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その2


 すっかりメイドとして働くことに味を占めたマーガレットは、


「あ、メグ! こっちの窓ふき手伝って欲しいんだけど!」

「はーい! お任せください!」


 もはや空気のごとく現場に馴染んでいた。メイド生活も今日で四日目。

 まるで遊撃隊員のように忙しいところにヒョイと現れては仕事をこなしていくマーガレットは、どの現場でも歓迎された。

 伯爵家で培ったスキルが活かせるのも純粋に嬉しく、窓ふきをしながらマーガレットは思わず鼻歌を漏らしてしまう始末。完全にこの生活を楽しんでいた。


「窓ふきなんて面倒な作業だっていうのにメグは楽しそうね?」

「はい、楽しいですよ? 綺麗になっていく過程は達成感がありますし!」


 磨き上げた窓から見える庭の美しさにニコニコしながら返すと、隣で同じ作業をしていたメイドが残念な子を見るような顔をする。


「もっと楽しいことなんていくらでもあるでしょうに……メグってホント変わってる」

「そうでしょうか? このお屋敷は前に務めていたところと比べると皆さん親切ですし働きやすくて楽しいことばかりです」


 伯爵家では使用人達から遠巻きにされていたため、常に孤独だった。

 それと比較すれば今の環境は素晴らしい。こうして小さな声で雑談をしながら作業が出来ることすらもマーガレットにとっては嬉しい体験なのだ。


「……っと、こちらは全て終了しました。次はどうしましょうか?」

「うーん、わたしの方も残り一面だし、先に戻ってていいよ」

「分かりました。ではお先に失礼しますね」


 言って、作業を続けるメイドと別れたマーガレットは廊下を歩きながら目についた置時計で時刻を確認する。部屋に戻るまではあと一時間ほど余裕があるようだ。もう一仕事したいところだが――


「……あ! メグ、ちょうど良かったわ! ちょっと手を貸してくれない?」

「はい、喜んで!」


 背後から呼び止められ、渡りに船とばかりにマーガレットは笑顔で返事をする。

 声を掛けてきたのはこの四日ですっかり仲良くなったメイドのローナだった。脚立と籠を手にした彼女はあからさまにホッとした様子を見せる。


「助かったわ! 実は玄関ホールの照明が一箇所だけ点かなくなってて。魔石を交換しようにも一人では難しくてどうしようかと思ってたのよ」


 この世界の照明器具は、火の他は主に照明用に開発された魔石によって賄われている。

 一度交換すれば半年単位での運用が可能なため、貴族の屋敷では魔石を使用することが一般的だ。

 話によれば前回の点検で取り換えた魔石の中に不良品が混じっていたのではないかとのこと。

 ローナの荷物を半分引き受けながらホールに着くと、確かに一箇所だけ明かりが灯っていないランプがあった。


「じゃあ、脚立を押さえて貰っていい? 早めに交換しちゃうから」

「あ、私がやりましょうか? 魔石の交換作業も何度か経験ありますし」

「ほんと!? 助かるわー、あたし実は魔石の交換ってそんなにやったことなくて……お願いできる?」

「お任せください!」


 言って、マーガレットは魔石を手にすると、ローナに押さえて貰った脚立をすいすいと上る。

 該当のランプはかなり高い位置にあり、脚立を最大まで伸ばしてようやく届くほどだった。


(……うん、構造は伯爵家の物と同じだわ。これなら数分で終わりそう)


