その4(パーシヴァル視点)
本日2回目の更新となります。
(この展開はあまりにも予想外過ぎるんだが……)
パーシヴァルは表面上こそ平静を保ちつつも複雑な気持ちで目の前の人物をじっと見つめた。
所在なさげに立っているのは、白金の髪とペリドットの瞳を持つ自分の妻となった少女。
今は魔法が解除されているからだろうか……普段よりもハッキリと、今の彼女の姿こそが真実の姿であると実感出来る。現在と比較すればジュリアとして振舞う時の彼女は、なんだか限りなく薄いベールを全身に纏っている――そんな印象だ。
(マーガレット・ワーズワース……それが彼女の本当の名前。確かメグはマーガレットの愛称だったな。それで嘘という反応にはならなかったのか)
しかしようやく彼女の口から本当の名前を聞けたと思ったら、そこから斜め上の誤解をされて正直なところ途方に暮れているのが本音だ。
すぐに彼女の思い違いを訂正するべきだろうか。
それとも騙された振りをしてあげるのが優しさか。
さしものパーシヴァルも判断に迷っていた。
「……あの、パーシヴァル様?」
こちらが沈黙していたからだろう。不安げな顔をした彼女がおずおずと声を掛けてくる。
それでパーシヴァルは思索するのを一時中断し、ひとまずは別の疑問解消から始めることにした。
未だに立ったままのマーガレットに座るよう促した後、紅茶で喉を湿らせてから改めて口を開く。
「――マーガレット嬢、いくつか質問するので正直に答えて欲しい」
「承知いたしました」
「わざわざ心配になって様子を見に来たということは、君は妹とは仲が良いのか?」
訊きながら少々意地悪な質問だったかもしれないとも思う。
既に伯爵家姉妹の境遇もおおよその関係性も察している。少なくとも妹のジュリアは姉を見下し利用している筈だ。
では、姉の――目の前の少女の方は妹をどう思っているのか。それをまず確かめたかった。
そんな中で数秒、どこか躊躇うような間の後で、
「……いいえ」
彼女は偽りなく答えた。
「パーシヴァル様がどの程度ご存知かは分かりませんが……私は社交界では妹と正反対の評価をされています。きっと妹はそんな私を好くは思っていないでしょう」
「――なるほど」
上手い言い回しだ。わざわざ妹の株が落ちないように言葉を選んでいる。
「ですので、妹にも見つからないようにこっそりとお屋敷に潜入いたしました。本来であればこのような所業は赦されることではありませんが……」
「そのことはもう気にしなくていい。屋敷の主として正式に貴女の滞在を許可する」
「っ! あ、ありがとうございます……!」
パッと顔を明るくするマーガレットに思わず苦笑を漏らす。
普通ならばたとえ妻の身内だろうと内密に処理出来るような話ではない。何しろ彼女の話が真実だとすれば屋敷の警備をすり抜けて潜入出来たという話になってしまう。侵入経路や実際の犯行手口など詳らかにし、警備体制を見直さなければならない重大な案件である。だが――
(彼女は最初から屋敷に居たわけだからな……手口も固有魔法によるものだし)
パーシヴァルは敢えてその手の質問は闇に葬ることにした。
それに聞きたいことは別にある。
「ところで何日前からこの屋敷に出入りしているんだ?」
「えっと……今日で四日目です」
「――その間、もしかしてずっとメイドとして仕事を……?」
「い、妹が午睡を取っている間にその、数時間ほど……」
後ろめたそうに答える姿に頭痛を覚え、パーシヴァルは思わず蟀谷を揉んだ。
(つまり怪我を負ってから、たった五日しか静養していなかったんじゃないか……!)
大人しそうに見えてマーガレットは意外と大胆で行動力があるようだ。そしてそれを実現させてしまう能力も持ち合わせている。優秀なのは大変好ましいが、危ないことに平気で首を突っ込んでいきそうな辺りは注意が必要だろう。
実際、スカートで不安定な脚立をひょいひょい上ってしまうくらいだ。目が離せない。
それにしても、とパーシヴァルは気持ちを切り替えてマーガレットに問う。
「何故わざわざメイドに交って仕事を?」
「それはその、時間を持て余していましたので……」
「そうか……実は貴女をここへ呼ぶ前に、貴女の仕事ぶりについて少し他の者に聞いてみたのだが」
「えっ!?」
「とても手際が良く、どんな仕事にも即座に対応していたと。いったいどこでそんな技能を身に付けていたんだ?」
明らかに動揺するマーガレット。
だが一度気持ちを落ち着けるように呼吸を整えると、真剣な表情でこう口にした。
「――実は、以前から一度きちんとしたメイドとして働いてみたかったのです……っ!」
驚くことに嘘はついていないようだった。
意表をつかれたパーシヴァルが目を瞬かせる中、彼女は大真面目に説明を続ける。
「技能については独学です。何事も覚えて損はないという母の教えのもと、吸収出来る技術などはなるべく身に付けるようにしているのです」
「……つまりメイドの技能もそのひとつだと?」
「はい。屋敷で働く使用人達を見ていれば、何をどうするかは見当が付きますので。後は実家で実践も少々」
最後だけは明確に嘘だと分かったが、逆に言えば語ったことのほとんどは事実のようだ。
