百
「そっち、準備出来た?」
「待って、あと少し」
「お釣り入れた箱、どこやった?」
「あれ?在庫の箱、ここに置いたハズなんだけど?」
ワイワイガヤガヤと周囲で準備が進む中、私たちのブースはと言うと、
「あとは開場を待つだけ」
「「「「ヨシ!」」」」
全員で指差し確認する猫のポーズを決めて終了。
毎度恒例の、同人誌即売会。私たちのサークルは今回で十回連続の参加で、少しは常連っぽくなってきたけれど、それでもまだ壁サークルまでは行かず。ホント、壁とそれ以外の間は高い崖があると言っていい。壁だけに。
「じゃ、最初の売り子はサトーと、その後輩のヤマちゃんね」
「はいよ」
「サトー先輩、頑張りましょう!」
「いや、頑張るったって、何を頑張るのよ」
「何って、売るのを頑張るのです!」
意味がわからん。
今更「新作でーす」とやったってそれほど売れ行きは変わらないと思う。あくまでも噂だけど、カタログでだいたい「これを買う」と決めている人が多いと言うし。それにこう言っちゃなんだけど、うちのサークルはメンバー全員コスプレのセンスゼロ。それっぽい服装にはしているけど、目を引く物は無い。
さて、どうやって現実を伝えるべきか、頭をポリポリかいて考えながら、売り場スペースの机へ。
今回売るのは……最近人気急上昇中のアニメの二次創作本に、ちょっと前まで人気だったアニメの二次創作、それと完全オリジナルが二本の計四本。そしてオリジナルの一本は前回の続きでなんと四冊目に突入。少しだけど固定ファンもついていて、うちのサークルの柱とも言える。
「すごいですよねえ……本物みたい」
「本物みたいって何よ……ちゃんと印刷して製本した本物よ?」
「あ、いえ、そう言うことでは無くて、なんていうか」
「いい。言いたいことはだいたいわかるから」
ヤマちゃんは大学の後輩で、卒業してからもこうして懐いてくると言うか……この即売会に参加したくてまとわりついてきているというか……悪い子では無いんだけどね。今回、サークルのメンバーが一人欠席になるので、助っ人として呼んだら大喜びでやって来た。ま、純粋にこの空気を楽しみたいってのはわかる。お祭りだし。
パイプ椅子に並んで座り、改めて売るときの注意事項を確認し終えると、あとは開場を待つだけ。
「そう言えば先輩」
「ん?」
「このイベント、今回で百一回目だって聞きました」
「そうね」
「と言うことは……なんと!百年の歴史があるんですね!」
は?
待て待て。確かに歴史は長いが、年二回開催しているし、最初の頃は三回開催していたらしいから……ああ、説明が面倒臭いというか、私も詳しくは覚えてないのよ。
「んー、惜しい。ちょっと違う」
「え?」
「ほら、社会情勢的な意味で中止が入ってるから」
「あ、そうか。去年も無かったんでしたっけ」
「他にも色々な理由で開催が見送られたことが何度かあったらしいよ」
「へえ」
「だからえっと……確か第一回は1912年」
「また中途半端な時期ですねえ」
「そうでもないよ」
「え?」
ほら、とスマホで検索した画面を見せる。
「あ、大正元年!」
「そう。新しい時代の幕開けだって、当時全国で同人誌を作っていた人たちが集まったのが最初」
「うわあ……大正浪漫って言う奴ですか?」
「んー、当時そこまで考えていたとは思えないけどね」
「あ、そうか。大正の頃に大正浪漫なんて言わないですよね」
そりゃそうだ、と言うか、今のを信じたの?ならばこのままたたみかけよう。
「最初の頃は不定期だったらしいけどね、だんだん開催が固定化されていって」
「うんうん!」
「盛り上がったのは1940年開催の第二十六回」
「ん?何かありましたっけ?」
うーん?と首を傾げているけれど、そんなんではこの即売会の参加資格は無いわよ!
「ほら、これ!」
「え……えええ?!」
「皇紀2600年よ!」
「おお……しかも第二十六回!」
「そう。だから相当盛り上がったらしいわ」
知らんけど。
「ま、そのあとは戦争が始まっちゃって開催出来なくて」
「ふむふむ」
「どうにか開催した第二十八回が1945年」
「終戦の年ですね」
「良く開催したものだと思うけど、公式な記録が散逸していてどこでやっていたのかさっぱりらしいわ」
「え?」
「開催場所、闇市よ」
「え……まさか」
「そう、そのまさか。闇市の一角でわら半紙にガリ版刷りして通し番号を振って、芋とかの包み紙にして頒布していたらしいわ」
「すごい時代ですねえ」
んなわけあるかい、と心の中で総突っ込みしながら勢いで続ける。
「ちなみにどうにか場所を確保して開催した第二十九回は……連合国軍総司令部の立ち入りが入って流れたらしいわ」
「え?何があったんですか?」
「事前に余計な情報がリークされたらしいのよ。その……攻めか受けかで揉めて、一方をおとしいれようとしたとかしないとか」
「マジですか?」
嘘です。
「先輩、詳しいんですね」
「まあね。私の父方のおじいちゃんとおばあちゃんが出会ったのがそのイベントだったらしいし」
「え?」
「犬が陸軍で活躍するマンガのコスプレをおじいちゃんがして、黒鼠連れた少年が冒険するマンガのファンだったお婆ちゃんと意気投合したって」
「ロマンチックと言えばロマンチック……うーん、今もそう言うのがあると言えばあるような」
私の祖父母は見合い結婚だったと聞いてますけどね。
「あとはちょうど五十回の時かな」
「何があったんですか?」
「1973年……オイルショックよ」
「おお!」
「世相を反映して……トイレットペーパーに印刷して出品したサークルもあったとか」
「すごい根性ですね」
「違う意味で飛ぶように売れたらしいけど、あとから色々問題になったらしいわ」
「貴重なトイレットペーパーを、みたいな?」
「そ」
そんなくだらないやりとりをしていたらアナウンスが入った。
「第百一回……開催致します!」
会場のドアが開かれ、並んでいた客たちが一斉に入ってくる。
「さ、頑張りましょ」
「はい!」
年が明けて数日後、事実を知った後輩から怒りのメッセージが届いたのは言うまでも無い。
「コミケが100回目開催ってことは第1回は1923年だったんですかー」というtwitterネタを書き起こしてみた感じです。