 不良品と思われる魔石を見分し、取り外し作業に入ろうとしたまさにその時――



「なっ……何をやってるんだ君はッ!?!?!」



 怒声とも驚愕ともつかない声がホールに響き渡った。

 咄嗟にマーガレットは作業の手を止め、反射的に声がした方を振り返る。

 と、そこに居たのは普段ならばこの場にいないはずの人物、つまり――


「だっ旦那様!?」


 脚立を押さえるローナが驚きの声を上げる。

 そう、目線の先に居るのは誰あろうパーシヴァル・ストラウドその人だった。

 今は王城で仕事中のはずの彼が何故ここに、とマーガレットは困惑する。

 その間にもパーシヴァルは険しい表情のままこちらとの距離を詰めていた。あっという間に脚立の真下まで来た彼は頭上のマーガレットを見上げながら厳しい声を飛ばす。


「なんでリ……ッ……君が、こんなことをしているんだ! 危ないだろう!?」

「え……いや、そんな大したことは……」

「あーもう! とにかく早く下りて! 話はその後でいいから!」


 常にないパーシヴァルの余裕のない表情に気圧され、マーガレットは大人しく従う。

 と、その時、


「あ、あの……! 旦那様、あたしがメグに手伝って貰ったのです! 彼女は悪くありません!」


 マーガレットが叱責されたことに責任を感じたのだろう。ローナが必死になってパーシヴァルへと事情を説明する。

 その表情に思うところがあったのか、マーガレットが素直に脚立から降りたからか。

 パーシヴァルは疲れたように大きく溜息をつくとローナへと言った。


「……こういう高所の作業はなるべく男の使用人に任せてくれ……心臓に悪い」


 どうやら単純に女性が高所で作業をすることを心配してのものだったようだ。

 叱責の理由が判明し、マーガレットはホッと胸を撫で下ろす。その横ではローナが深々と頭を下げていた。マーガレットも慌ててそれに倣う。


「承知いたしました、お気遣い感謝いたします旦那様」

「……顔を上げてくれ。君たちは悪くない。私の方こそ大声を出してすまなかった」


 その言葉にそろりと顔を上げれば、未だに不安げな表情を覗かせるパーシヴァルが明らかにマーガレットを見ていた。心なしか、その視線は自分の右肩を気にしているように感じる。

 どうしてだろう、と内心で不思議に思っていると――


「――旦那様、何か不手際がございましたか?」


 その声にマーガレットはびくりと肩を震わせる。そして咄嗟に顔を隠すよう俯いた。


「……いや、彼女達に責はないよグレアム。私が勝手に心配して声を上げてしまっただけで」

「……なるほど、照明魔石の交換ですか。確かに男手に頼んだ方が良さそうですね」

「今後はこういう高所や危険な作業はあまりメイドには振らないようにしてくれ」

「畏まりました。以後はそのように取り計らいます」


 心臓がバクバクして一向に治まらない。現場の使用人達ならいざ知らず、グレアムら使用人を管理する側の人間からすれば、見覚えのないメイドというのは不審人物に他ならない。

 見つかったが最後、拘束尋問される可能性すらある。


(ど、どうしよう……っ!? なんとか誤魔化す方法は――ッ!!)


 だが焦っても良いアイディアは浮かばない。

 最悪、拘束されそうになったら即逃走――それから人目を避けて別のものに変身してやり過ごすくらいしか選択肢はなさそうだ。

 脳内で逃走ルートを吟味しながら、最悪の事態にならないことを祈りつつマーガレットが拳を握り締めていると、思わぬ方向から助けが舞い込んできた。


「――グレアム、悪いけど今すぐ執務室から書類を取ってきてくれ。机の一番上の引き出しに仕舞ってある黒い封筒の物だ」


 ちょうどマーガレット達とグレアムとの壁となったパーシヴァルが指示を出す。

 一瞬だけ戸惑いを見せつつも、彼はすぐに「承知いたしました」と踵を返して執務室へと向かった。


(……た、助かった……っ!)


 マーガレットは安堵から思わず泣きそうになった。

 だがそう悠長にもしていられない。グレアムが戻ってくる前にこの場を立ち去らなければ同じことの繰り返しだ。


「あ、あの……旦那様、私たちもそろそろ失礼してよろしいでしょうか?」


 本来ならば無礼に当たるが背に腹は代えられない。意を決してパーシヴァルへ話しかければ、彼は少し考えた後で「ああ、構わないよ」と鷹揚に頷いた。

 今度こそ本当に危機は免れた。

 マーガレットは再び頭を深々と下げると、ローナに目配せをしてこの場を立ち去ろうとパーシヴァルへ背を向ける。だが、


「……ああ、そっちの……脚立に上っていた方の君」


 一歩踏み出す直前に声を掛けられ、マーガレットの全身は硬直した。

 しかし主人の命に逆らうメイドなどいない。恐る恐る身体ごと振り返れば、


「少し話があるから今日の夜にでも私の執務室まで来てくれ。――さぁ、もう行っていいよ」


 最後にはにこやかな笑みまで浮かべたパーシヴァルからの命令に。

 頭が真っ白になったマーガレットはそれでも「……はい」と弱々しく返事をした。


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