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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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攻撃開始


『ドオンッ!』と足元から音がした気がアンリにはした。

 その上、ほとんど波の無い内湾だというのに、ぐらぐらと艦が揺れ始める。揺れはひどくなってゆく一方で、次々と椅子から転げ落ちる者まで出てきた。


「……な、なんだっ?」


 自分も粗末な木の椅子からずり落ちて、アンリは不安げにつぶやいた。

『銀翼の魔女』ルシアの出現で、甲板上に置かれた王位継承用玉座から退き、親衛隊の盾に囲まれ守られているメルヴェイユ卿まで、顔を青くして左右を見渡す。

 と、その時。甲板へ通じる昇降機の扉が開いて、顔を石炭灰で真っ黒に汚した釜焚き人足たちがぎゅうぎゅう詰めの箱一杯に飛び出してくる。


「逃げろーっ! 火蜥蜴が暴れ出したぞーっ!」


「魔法陣を破って、やりたい放題やってる! このままじゃ、艦が沈むぞーっ!」


 釜焚き人足に化けたレジスタンス側の男たちが、大声で叫んで回る。途端に甲板上の乗員や乗客がざわつき始めた。


「馬鹿な、この不沈艦が沈んだりするものか!」


 そうメルヴェイユ卿が握りこぶしを突き出した時だ。まるでクジラが跳ねるかのごとく、戦艦が船首を下に傾いた。


『シャ───ッ!』


 船首側壁に穴が開いて、全身を輝かせる白金色の王冠をかぶった巨大なトカゲがそこから顔を出したのを、その場に居た者たちは凍り付く思いで見た。

まぶしく輝くトカゲは、全長で二十メートル以上あるだろう、これだけの体長ならば、厚み一メートルある不沈の木箱・シタデルにでも喰らいついて穴をあけてくるはずだ。


「船尾方向にまだあと二匹いるぞーっ! 逃げろー、にげろーっ!」


 気の早い人足は、すでに船腹の救命用ボートの係留金具を外し始めている。それを見て、救命用ボートの座席でもなにごとでも、自分たちが最初に提供されなければ気が済まない上流階級の乗客たちが慌てふためき出した。華奢な猫足脚の椅子が、乗客たちが立ち上がると同時にバタバタと倒れる。


「落ち着け、落ち着いてくださいっ、皆さんっ! この『サラマンデル号』は不沈艦だっ! 決して沈むことはないっ!」


 本日の栄誉艦長でもあるメルヴェイユ卿が、人々の混乱を落ち着かせようと声を高くする。だが無駄だった。甲板の傾斜はますます大きくなり、船尾に停泊させてある、気嚢をはじかれた高速翼船が固定用ワイヤーロープを千切って海に飛び出した。

 救命用ボートを下ろすのを待っていられない合奏団の者の中には、錯乱して自分から海に飛び込む者も現れる。


『シャイャャャ──ッ!』


 甲板上の者たちは、すべて頭を上下させる火蜥蜴の激しい動きで投げ飛ばされる。直接海面へ落ちてゆく者も大勢いた。

 アンリも飛ばされたうちの一人だった。だが運の良いことに、船べりに積んであった装飾用のカラフルな布の山に受け止められる。いや、布の山だけではない、自分の水兵服の襟を誰かが掴んで、海面に転げ落ちないようにしてくれている逞しい腕がある。


「大丈夫だったか、アンリ」


 落ち着いた声で話しかけてきたのは、『提督』ジーザス・オブライエンだった。しかもその左腕はアンリを助けるためか、通常の人間の三倍ほども伸びて、水兵服の襟を鷲掴みにしている。


「え、ええと。僕は大丈夫です!」


 返事をすると、ジーザスは大股で二歩ほど甲板を跳ね、アンリの元へ寄ってきた。その時にはもう左腕は普通の長さに戻っている。

 これが前に聞いた、『黒の一角獣』がジーザスに与えたという「自在なる左腕」か──と、アンリは仰天する。


「おい、これ靴に取り付けろ。こんな傾いた甲板、デッキシューズじゃ駆けまわれないぞ」


 そう言ってジーザスは、簡易式の取り付けスパイクをアンリの方へ差し出した。


「あ……。もしかしてスパイクの付け方、知らないのか?」


「は、はい……。生憎、山育ちなので……」


 と、返事したら。ジーザスは左手一本でちゃちゃっと革紐の先に金属製のギザギザな滑り止めが付いているスパイクを、アンリのデッキシューズの上から装着してくれた。以前クリスティーネがジーザスのことを「親切なおじいさん」と評していたが、案外それは事実らしい。

 その様子を眺めるように、火蜥蜴の大きな影が二人の上に覆いかぶさる。

 反射的に、ジーザスが持っていた拳銃の引き金を引く。銃声は二回したが、どちらの弾も火蜥蜴の滑らかな金属質の鱗にはじかれた。


「ちっ、聖銀の弾、二発も損しちまった」


 愚痴るジーザスの隣で、アンリが動いた。冷静に左ひざを甲板に着け、射線を火蜥蜴に対して一直線に取り、腰の物入れから取り出した三十五口径の拳銃を構える。


(多分、こういう生き物でも急所は『眼』に違いないはず……!)


 射撃に関しては徴兵され三年間陸軍で勤務していた父親から教わった。だから「子供が扱うもんじゃない」と言われた三十五口径という威力の大きな拳銃も使い慣れているし、ライフル銃も扱える。

 タンッ、タンッ──と、アンリの手元から銃弾が発射する音がして、銃口から打ち出された聖なる銀の弾の一発目が、見事に火蜥蜴の左目に命中した。


「シィィシャィアアア─────ッ!」


 聖銀の弾に痛みを感じたのか、火蜥蜴が吠えた。大きく開けた口をアンリたちに向けて迫ってくる。

 ところがそんな状況になっても、とてつもなくアンリは落ち着いていた。回転式銃倉に残っている四発すべてを火蜥蜴の口の中へと打ち込む。

 また火蜥蜴が叫ぶ鳴き声がして、今度は千切れた舌の先がうねうねとのたうち回りながら甲板の上に降ってくる。そして本体はというと、さすがに恐れを成したのだろうか、出てきた穴倉の奥へと巨体を引っ込めてしまった。

 驚いたのは老海賊の方だ。


「おおっ! なんだ、アンリ。いい銃の腕してるじゃないか!」


 ジーザスが、アンリの小柄な肩をバンバンと大袈裟に叩いて評価してくれる。


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