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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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爆発炎上

(ひぃいいい───ッ)


 アンリが心の中で悲鳴を噛み殺す。目の前はまるで溶岩が沸騰する火山口だ。

ところがその瞬間、どこからともなく靴音が響いてきて、安心できる味方・ジョゼットが玉座の元まで駆けてくる。ロープを身体に巻き付けて、手摺にもう片方を結び付け飛んできたらしい。


「大丈夫か? ケガしてないか?」


 と言いながら、ジョゼットの逞しい船乗りの腕が、奈落へ落ちていきそうになるアンリの身体を捕まえる。

アンリはほっとした。なにせ目の前の谷間のように割れた艦体の中では火蜥蜴が蠢いており、溶岩みたいな溶けた鉄がドロドロと沼を作っている。

 それを横目で眺めながら、ジョゼットがベルトと一緒に巻いてきたロープを腰から外す。そして玉座の飾り部分と背中合わせになるように、アンリの身体を黄金の玉座に巻き付ける。


「ちょーっと待っててくれな。あれと決着つけたら助けてやるから」


「『ちょっと』って、どれぐらいの間の『ちょっと』なんですかあぁぁぁ──っ!」


 地獄の淵に置いてきぼりにされる感覚をひしひしと感じながら、アンリが悲鳴を上げる。その耳元でジョゼットが囁く。


「あいつはルシアの兄貴なんだよ。そしてラーイ先生たちを殺して、あんな無様な金属人形に仕立て上げたヤツだ。許しちゃおけねぇ」


『白』──と、ジョゼットはおのれの守護一角獣を呼んだ。


「火蜥蜴にあいつ喰らわせるぞ!」


 ジョゼットの口元から「シリウス」と、声が漏れる。途端に右手に青白い光を放つサーベルが現れ、下り甲板で加速したジョゼットが艦体に生じた割れ目を飛び越えていく。


「フェディスッ! 俺とルシアからの望みだ、その首もらい受け、この奇妙な音楽機械をぶち壊すっ!」


 天空で一番明るく輝く恒星「シリウス」と同じ青白く発光するサーベルを、着地する間もなく振り切ると、サーベルの長さが三倍には伸びた。それを両手に握りしめ、ジョゼットが真鍮の箱を横なぎに斬りに掛かる。

『天国の門は真鍮でできている』──という諺があるほど硬い金属の、しかも複雑な機械仕掛けの巨大な箱を「シリウス」と呼ばれたサーベルは一撃で切り裂いた。

 ねじ止めされていない上層部が吹っ飛んで行き、火蜥蜴の造る溶岩の沼に落ちてゆく。


「き、貴様……っ!」


 銀の精霊を思わせるフェルディナンドの美しい顔が、初めて醜く歪んだ。


「歯車の金具ひとつひとつから削り出して創り上げた、わたしの傑作を……!」


「なにが傑作だ! ラーイ先生を殺して、歌しか唄えないガラクタなんかに作り替えて!」


 音楽学校の講師でもあったライヒャルトは、同時に古代五学──音楽、天文学、語学、幾何学などの教師でもあった。金がなく、上級の学校に進学できないが素質のある子供を見つけると、ライヒャルトは自分の弟子に迎え入れ、何事も熱心に学問を教えてやっていた。

 その中にはかつてジョゼットとルシアも居たのだ。ふたりにとって誰にも代えられない恩人だった。


「俺たちにとっちゃなぁ、ラーイ先生は代わる人がいない、大切な人だったんだよ!」


 殺意と怒りが入り交じった表情で、ジョゼットがまた「シリウス」を振るう。今度は箱の残骸が、縦に真っ二つになって船底へ落ちていく。


「こ、このぉ……!」


 怒りで歪んだ表情で、フェルディナンドは上着のポケットを探った。出てきたのは先日、真夜中の動物園で使った例の水晶玉だ。それも色違いのモノがふたつある。

銀髪の魔法使いは嫌々ながら逃げに転じたのだった。


「いや、でもこの場合……。総統閣下の甥っ子殿も拾っていかねばならないね……」


 独り言のようにフェルディナンドはつぶやくと、スパイクも付いていないフラットな靴底の革靴で、まるで曲芸師のごとく傾いた甲板を走ってゆく。そして、ぐらぐらと大きく揺れている救命用ボートから、メルヴェイユ護国卿のベルトを掴み、引きずり出した。


「一緒に来ていただきますよ、閣下」


 苦々しい顔をしながら右手を上げると、あの水晶玉が輝きだす。透明な方の水晶玉をまずは空高く投げ上げる。

 ギィイイイ……と、蝶番が軋む音がする。扉を開けるように真っ二つに割れた空に向かって、もう一つ、色違いの赤い水晶玉をフェルデナンドは放った。


『ギャアアア───』


 まるで「千夜一夜物語」で語られるロックバードのような巨大な鷲が──それも双頭の鷲が、空の扉をすり抜けてライデン湾上空に突如現れた。しかも双頭の巨鳥は相当フェルディナンデスに懐いているらしく、魔法使いはその脚に縛り付けてある綾紐にブランコ乗りのごとく足を掛ける。片手に着飾った軍服の護国卿をぶらさげながら。

