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10、恋であってはならない

 勝手に名前で呼び出したフラマに、突き放すような口調で返すが、フラマはあまり気にせずにソムヌスへ話しかけてくる。

 ソムヌスはこの男の相手をするのが段々面倒になってきた。

 そして何度も生じる疑問。この男が国王の直属の部下というのは本当に大丈夫なのか。

 

「兄さんがいなければ本気で他国への引っ越しを考えたかもしれないな」

「ソムヌスって面白い奴だったんだなー」


 ソムヌスとしては本気だが、フラマは冗談と受け取ったらしい。笑いながら、ソムヌスが出した紅茶を口にした。


「アエラス様といえばびっくりだよなー。アエラス様に子どもができるなんて」

「は?」


 ソムヌスは思わず先ほどよりも低い声が出る。兄に子どもができた、という話は聞いていないが。フラマは、ソムヌスの様子をみて、不味い、という表情を浮かべた。ソムヌスが当然知っていると思っていたのだろう。


「おい、フラマ・ヴァラトス。詳しく教えろ」

「やっべ。これ、機密事項だったのか? いや、でもアエラス様はあからさまに自分の子だって口にしたから水面下で広めろということだと思ったのに……」

「いいから。教えろ」

 

 少し前、王宮にアエラスが子どもを連れてきたらしい。アエラスはその子どもを「息子」と言っていたという。

 ソムヌスの頭には疑問符が広がるばかりだ。女性はエリーしか見えていないはずのアエラスが他の女性と子をつくるとは考えにくい。それでは引き取った? しかしそれはなんのために? アエラスはまだ30だ。後継者を考えるにしても早すぎる。

 いや、後継者を考えるには早すぎることもないのか、とソムヌスは考え直した。一般的な基準としては早いことに間違いない。しかし、兄はどこか死に近い、というか。生への執着が少ない。そんなアエラスなら自分が死んだ後のことを考えて、後継者を育て始めたとしてもおかしくはないのかもしれない。


「兄さんはどんな様子だった?」

「……正直、今までよりも楽しそうにみえた」


 この男、フラマ・ヴァラトスを信じていいのか分からないが、仮に信じるとしたらアエラスは仕方なく子どもを引き取ったわけではなさそうだ。

 フラマはこの話を続けるのは不味いと思ったのだろう。露骨に話を逸らしだした。


「ところで、さっきまでそこにいた女の人、かわいかったな」

「……おい、お前さっきは仕事でとか言っていたけれど、本当に女好きなんじゃないか?」

「ただの感想だって」


 ソムヌスは睨み付けるが、フラマはへらへらと笑っているだけだ。この男は肝が据わっていそうだ。国王の直属の部下と考えれば当然かもしれないが。ソムヌスはため息をついた。

 

 フラマに言われ、グロリアのことを思い出す。


「……確かにかわいい」


 特に笑っている顔はかわいい。本の山をみて目を輝かせている様子も。熱心に本を見ている様子も、なぜか目が引き寄せられてしまう。

 その一方で元婚約者の男を思い出しているときの傷ついた顔は正直見ていられない。こちらまで苦しくなってくる。

 ソムヌスの表情をみていたフラマが納得したように言う。


「お前の恋人か妻なんだな」

「違う。店の従業員だ」

「……え?」

「なんだ?」

「いや、なんでもない……」

 

 そんな顔をしておいて違うのか、とかぶつぶつ言っているフラマをみて、ソムヌスは首を傾げることしかできない。

 

「お前、学生時代に思っていたよりも話やすかったんだな。とっつきにくいと思っていた」

「そうか?」

「じゃあありがとなー。また来るなー」


 依頼はせず、妻とちゃんと話し合うという結論におさまったフラマは、ソムヌスへ礼を言う。

 帰ろうとするフラマをソムヌスは制止した。

 

「待て。王宮勤めなんだろう? 兄さんに手紙を渡してくれ」

「……俺が渡したら、ソムヌスへ話を漏らしたことがアエラス様にバレるじゃないか」

「知るか。フィニス陛下に人事を見直すように言われるのとどっちがいいか選べ」


 ソムヌスが「近いうちに店へ来てほしい、子どもを連れて」と紙に書きながらフラマに言うと、横暴だ、といいながらもフラマはソムヌスが書いた手紙を受け取った。


「確かに預かった。また来るなー」

 

 すっきりした笑顔で帰って行ったフラマを見送り、ソムヌスは息を吐いた。

 

 胸くそ悪い話になるかと思ってグロリアに離席してもらったが、そんなに重い話ではなかった。


 しかし、今回は運が良かっただけだ。自分以外の人の記憶を消すように言う人や、消したい記憶の内容を言いたがらない人間には注意が必要。

 

 自分の私利私欲や失態を隠すために記憶を消すように依頼してくる人が結構いるのだ。口に出すのも悍ましいほどのことをした人間が、相手の記憶を消すように言ってくる場合もあった。

 そういう人間に限って扱いが面倒で、依頼を断ると脅しや暴力で言うことをきかせようとしてくる。ソムヌスはそれの対応には慣れている。対話で収まることもあれば、本気で相手をしなくてはならないこともある。

 

 幸い、ソムヌスは魔法の力も身体能力の高さもある。今までは何も問題になったことはない。しかし、グロリアにその場面を見せるのは確実に怖がらせてしまうだろう。そして、きっとソムヌスのことも怖がるようになる。


『ソムヌスさんには何が残るんですか?』

 

 ソムヌスのために、泣きそうな顔をしながら怒ってくれた彼女を思い出す。どくり、と心臓の音がきこえた気がして胸をおさえる。


 これは恋ではない。恋をしては、いけないのだ。もう忘れたくなる恋をしても、消すことはできないのだから。


 自分が消した自身の記憶が恋に関することだと知っている。半年間は消せない制約のせいで、半年ほど苦しみながら生きていたという事実は覚えている。その一方でいまでは苦しみごと記憶をなくしているから、どれだけ自分が苦しんでいたかは分からない。


 記憶消し屋に来る人の中には、記憶をなくしたことすら忘れるように依頼されることもある。しかしソムヌス自身の場合は記憶をなくしたということを忘れてしまうと、自分に使ったかどうか把握できなくなってしまうから残しておいたのだ。


 恋に身を焦がしてはならない。恋であってはいけない。恋であってほしくはない。それは自分を苦しめる。ソムヌスは自分の胸を軽く叩いた。何にもなかった。先ほどの感覚は気のせいだった。それでいい。


 これは恋ではないのだ。

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