おまけ2
私兵であるラルフの主、ハートリー・ホール子爵は、善人だった。
領地を実にうまく治めていたし、やる時はやる方だ。
しかし、善人からは抜けられない。
そんな人だった。
だからだろう、奥方が家令とともに子爵家の家政を取り仕切るうち、節約と贅沢をなんとか両立させようと企んだことには気づかなかった。
主が奥方を大変に愛していたのも、原因のひとつではある。
『節約』は、その奥方の考えで行われた。
すなわち、美しいものには価値があり、そうでないものは予算を削減しても構わない、という価値観だ。
そのため、真っ先に切り捨てられたのが、私兵であるラルフたちの割り当てだった。
実際に盗賊と相対したこともなく、川の氾濫を身を挺して丸太で抑え込んだこともない奥方にとって、私兵というのは来るはずもない外敵に備え日がなぶらぶらしているただ飯食らいである。
最初は食事がやや貧しくなる程度だったが、やがて、備品が補給できなくなり、隊長および副隊長が抗議しようとした。
だが、主はお忙しい方だ。
いや、お忙しくしているのが好きな方だ。
直接話すことは難しく、ならばと執事や家令を通せば、窓口を主ではなく奥方様にされてしまった。
抗議は当然、鼻であしらわれ、緊急時が来たら補填する、との返答であった。
その時になってからでは遅い。
そう伝えはしたものの、その反論はもちろん、届かなかった。
――そうしてある日。
ラルフは奥方に呼び出された。
第二王子殿下という、非常に高貴な地位におられる方を警護しているその夜に、婚約者のレヴァーゼ王女を襲えと命じるために、だ。
王女を王家から遠ざけることがいかに必要か、とうとうと意見を述べられた。
王子もそう望んでいるはずだとも言った。
だがラルフにはそうは思えなかった。
「出来ません」
ラルフの返答に、奥方は微笑を浮かべた。
まるで予想していたかのようだ。
いや確かにしていた。
なぜなら、奥方はそうなった時の手立ても準備していたからだ。
「お前が引き受けてくれたなら、来年の予算……要求がきていた装備品の補充を、すぐにでも組み込もうと思っているの」
ラルフは息を呑む。
それはつまり、命令をきかなければ、永遠に不足は補われないということだ。
ラルフは己のブーツをじっと見る。
ゆうべ、なんとかぎりぎりで繕った跡があるそれは、もう6年は履いている代物だった。
己の返答で、私兵団の先行きが決まる。
ならばもう、返事はひとつしかない。
「……承知しました」
やるしかない。
やるしかない。
自分にいいきかせる。
遠目に見ても、まるで子どものような表情を浮かべていたあの王女は、ラルフの無体にどう反応するだろう。
呼び出された時間になり、扉を開いて中に入った時、王女はぼんやりとこちらを見た。
やはり子どものようだ。
そう思った時、ようやく、麻痺しかかっていたラルフの心に現実がのしかかる。
やるしかない――のか?
本当にそうか?
