

「兄さんは食べ物の味なんて興味ないから大丈夫だ」


 グロリアは頭を抱えたくなった。アエラスの話には触れない方がいい。きっと。話をきけばきくほど闇が深い。この話を続けない方がいい。おそらく、エリー以外には興味がなかったという誰も救われない結論になる。

 グロリアが黙り込むと、ソムヌスがちらりとグロリアの顔を見ながら口を開く。

 

「君もドレスコードがいる店に行ったことあるだろう?」

「ありますけれど、服を汚さないかに意識が向いて、あまり楽しめないです」

「はは、確かに」


 ソムヌスが声をあげて笑う。この人は当初あまり笑わない人だと思ったのに、意外といろいろな表情を浮かべる。


「今から行く店は、俺がたまに行く店の1つだ」

「行きつけの店ですか?」

「今は行きつけだ。顔を覚えられたら店を変えるようにしているから、いつまで行きつけか分からないが」


 グロリアは言葉を探すが、見つからなかった。ソムヌスも大概だ。どこか人との交流を厭い、距離を取りたがる。

 勿論、顔を覚えられたかどうかは客側からは判断ができない。だから、「覚えていないように振る舞う店」によく行くということだろう。あまり他者から踏み込まれない場所にいたいのかもしれない。


 その一方で、人からは好かれる。この前記憶消し屋に来た客は、フラマ・ヴァラトスというらしいが、その後も時々遊びに来るようになった。ソムヌスは面倒くさそうな顔をしながらも、少し楽しそうにもみえる。

 ソムヌスをみていると、踏み込まれたくない、というよりは「踏み込まれるのが怖い」もしくは「踏み込む側が心配」という2つを抱いている気がする。実際、グロリアに対して拒むことは言ったものの、それはグロリアを心配してのことであったし、彼がグロリアを邪険にすることはなかった。むしろ丁寧に接する。


 この人が、優しくて、人の苦しみまで引き受けてしまう繊細な人だと知っている。だから。


「ソムヌスさん」


 ソムヌスの名を呼んで、グロリアは我に返る。今、自分は何を言おうとした? 不思議そうな顔をしてグロリアの方を見たソムヌスに、なんでもないと首を振る。


 今、自分は確かに。記憶消しが終わってからも、ソムヌスと働かせてほしいと言いそうになった。ソムヌスがグロリアのためを思って断っているというのに。


 これからもずっと一緒にいたいだなんて、まるで。まるで恋みたいじゃないか。恋なんて、したくないのに。グロリアは急速に身体が冷える感覚がした。

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