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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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女魔法使いの噂話

「……女魔法使いの呪い?」


 そう聞かされて、アンリが眼鏡の奥の眼を丸くする。


「三十年以上前から、ゴドフロアにべったりとくっついてるっていう、異国の女魔法使いさ。名前は確か、グレイス・『アシュタロト』・ゴドルフィンとかいうらしい」


 現在その女魔法使いは、ゴドフロアの寵愛を一身に受け、シテ・ドゥアン近郊の宮殿で女王様のような暮らしをしている。


「だから、その女魔法使いの呪いに怯えている親父は、息子の俺にすらルブランスに居た頃の過去を聞かせちゃくれなかった。これから話すのは、ローランド海軍の情報屋が仕入れてきたものだ」


 それでもいいか?──との問いに、アンリは無言でうなずく。

 おもむろに紙巻煙草を一服してから、ジョゼットはつぶやくように語りだした。


「うちの親父は十五歳の年に、一旗あげようと、このアウステンダムの街を飛び出したんだ。そしてどういう経緯があったのかよく分からんが、十八の時にルブランス本国のサングレア市の傭兵部隊へ入隊したらしい」


「傭兵部隊?」


 いぶかしげにアンリは小首をかしげた。サングレアは自分の生まれ育ったカルティーヌ県の県庁所在地で、幼い頃から毎年夏の長期休暇の度に訪れている港湾都市だが、傭兵部隊がいるという話しは聞いたことがない。


「お子さま向けに噛み砕いて説明するとだな、今のルブランス軍の徴兵制度は、国政が共和制になってからのものだ。それ以前の、王様や貴族が国を支配していた時代は、戦争は王侯貴族の義務で、戦う者はその私兵たちだった」


 常時から大勢の私兵を軍隊として常時囲っておく財力があったのは、国王と一握りの大貴族だけだ。それにいざ戦争となれば、手持ちの私兵だけでは兵力が不足してしまうため、臨時に兵士を雇わなければならない。だから、戦争に関しての専門業者「傭兵」という職業も成り立っていた。特にローランド人傭兵は体格がよく辛抱強く、雇い主に対して忠実に契約を守ると評判が良かったらしい。

 また傭兵は、各地の自治権を持つ都市に雇われることもあった。自由都市を治めるのは有力な商人たちで、街を外敵から守るために独自の自衛力を備えなければならなかったからだ。


「サングレアは、地中海でも一、二を争う大きな貿易港を抱えた交易拠点だから、海賊や他国の軍勢にいつ攻め込まれても不思議じゃない自由都市だった。それで中世以来、サングレア市は大勢の傭兵部隊を抱えていたわけだ」


 傭兵部隊に勤めていたのは、戦争を職業とする兵士だけではない。彼らの日常生活を世話する料理女やら洗濯女やら、武器を修繕する職人たちがいた。


「もっと突き詰めて言っちまえば、傭兵の相手をする娼婦たち一団が部隊にべったりとくっついていて。娼婦にすらなれない年増女や、顔にあばたがあるような器量の悪い娘たちが料理係や看護婦、洗濯女をやっていたというわけさ」


 ジョゼットの母親も、元はその洗濯女だったという。娼婦になれるほどの器量ではなく、口もそう上手ではなく、ただひたすらシラミやノミ落とし専用の石鹸で傭兵たちのシーツや着替えを洗っている、なんというか凡庸な女だったという。

 どういう経緯で一傭兵だった父と洗濯女だった母が一緒になったかについては、ジョゼットも一応知っている──美人ではないが気立ては良かったジョゼットの母親と、傭兵だなんて物騒な稼業の割に真面目な性格だった父親とが付き合っているうちに、子供ができたから結婚したのだ。