自分は――。
その時だ。
ぼんやりとこちらを見ていたはずの王女の顔が、急に、別人のものに変わる。
笑みを消し、そして遠いどこかを見ていた目線が、しっかりとラルフの全身を観察していた。
まるで、訓練で相対する剣士のようだ、と場違いな感想を抱く。
奥方はきづいていない。
真っ直ぐに見つめ合うラルフだけが、その変化に驚き、動けない。
その後のことは、まるで夢の中の出来事のようだった。
呪われた様子など欠片もない、低く厳しい王女の声が、ラルフにぶつかってきたのだ。
ラルフの迷いを見抜いていたのだろうか。
いやそればかりか、この子爵家における私兵の現状まで言い当て、あまつさえ、ラルフの未来まで予想してみせるまでした。
あの奥方さえ動けず、ジャクリーン様に至っては息さえ止まっているかのように、目を見開き硬直している。
だがラルフが動けなかったのは、驚いたのではなく、王女の言葉に打たれたような気がしたからだ。
そうだ、こんなことは間違っている。
それが隊のためと、ひいては領地のためと思って引き受けたが、そんなはずはなかったのだ。
自分はそんなことも分からない愚か者だった。
誰も身動きしないその静寂を動かしたのは、ノックの返事も待たず踏み込んできたシリル王子殿下だった。
彼は入ってくるなり、即座に王女の元へと歩み寄り、騎士のように寄り添ったのだ。
殿下は呪われたあの王女をうとんでいらっしゃるのよ、だからむしろお助けするべきなのよ――。
奥方の言い分が、嘘なのだと、ラルフでさえはっきりと分かった瞬間だった。
これらの出来事は、あっという間に子爵家の全てを変えた。
王子殿下の急な出立があり、それを不審に思った子爵が家令を問い詰め、計画を知っていた彼が全てを吐いた。
ラルフが呼び出され、証言を求められた。
正直なところ、奥方を愛している子爵は、思い切った決断はなさらないだろうと思った。
だが、子爵はラルフの話を聞いた後、長い長い間黙り込み、それからなんと、済まなかったと謝ったのだ。
そしてあれよあれよという間に、泣き喚く奥方とジャクリーン様が家から出され、家令が変わり、家政を仕切る権限は一時的に子爵に移った。
現状を洗い出し、改めるべきところを改めた結果、私兵たちの環境は劇的に改善した。
今、ラルフの足元には、真新しいブーツが履かれている。
古いが修繕と手入れの入った革鎧と、こちらもきちんと整備された剣を腰に刷き、ラルフはこれから、国王陛下の前に出る。
鉱山において、国に貢献した子爵がお言葉をいただける場に同行したのだ。
見たこともないような豪華な装飾のある扉が開き、いよいよ、謁見の間に招き入れられる。
正面には、恐れ多くも国王陛下と王妃陛下がいらっしゃった。
だがラルフは、陛下のお姿を見つめつつ、視界の端では別のお方を探している。
そうして見つけた。
青く鮮やかなドレスで、ぼんやりと座っておられるその方は、やはり異質だった。
座り方もふらふらとした指先も、決して高貴な方のものではないのだ。
ラルフは、あの夜のことがやはり夢だったのではないかと思いながら、陛下の言葉を賜る子爵の後ろに立っている。
けれど。
そのお方は、最後にふっとラルフを見た。
そして、足元に目を向けた後、目を合わせてニッと笑われたのだ。
その瞬間、ラルフの心は決まった。
自分は、アウリラ地方国のために生きていこう。
この後、どんな戦にもかけつけ、どんな命令にも応じ、何ものをも恐れない。
国を護ること、それはすなわち、あの方を護ることだ。
ならば自分は、戦場で怯むことなどないだろう。
一介の、それも地方の領地の私兵が、と人は笑うかもしれない。
だが今、国内は着々と開戦に向かっている。
それは夢物語ではない。
きっと、間もなく招集がある。
ラルフは我知らず、剣の柄をしっかりと握った。
己の剣は、このためにあったのだ。
もう二度と、近しい距離で会うことはないけれど――人生を変えてくれたあの方にこの命を捧ぐ。
2026年7月30日、KADOKAWAビーズログ文庫(B6版)より
「死にたがりの王女2」発売です。
━━━━━━━━━━━━━━━━
お久しぶり。私を“いらない王女”と厄介払いしたお姉様方
「姉として、役に立たない王女を躾けて差し上げよう」
祖国への復讐を果たし、王子シリルの婚約者となったウエンディの元に届いたのは、生き残り(姉王女)からの手紙だった。
厄介払いしておきながら、また身勝手に利用するつもり?
『呪われた子』と罵倒してきたくせに?
だから、再度復讐心を燃え上がらせたウエンディは、決めた――姉王女をぶっ潰すと。
「本当に無能なのは――誰でしょうね?」
━━━━━━━━━━━━━━━━
KADOKAWA https://www.kadokawa.co.jp/product/322602000215/
各書店、およびAmazon他オンライン書店にて
全編書下ろし。
新たなウエンディの復讐を楽しんでいただければと思います。
イラストは引き続き、RAHWIA様にかいていただきました。
店舗限定特典あり。下記サイトにてご確認下さい。
アニメイト購入特典SSペーパー「西の国から来た王女」https://www.kadokawa.co.jp/topics/17184/、メロンブックス/フロマージュブックス購入特典SSペーパー「愛についての考察」https://www.kadokawa.co.jp/topics/17188/