銀髪の魔法使いは巨鳥の羽ばたきと共にふわりと舞い上がる。


「悪いがわたしはここで帰らせてもらうよ。いくらかは総統閣下からお叱りもうけようが、事情説明できる人間がいなくてはならないのでね」


 信じられないほど直線的に鷲は舞い上がった。

 ジョゼットが支給されていた軍用拳銃を空に向け、全弾を双頭の鷲に打ち込んだがなんともならない。

 空は何事もなかったように閉じた。


「チークショーオォォ──ッ!」


 絶叫するジョゼットが「シリウス」の切っ先を傾いた甲板に突き刺して、なんとかバランスを取っている。

 そして玉座と背中合わせで縛り付けられたアンリが、「早く助けて欲しい」と切に願っているときだった。

ガクン──と、また大きく船体に揺れが来た。


「不沈艦というからにゃ、沈んでるんじゃねぇぞっ!」


 やけくそ気味にジョゼットが怒鳴った。最下層に到った火蜥蜴は、すっかり溶解した鉄材のなかでオオサンショウウオの如く手足を動かしている。このままでは船底すべてが溶け落ち、海水と反応して、大規模な爆発が起こるのが目に見えている。


「アンリッ! そっちは無事か?」

「大丈夫ですけど、すぐにロープをほどいて欲しいんですけれど……」


 そう、アンリは助けを求めた。一角獣から与えられた剣ではなく、腰から下げていたナイフでジョゼットがアンリと玉座を結び付けていたロープを切る。そして用心深く溶接されている玉座の脚元に目をやった。


「ここの脚元だけ別の金属で継いであるな。切断するのが一番手っ取り早いんだろうな」


 自分自身に言い聞かせるみたいにジョゼットは言って、『クロコダイル』と右手を振りながらつぶやいた。先程、火蜥蜴の頭蓋骨を切り落としたノコギリ状のギザギザ刃の剣が何もないはずの空中から出現する。


「アンリ。甲板が傾いているから、玉座をしっかり支えていてくれ」


「無理ですよぅ。こんなすごく大きくて、重い玉座を支えるなんて……」


 情けない声で返事しながら、アンリは周囲を見渡した。甲板の上はガラクタ箱をひっくり返したような状態で、様々なモノが落ちている。その中から丈夫そうなフック付きのロープを拾い上げてきたアンリは、玉座にそれを回し、家畜を縛り上げる時と同じ要領でロープを結ぶ。

 そして、ゆとりのあるもう片方のフックの付いているロープの端は、船べりの手摺に引っ掛けた。


「……こんな感じでどうでしょうか?」


「おしっ、いい感じいい感じっ! アンリは頭の回転も速いし、手先も器用だ。いい騎士になれるぜ、きっと!」


 などと軽口を叩き、ジョゼットはノコギリ状の剣でガリガリと玉座の脚の根本を切断している。すると、アンリの真横と言ってもいいくらいの間近に、外部からロープ付きの三つ又の鈎が投げ込まれてきた。

 三つ又の鈎は手摺にしっかりと掛かり、そこから簡易式昇降機で昇ってきた老海賊がよじ登ってくる。


「タグボートを艦に横付けしてあるぞ。いつでも玉座を運び込む準備はできている」


 と言いながら、アンリが玉座を縛ったよりも何倍も丈夫そうな鋼鉄製ロープを用意してきてくれる。


「アンリ、手が空いているなら、そこの黒い布でこの玉座の輝きが見えなくなるよう包んでくれ。この玉座が、俺たちレジスタンス側の物になったということはできるだけ秘密にしておきたいからな」


「は、はいっ!」


『提督』に指示され、アンリが交響楽団用の傘にすると聞いた、黒い防水布を取りに走る。都合のいいことに布には端に穴が空けられていて、ロープを通せば袋状になり、かなりガバガバとしてはいるが、すっぽりと玉座の煌きを閉じ込めてくれた。


「もうすぐ全部の脚を切断できるぞ、用意はいいかっ?」


 金属屑がザラザラと零れ落ちた甲板の上で「クロコダイル」を操りながら、ジョゼットが緊張感のある声でタグボートがあるはずの海側を向いた。

 ぐらんっ、と揺れて玉座が縛られている防水布ごと宙に浮く。


「よしっ、引っ張れっ!」


タグボートの上に居る部下たちに向けて『提督』の指示でロープが引かれ、防水布の包みが船べりを乗り越える。『提督』とジョゼットのふたりは、玉座を衛る騎士のごとく黒い包みの左右に足を掛けて取り付き、大切な荷物のバランスを取っている。


「悪いな、アンリ。シンガリを任せるけど、気をつけて昇降機で降りてくるんだぞ」


 そんな風にジョゼットが艦の甲板に取り残されたアンリに声を掛けた刹那だった。


──ドォオオオ……ンッ!


 とっくに沈没していてもおかしくはない『サラマンデル号』から、巨大な火柱が上がった。鼓膜を破るほどの爆音を立てて、びりびりと空気が振動する。

 弾薬庫が爆発したのだ。そして同時に船底の穴から一気に海水が溶けた鉄の沼に押し寄せ、水蒸気爆発まで誘った。

 急激に巨大な甲鉄の戦艦が、雷のような爆音を上げながら沈んでゆく。

 ライフル銃を背負ったアンリの小柄な身体は爆風で吹き飛ばされ、甲板上のどこにもなかった──。




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