09 魔族の戦い 2
大広間には多くの家臣に囲まれながら、弟のヤヌスが立っていた。これだけの視線に晒されながら、全く臆する気配がない。
俺は内心驚きながらも、何処か弟の成長を喜んでいる自分が不思議だった。
現在の魔王である父と、後妻であるヤヌスの母、ジュヌビエーブ。俺が倒したいのはこの2人だ。
あの母から産まれたのでヤヌスには、全く興味を持っていなかった。
「何の用だ?」
「俺はあんたに聞きたいことがあって来た。」
「答えられることなら答えてやろう。」
俺はあいつの横を通り、玉座に向かった。一瞬無防備な背中が晒される。どうする?動くか?
しかしヤヌスは動かなかった。
俺はゆったりとした動作で玉座に腰を下ろした。
「なぁ、どうやって強くなったんだ?」
「は?」
「4年ぐらい前迄は、俺の方が強かったはずだ。だが今は、お前の方が強い。狡いだろう?どうやって強くなったんだよ。」
「鍛錬したから、と言う返事では、納得しそうにないな。」
「するかよ!俺は強くなりたい。誰よりも強くだ!!」
「お前にとっては、力が全てか?」
「当たり前だ。」
当たり前か……昔の俺と同じだな。
「お前が次代の魔王になったら、何がしたい?」
「特に無いが、強きものを倒したい。弱いものは嫌いだ。そうだな、弱い人間は纏めて滅ぼしてしまおう。」
「そうか。お前とは相容れないようだ。俺は人間との共生を考えている。」
「人間と共生?正気か?」
「人は弱いが弱いばかりではない。それも分からないなら、お前は魔王の器ではないのだろう。」
「な、ん、だ、と。」
「話は終わりだ。帰れ!」
「くっ。」
ヤヌスは身を翻すと、大股に歩いて出ていった。
あいつには分かっていない。人族にはマリアのような人間がいる。力はマリアに遠く及ばないが、あの父親の魔法を纏わせた剣技には目を見張るものがあった。
おそらく俺の手下の殆どを、本気になったあの親子は簡単に屠ることができるだろう。
我々魔族は寿命が長く、頑丈だが、その分数が増えない。
だが人間は違う。あの強力な血を受け継ぐ者は沢山現れるだろう。その時、敵対していれば、魔族に生きる道は無いかもしれない。
今が歩み寄るチャンスなのでは無いか?
俺はそう考えている。
「明日は最終決戦だ。各自最善の準備を怠るな。」
「はい。」
「勝利を吾が手に!」
「勝利を我が君の手に!!」
おおおおおと叫ぶ声が城を揺らす。決戦までは残り僅か。
俺は父の居城の前で足を止め、その巨大な城を見上げた。
かつてはこの城同様、偉大な方だと尊敬していた父は、後妻であるあの女をこの城に迎えた時から変わってしまった。いや、その前からか。母が生きていた時から二人は繋がっていたのだから。母の病死も今となってはその真実はわからない。
俺は真っ直ぐ前を向いて一歩城に足を踏み入れた。
玉座の間まで進むのに何の苦もなく進めた事に、俺は酷く失望した。これほどあの父が弱くなっていたとは。
ギイイイイイと重い扉を開くと、そこには玉座に座る男が一人。今ではその覇気さえ感じられない。
「来たかデューク。実の父を手にかけるつもりか?」
「あなたは実の息子に、あの女が呪いをかけるのを黙認されたではありませんか。今更命乞いですか?見苦しい。」
「わ、わしは、何も知らなかった。全てあの女が勝手にしたことだ。きちんと話し合えば、誤解も解けるだろう。わし達は親子ではないか。」
「四年前、呪いで傷を塞ぐ事も、体力を戻す事もできなかった俺を、吹き飛ばしたのは親子として正しい行いだったとでも?ああ、でもあれは感謝している。あの弱った俺では人界との結界を越える事が出来なかったからな。だが、爺にも呪いと腐敗の魔術を使ったのはお前だろう?」
「な、何の事だ。お前の爺やは、勝手に魔界を出ていっただけだろう?」
「私が我が君から離れる事は、決してございません。」
扉から姿を現す爺を見て、父の目が見開かれる。
「い、生きて……」
「我が君に助けて頂きました。」
そう言いながら、爺は俺に向かって、深く腰を折る。
「もう話は不要だな。死ね。」
「待って、ま……」
俺が水平に腕を振り抜くだけで、父の首は、血を振り撒きながら、部屋に隅に飛んで行った。
その呆気ない最後に、こんな奴に恐れを抱いていた自分が情けない。
この男と、あの女によって多くの同胞の命が失われた。失ったものは、もう戻っては来ない。
「やめて!放して!私は魔王の妻なのよ。こんな真似が許されると思うの?!」
騒がしい甲高い声と共に、シュトウナーに引き摺られて来たあの女は、玉座の前に転がる父の骸を見て、悲鳴をあげた。
「こ、殺さないで!全部あの人に言われてやったの。そ、そうよ、私は反対したの。ヤヌス、お前は知っているでしょう?」
扉から姿を現した弟は、皮肉げな笑みを浮かべて、自分の母親を見た。
「お前が楽しんで、弱い奴らを甚振っていた事か?それとも呪いで動けない彼に舌なめずりしていた事か?ああ、そうだ。逆らわなくなったら、彼を性奴隷として、ベッドで可愛がろうとも言っていたんだったな。」
「う、嘘よ!ヤヌス、どうしてそんな嘘を言うの?!」
「はっ。愚かな。それで、ヤヌス。お前は何をしに来た?」
「俺は強いものにしか興味がない。」
「それで?」
「弱く、醜悪なものを片付けに来た。あんたは一撃で屠ったんだな。慈悲深い。俺もそれに倣うことにしよう。」
ヤヌスは背負った大剣を抜くと、軽く振った。剣から発せられた剣風に女の首が、呆気なく吹き飛ばされた。
ヤヌスは、剣をしまうと俺の前に跪いた。
「王よ。俺は強いあなたに従って、その強さの秘訣が知りたい。俺はその為なら人との共生も受け入れる。命の誓いを立てる。だから頼む。あなたの側に仕えさせて欲しい。」
命の誓い。それは誓いを立てた相手への永久的な全降伏。少しでも逆らえば消滅するというものだ。
「良いだろう。誓え。」
「ありがたき幸せ。」
ヤヌスは俺の前に跪き、頭を垂れた。空中に誓の用紙が浮かび上がり、そのサインされた用紙に俺のサインをすれば、用紙はヤヌスの体に入って消えた。