その3
(……刑の執行を待つ罪人の気分とは、こういうものなのかしら……)
窓から差し込む月明かりを頼りにやってきた夜の執務室の扉の前で。
メイドのメグの格好をしたマーガレットはゴクリと喉を鳴らした。ノックをしようと上げた手が寸でのところで止まる。本当はこのままメグの存在を抹消し、ここを訪れない方が正解なのかもしれない。
だが、それはあまりにも不誠実で――パーシヴァルを裏切るような気がして。
(――何を今更。ジュリア様と入れ替わった時点で私は赦されざる裏切り者だというのに)
思わず自嘲が漏れる。それでも結局、マーガレットは執務室の扉を小さく二度、叩いた。
「――失礼いたします」
「いらっしゃい、待っていたよ」
柔らかな明かりで満たされた室内の応接スペースに腰かけていたパーシヴァルがマーガレットを見て微笑む。
「少し話がしたいだけだから緊張しないで……って言っても無理かな? とりあえず適当に座って」
そう言うと彼は逆に立ち上がり、応接スペース近くに用意されていたティーワゴンへと足を向ける。
その行動にマーガレットは慌てて声を上げた。
「あの! お茶のご用意なら私がいたしますのでっ!」
「いいのいいの。これでもお茶を淹れるのは結構得意な方なんだ」
会話を続けながらも手際よく紅茶の用意を始めてしまったパーシヴァルにマーガレットは唖然とする。いったいどこの世界にメイドのためにお茶を嬉々として準備する主が居るというのか。
「せめてお手伝いをさせてください……」
居たたまれなくなって手伝いを申し出れば、パーシヴァルは朗らかに「じゃあ、好きな茶葉を選んでくれる?」と何故かこちらの好みを窺ってくる始末。それで抵抗することを諦めたマーガレットは仕方なく三種類の茶葉の缶を見比べ、一番癖のないものを選択した。
お茶の準備も整い、改めて向かい合って座ると途端に緊張がぶり返してくる。
彼は優雅に紅茶を楽しみながら、マーガレットにも「とりあえず飲んでみて?」と促した。
「……頂戴いたします」
この緊張では味も何もしないだろうと思いつつも一口。
すると、柔らかで薫り高い茶葉の風味が口に広がった――お世辞抜きでとても美味しい。ナタリーが淹れてくれるお茶と比較しても遜色ないほどだ。
「言ったでしょ? お茶を淹れるのは得意なんだ」
どこか自慢気なパーシヴァルに対して、マーガレットは素直に頷いて同意を示す。
心なしか緊張も和らぎ、呼吸も幾分か楽に出来るようになっていた。
しかしそれを見計らっていたように、パーシヴァルが本題を切り出した。
「……さて、夜分に呼び出してすまなかったね。改めて君に話――というか、質問がある」
「っはい、なんなりと」
「まず初めに……君の名前を教えてくれないか?」
「失礼いたしました。私の名前は……メグと申します」
「メグ……メグ、ね。うん」
パーシヴァルは確かめるように何度か名前を転がすと、改めてマーガレットに目線を向けた。
「単刀直入に聞くけど――メグ、君はこの屋敷のメイドじゃないよね?」
「っ……!!」
やはりバレていた。マーガレットは絶望的な状況に顔を真っ青に染める。
すると何故か詰問する立場である筈のパーシヴァルが焦ったように言葉を続けた。
「いや! 咎める気はない――とまでは言わないけど! 君が怪しい人物ではないとは分かってるから!」
「?? ……それは……どうしてでしょうか?」
おかしなことを言い出すパーシヴァルに思わず立場も忘れて尋ねれば、
「だって今の俺の目には、君がマーガレット・ワーズワースに見えているから」
返ってきた答えに。マーガレットは衝撃から目を見開いた。
そして同時に納得した。きっと最初から――あのホールで目が合った瞬間から。彼はすべて理解していたのだ。だからこそ、脚立に上った自分を危ないと叱った。そしてグレアムに対しても今も、このような回りくどい方法を取ってわざわざ大事にせずいてくれているのだ。
(……なんて、お優しい方なのだろう)
ならばこれ以上の取り繕いは不要。マーガレットは自ら魔法を解除し、元の姿へと戻っていた。
正真正銘の――白金髪とペリドットの瞳を持つ自分の姿に。
急に髪の色と目の色が変わったことに驚いたのであろう。瞠目して息を呑んでいるパーシヴァルへ、マーガレットはおもむろに立ち上がると深々と首を垂れた。
「お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした、パーシヴァル様。すべて御推察の通りです」
「……ああ、頭は下げなくていい。どうか顔を見せてくれ」
安堵したような声音のパーシヴァルに、マーガレットはゆっくりと頭を上げながら問う。
「私の所業を、赦してくださるのですか?」
「赦すも何も……俺は最初から怒ってはいないよ? 本音を言えば君から自主的に事情を話して欲しかったけど」
苦笑する彼を見ながら、マーガレットは改めてパーシヴァルの器の大きさを知った。
こんなにも非常識なことをしでかした人間に対してこの寛容さ。
マーガレットは無意識のうちに瞳を潤ませながら、パーシヴァルへもう一度心から謝罪した。
「……申し訳ございません。まさか見破られるとは思っていなかったのです。妹が心配になって、こっそりと屋敷に潜入していただなんて……」
「ああ、そうか妹が心配で―――――んん????」
こちらの説明が足りなかったのか、パーシヴァルが途端に不可解な面持ちを見せる。
それに対してマーガレットは改めて経緯を説明するために口を開いた。
「先日、妹が屋敷で負傷したことはパーシヴァル様も知るところと存じます」
「あ、ああ……そうだね」
「怪我の具合が心配になった私は自らの固有魔法で髪と目の色を変え、こっそり妹の様子を確かめにこちらへ来たのです」
「…………」
「まさか一度お目見えしただけのパーシヴァル様に見抜かれるとは思わず……お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした」
「………………なるほど、そうくるのかぁ」
こちらの説明を黙って聞いていたパーシヴァルは、最後にどこか遠い目をしながらそう呟いた。
しかし発せられた言葉からこの説明で一応の納得は得られたらしい。マーガレットは安堵に胸を撫で下ろす。
(きっと居るはずもない妻の姉がメイド姿で作業していて驚かれたのよね……とても悪いことをしたわ)
あの場で騒ぎにしなかったのも、きっと妻であるジュリアや伯爵家を慮ってのこと。
怪しい人物ではないと断言出来たのは、仮にも妻の姉だから。
パーシヴァルの行動の理由にすべて整合性が取れたことで、マーガレットは確信へと至る。
「改めまして、先日の御無礼の数々、お詫び申し上げます。ジュリアの姉のマーガレット・ワーズワースです。パーシヴァル様の寛大なご処置に心より感謝申し上げます」
頭は下げなくていいと言われたものの、どうしても癖で下げてしまうマーガレットに。
「……あー、もう。ここで本名言われてもなぁ……!」
パーシヴァルはどこか釈然としない声音を室内に響かせたのだった。