「ですのでこの機会に一度、自分の身に付けた技術が侯爵家でも通用するか試してみたくなってしまい……あの、今更ながら本当にとんでもないことをしでかしておりました……お詫びのしようもありません……」
音にする過程でその非常識ぶりを実感したのだろう。
途中からどんどん声を小さくしていった彼女は最後にはしょんぼりと肩を落としていた。
そんな彼女に対してパーシヴァルは思わず、
(いやそもそも伯爵令嬢がメイドの業務を極めているなんておかしいにもほどがあるからね? しかもよりにもよって社交界の毒婦と呼ばれてる人物だよ? いくらなんでも説得力がなさすぎる……)
根本的な部分に内心ツッコミを入れまくる。
しかし叱られて項垂れる子猫のような様子の少女に追い打ちをかけられるわけもなく、
「あー……確かに褒められたことではないが、実際に現場の人間から聞いた君は大層有能と評判だったよ。どこの屋敷でも重宝されるだろうと」
パーシヴァルは自分でも甘いと思いつつも話題を彼女の都合の良い方向へと持っていく。
すると狙い通り、
「ほ、本当ですか!? それは嬉しいです……!!」
マーガレットが目を輝かせながら破顔した。
そこでつい、パーシヴァルは悪戯心を出してツッコミを入れる。
「いや伯爵令嬢として喜ぶべきことではあまりないと思うけどね?」
「うっ、そうですよね……先ほどからお恥ずかしい限りです……」
「というか先日伯爵家で会った時とはだいぶ印象が違うけど、こちらが素なの?」
さらに踏み込んだ際どい話題に、マーガレットは焦りからか目を白黒させる。
「えっ!? や、あの……そ、そうかも……??」
「なんで疑問形なんだ?」
「えーと、その……そうですっ! 私は時折、情緒不安定になるんです! なので先日お会いした時はちょっと頭のネジが緩んでいたのかと……っ!」
「っ……あはは! 君は――うん、やっぱり素直で面白いね」
必死になって言い訳をする間にくるくると表情を変えるマーガレットを真正面から堪能した結果。
パーシヴァルは思わず素で笑ってしまった。
(これも彼女が魔法を解除している影響だろうか)
普段の――ジュリアの姿で接する時よりも身近に感じる。それがとても心地よい。
この空気を壊したくない。なるべく彼女に心痛を与えたくない。
だからパーシヴァルは、今日のところはマーガレットを見逃すことに決めた。
「さて……マーガレット嬢。改めて今回のことは私と君だけの秘密ということにしよう」
「あ、はい! 本当にご迷惑をお掛けいたしました……!」
「分かっているとは思うけど今後このようなことは遠慮して貰いたい。我が家を訪ねるなら正式に先触れを頼む」
「寛大な処置に感謝いたします」
マーガレットが立ち上がって、もう一度頭を下げてくる。
と、ここでパーシヴァルはこの状況なら流石に訊かなければ不自然なことを思い出す。
「マーガレット嬢、君はこの後どうするつもりだ? もう夜も遅い……必要なら部屋を用意させるが?」
「っいいえ! 御心配には及びません!」
大きく首を横に振った後で、マーガレットは自らの手を胸にそっと当てる。
すると彼女の全身がまた薄いヴェールを纏ったようになった。どうやら固有魔法を使用したらしい。
パーシヴァルの目にはやはりマーガレットとしか映らないが、おそらく他の者ならば別の人物に見えているのだろう。
「それが君の固有魔法というわけだね」
「はい。お姿をお借りするのは申し訳ありませんが、これなら外に出ても不自然ではないかと」
どうやら不自然ではない人物に成り代わっているようだ。服までは魔法の効果が及ばないようなので、おそらく屋敷のメイドの誰かだろう。ナタリー辺りだろうか。
「その魔法だが、変身出来る相手に制限などはあるのだろうか?」
「いいえ、人間であれば誰にでも――あ! その! ただ持続時間や男性になるのは少し難しいので……!!」
「……ああ、すまない。固有魔法について尋ねるのはマナー違反だったな」
血統による固有魔法の詮索はその家に対する一種の挑発や敵対行動を意味することがある。
固有魔法は発現したタイミングで国への申請が義務付けられているが、その情報閲覧権限を持つのは王族くらいだ。家系毎の特性まではある程度は外部に伝わっているが、個人のものに対してはほぼ秘匿とされている。それはパーシヴァルの固有魔法も例外ではない。
「引き留めてすまなかった。夜も遅いので十分に気を付けて」
「はい、失礼いたします。……おやすみなさいませ、パーシヴァル様」
そう言い残して部屋を出たマーガレットの背中を見送った後で。
パーシヴァルはドッと疲れを覚えてソファーに沈み込んだ。
きっと彼女は廊下で魔法を解き、そのまま私室へと戻ったことだろう。
結果として非常に有意義な時間だったし、会話の最後に期せずして思わぬ収穫も得たが……それを素直に喜べない自分がいる。
(あの様子だと――彼女の魔法は俺の想像を遥かに超えるものなのかもしれない。やはり慎重に事を運ばなければ、彼女に望まぬ選択を迫る可能性も出てくる……それだけは避けなければ……)
考えることが多すぎて頭が回らない。
パーシヴァルはティーカップに残った冷めた紅茶を飲み干すと、今日はさっさと休むことに決めた。
 




