戦闘開始の合図
うなぎの寝床式の奥が深い店内には、質流れになった服が、外からの目隠しになるようにと天井から数多く吊り下げられていた。
そのせいで、時刻は昼食時だというのに店内は薄暗い。カジノへ来る客もまだ少ないので、店には店主とジョゼットの二人しかいなかった。
ローランド国王派レジスタンスたちにとっての変装用衣装の調達所『陸亀の甲羅』に、久々にきれいさっぱり髭を剃った顔でジョゼットは訪れていた。髪の毛も相応に短い。これから船出してしばらくは陸へは帰ってこない船乗りの恰好だ。
「ごめんな、じぃさん。前回の清掃用のツナギ、ダメにしちまったよ」
「動物園の辺りで一騒動あったってぇのは聞いていたからな。まぁ、命あっての物種だぁ。身体は大切にしろよ」
他の四人はちゃんと返しにきたよ──などと会話しながら、質流れの腕時計やら指輪やらが並ぶショーケース兼用のカウンターを挟んで、二人は立っていた。
「それで、注文のモノは手に入ったかい?」
「ああ、ルブランス海軍の少年兵用海兵服──着替え込みで一人分。サイズは一番小さいのな」
確認をとるかのごとく店主は言って、ショーケースの上に、中身が詰まった船乗りが常用する筒状の袋を出す。
「しかし、おまえさんが子供を手下に使うとはな……。子供を巻き込むのは嫌いだといつも言ってるじゃあないか」
実際、これまでジョゼット率いる亡命政府派レジスタンスは、伝言役や暗号解読以外にはほとんど子供を使ったことはない。子供たちが自分の腹にダイナマイトを括りつけて自爆テロルを行っているのは、ローランド国内に潜伏している別の過激派だ。
「今回は特別なんだよ。どうしても実戦を経験させておかなけりゃならない同志がいるんだ」
重たそうに溜め息をつきながら、ジョゼットは財布を取り出した。アンリみたいな子供こどもした十五歳の少年を、戦艦破壊のためにその船へ乗り込ませるなど、本当はジョゼットもしたくないのだ。下手をしたら足手まといになるだろうし。
だがしかし、アンリには一度どうしても地獄を見てもらわねばならない。そして、とにかく一人前の男になってもらわねば困るのだ。
「全部でいくらだ?」
「二十ルランちょうどだ。一か月以内に返しにくれば、半額は返金してやるよ」
と、店主は質札を装った貸し出し表を、ショーケースの上で書いてくれる。ジョゼットも十ルラン札二枚を重ねて、店主の方へ押しやった。
「毎度あり。なんだか大きな作戦のようだが、無事に帰ってきなよ。あんたがいなくなっちゃぁ、正規の海軍の指揮官を務めるヤツがいなくなっちまう」
「俺は大丈夫さ。聖クラースと聖女ルシア、良き魔女イーディスのご加護に加えて王家の一角獣まで背負ってるんだ。もし心配するなら、現場で戦うことになる同志たちのことを心配してやってくれ」
帆布製の筒状の袋を肩にかけながら、ジョゼットはそう言って、表への扉を開けた。
カランカランとドアベルが鳴る。
ジョゼットにとって、その音はある意味戦闘開始の合図だった。




