エピソード2:姫の現実 / 1
ネットゲーム・ヴェロニクスでは「ゆみポ」。チャットルーム・昨日の今日は今日の昨日では「パルりん」。リアルでは、湯道 真珠という名を持つその少女には、もう1つ名前がある。「鳥籠姫」。彼女のヴェロニクスでの異名だった。その異名は、エリア<鳥籠>という美麗で孤独なエリアを作り上げ、そこを逃げ場としていることから来ている。
少女は不機嫌だった。何処か自分と似た雰囲気を漂わせる、あの「きのきょ」の新人が気に入らなかった。彼女の「お気に入り」であるチャットメンバー・かほりが、その新人・深雪にやたらと構っているのも、気に入らなかった。そんな理由を抱え、不機嫌な彼女を目の前にして、苦笑いしている成人男性が1人。白衣を着ている。
「ねぇ、湯道さん。僕の声、聞こえてるよね?何で返事してくれないの?」
「聞こえてない。だから、返事しない。それだけ」
「……」
ガッツリ聞こえてるじゃーん……と、白衣の男性は苦笑いを深める。白衣の男性、金澤 駿平は少女、湯道 真珠の主治医で、精神科医だった。月に1回の外来通院時、真珠が不機嫌じゃなかったことはない。いや、初診時から彼女は不機嫌だった。そもそも、彼女は望んで金澤の元を訪れたわけではない。彼女の両親が彼女をここへ遣った。
彼女の両親が彼女を精神科へ遣った理由は、彼女が暴力的な言動を繰り返すから心配で、だった。金澤としては、年頃ではありがちな情緒不安定でしょーという診断しか出来ない。一体、金澤が月に何十人、真珠のような少女を診ていることか。このヤブ医者!と罵られようと構わない。それ以外は言えない!としか返せない。
と、そのような診断の元、真珠は金澤から、薬ではなくお菓子の「ラムネ」を処方されていた。真珠は抗精神病薬の類を出すほど不安定でもないし、でも、何かしら処方しないと、真珠の両親は納得してくれないだろう、という金澤は読んだのだ。だから、これを出しておくね、と、真珠に渡されたのは「ラムネ」。それは金澤と真珠の間の秘密だった。
「……金澤先生」
「……え?」
「か・な・ざ・わ・せ・ん・せ・い!!」
「え、なに、いきなり……」
「……引くなよ、クソ医者」
実は、今日は真珠から金澤に話があった。その話というのは、もう定期入院はしたくない、というものだった。真珠は両親の希望で数ヶ月に1回、精神科病棟に入院することになっている。別に何処が悪くなったから入院させる、じゃない、何処か悪くなったら困るから入院させる。度の過ぎた心配性だ、と、病院関係者は裏で囁き合う。
金澤は、今度の定期入院までにご両親と話しておくよ、と言って、話を終わりにした。金澤だって、入院させるほど状態の悪くない真珠を入院させるのは好ましくない、と思っている。……しかし、聞くつもりはなかったが、聞こえてしまった。診察室を出て行った真珠に、待合室にいた彼女の両親が声を掛けている。
「あの大声はなんだったの!?」「ちゃんと興奮を抑える薬は飲んでいるよな!?」……荒々しい、刺々しい、威圧的な、攻撃的な、大声だった。
年頃云々というか、毒親云々じゃないだろうか。
金澤の前に立つ時の彼女の両親は、決して、大声を出すような人たちではない。穏やかで、にこやかで、優しげで、ユーモアもたっぷりで、いつも語るように喋る。金澤には上手く隠していたのか。彼女のカルテを書き換える。年齢から来る情緒不安定、から、家庭環境から来る情緒不安定、に。考えを一変させてしまうが、彼女を入院させるか?
しかし、彼女は入院を希望していない。それならば、今度の診察で、次の入院を今後のことを話し合う為の入院しないか、彼女と話してみよう。彼女の入院がそれで最後になるかは分からないが、まずは目先のことから解決していかなければ、最後まで辿り着きっこない。金澤は、深い溜め息を吐いた。こんなケースは、あまり診たことがなかった。




