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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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本物の音楽

 ツカツカと真鍮製の眩い箱状の機械に近づいたのは、あの天才指揮者と呼ばれていたクロードヴィスだった。真っ直ぐに機械の横に立つ銀髪の青年と視線を合わせている。


「こんな同じ音程でしか唄えないガラクタには、さっさと退場してもらおう」


 きつめの口調でクロードヴィスは言って、歯車だらけの機械作動部分に手を伸ばす。そして、その中のカチャカチャ回転させられていた薄い木の板に手を伸ばすと、パキリ──と何枚かのそれを折ってしまう。

 キャタピラのように繋がっていた木の板は次々と割れ、ガシャガシャというカラクリの音とぶらぶら垂れ下がった木の薄板だけになってしまい、音楽を演奏するモノも声楽者の声を機械が真似た音も聞こえなくなった。


「本物の音楽というものを君は知らないらしいな。これから行う我々の演奏を聞いて、その場所に飾られた音楽家たちを殺したことを反省するがいい」


 クロードヴィスが大きく右手を上げる。後方に居た交響楽団の演奏家たちが、まるで軍人のような揃った駆け足で、一斉に楽器を持ってベルベット張りの椅子に座った。

 そしてオーボエが発するA音で楽器の調整がはじまる。


「さて、この場を借りて皆さんに、『音楽』とは三つの種類があるとご説明いたしましょう」


 指揮者の上がる箱の横にクロードヴィスは立つと、観客やその向こうに座る少年楽隊に向かって話しかけた。


「ひとつは『道具の音楽・ムジカ・インタル・メタルリース』。楽器など耳で聞くことができる音楽。人間が楽器を演奏して鳴り響く音楽もこの『道具の音楽』に入ります。人間の喉の手や足も、道具の一種ということです」


 クロードヴィスの説明に「ほぅ……」と、貴族めいた豪華な服装の者たちから声が上がる。


「ふたつめは『人間の音楽・ムジカ・フマニナ』。人の心や身体を律する音楽です。例えば胸に手を当ててみてください、そこでは心臓が奏でるリズムがあるでしょう。耳に聞こえずとも人の身体の中には沢山の旋律がながれている。それが『人間の音楽』」


 一息ついて、観客たちが自分の話についてきているかどうか確かめるようにすると、クロードヴィスはもう一度口を開いた。


「みっつめが『宇宙の音楽・ムジカ・ムンダーナ』。風や川や星々の動きなど、世界の動きを律する音楽です。この世界には人間の耳では聞き取れない旋律が流れている。それらは神の奏でる音楽だと古典神学には綴られています」


 背後では多くの楽器たちの音が調和してゆく。

 もうクロードヴィスが細かい注文をつけなくても、それぞれの楽器のパートの音は揃っていた。


「どうか皆さま、今日は最高の『道具の音楽』を通じて、『人間の音楽』『宇宙の音楽』を感じていただければと思います」


一礼して指揮台に上ったクロードヴィスが、勢いよく指揮棒を振り上げる。


「交響曲『鉄槌』、作曲モラール・サイクロティ」


 仰々しく曲名が紹介された途端に指揮棒が振られ、交響楽団六十名、すべての楽器の音が交じり合う。

『鉄槌』という重々しい題名なのに、どことなく華やかな印象がする曲だった。ティンパニが調子よく牛皮の表面を叩き、バイオリンはまるで指揮者の振る棒に操られているがごとく揃った音を立てている。フルートは清々しく響き、オーボエが縁の下の力持ち的存在で演奏を盛り立てる。


(……これが本物の交響楽、なのか)


 アンリはぐっと背を伸ばすと、粗末な木製の椅子の上で溜め息を漏らした。なにも音を共鳴させる屋根やドームなどまるで無いのに、すべてが協調しあってひとつの音楽を作り上げているような気がする。

 あの真鍮製の人形楽器が吐き出していた『声楽』とは、まるきり違う迫力だ。

 そして気が付く──交響楽団が紡ぐリズムと、おのれの心臓が刻むリズムが一致していることに。


(……えっ?)


 これが『機械の音楽』と『人間の音楽』の一致というやつなのだろうか?

 次第にアンリの鼓動は奏でられる音楽を全身に受けて、強く、はっきりしたものになっていく。


(……考えなくていいんだ。音楽を、ただ感じればいいんだ)


 交響曲なら祖父が持っていた録音結晶を再生して聴いたことはあるが。

 こんな身体全体に音を浴びるような演奏は初めてだ。強く──弱く、強く──弱く……と、様々な楽器の奏でる旋律がアンリの思考を究極の世界へと連れてゆく。

 その数々の音たちを指揮棒の動きと全身のリアクションで、縄綯うように一つの楽曲に仕上げていくのは、やはりクロードヴィスの全神経を集中させた采配である。


(やっぱりこの人は、音を操る魔術師なんだ……)


 などと思いながらアンリが瞳を閉じた時、羊雲がふわふわと浮かぶ空の一角に銀色の光が、チカリと煌いたのだが──。

 アンリはまだその光に気が付いてはいなかった。


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