「でもって、うちの親父が居た傭兵部隊で、書記兼会計係をしていたのがセザール・ゴドフロアだったんだそうだ」


「ちょっ、ちょっと待ってください──」


 裏返った声でジョゼットの話しをさえぎり、アンリが青ざめた顔で、こめかみの辺りに人差し指を押し付ける。


「確か……、僕が学校で習ったゴドフロア総統の生い立ちによれば。総統閣下は、サングレア市の市政に古くから関わっていた評議会員の家柄で……」


「そりゃ、偉大なる総統閣下として崇め奉られるに相応しい過去をと、ゴドフロアが権力を握ってから捏ね上げ作った、架空の伝記だ」


 煙草の火を床石に押し付けもみ消しながら、ジョゼットがあっさり言い放つ。

 それを聞いて、アンリは驚愕した。そして回転の速い頭で、考えたことを台詞にしてジョゼットに放つ。


「つまり、総統閣下の自伝『炎と革命』は、いうなれば大衆向け娯楽小説のようなものだと?」


「そうそう、そんな感じ。さすが頭の良いお子さまは理解が早くて助かる」


 では、中等学校での必読書とされていた、ゴドフロア総統の自伝「炎と革命」は、「嘘」「大袈裟」「まぎらわしい」の三大要素をごってり盛り込んだものだったというわけか……。


「セザール・ゴドフロアの父親はサングレア市の役人だったそうだ。役人といっても地位的には三流で、市民たちから嫌われる市の税金の徴収役だったそうだけど」


 税金の徴収人といえば、役人の中でももっとも嫌われる部類の職種だ。懐の潤った商人たちの脱税を見逃してやる代わりに袖の下を受け取り、逆に貧乏人たちからは税金が払えなければ、髪の毛を切って丸坊主にして街の者たちに晒す──そんな私服を肥やす小役人が父親だったなんて、確かに隠しておきたい過去だろう。


「自伝の『炎と革命』には、家は貧しかったが、小学校で優秀な成績を修めたので、国費で上級教育を受けたとなっているけれど、あれも嘘。あの男の幼少期には義務教育なんてまだなかったし、学校っていうものは神学校か、裕福な上流階級の家庭の男子だけが通う大学くらいなもんだった。しかも、女には学問は不要だといわれていたくらいだぜ」


 考えてみればたった五十年ほどの間に、世の中はひどく様変わりしている。それは民主化革命の成果でもあり、同時に魔法機関の進歩にもよるのだが。


「ゴドフロアは出世欲の塊というか、とにかく上昇志向の強い男だったようだ。それで、市政を司るお偉いさん方とどんな些細な繋がりでもいいから持ちたくて、とある政治的秘密結社に入団した。それが『サングレア友愛共和党』──現在のルブランス共和国を支配する『国民友愛共和党』の母体となった団体だ」


「どうして政党じゃなく、秘密結社だったんですか?」


「そりゃ、当時はまだルブランスは絶対王政の時代だったからよ。そんな時代に国王を廃して、僧侶も貴族も商人も職人の徒弟も小作農も、みーんな平等な身分にしちまおうっていう共和制国家を目指していた『サングレア友愛共和党』は、過激派として目を付けられていた。だから地下に潜って活動するしかなかったのさ」


 サングレア友愛共和党だけではなく、当時のルブランス国内では有象無象の政治結社が地下活動を繰り広げていた。その中には国王という存在は残そうとする立憲君主派や、段階的に市民が政治に関わってゆけるよう穏健な民主主義を説く団体もあったが、サングレア友愛共和党は急進的な改革派の筆頭だった。


「その頃のサングレアは自治を認められてはいたが、それでも国王の支配からは逃れられなかった。豪奢な宮廷生活を維持するために万年金欠状態だったブランシェット王家から、毎年のごとくサングレアの商人たちは重税を課せられ、次第に打倒ブランシェット王家、国政の共和制への移行を目標に掲げる、『サングレア友愛共和党』の考えに共鳴していったわけだ」


 放たれる言葉が過激であったからこそ、そこに魅力があった。市の評議会員まで務めるような富豪たちが大挙して入団したおかげで、サングレア友愛共和党は豊かな財源を確保することに成功した。

 そう、国王の首が断頭台の籠の中に転げ落ちたその時だけが『革命』ではなかった。国を変化させようとのうねりは名前だけの下級貴族よりも、商工業の発達で、裕福な中産階級層が爆発的に増加しはじめたことに起因する。

 物言う口はあるのに、政治的な意見は述べられず参政権を持てない、商業的に成功した裕福な中流階級市民が、税金を搾り取られる一方だった貴族社会の仕組みを変えようと立ち上がったのだ。


「やがて──民主化革命への時が満ちたと思った『サングレア友愛共和党』の創設者マルタン・トゥールーズは、一般大衆受けする扇動者を表の世界へと送り出すことを決意する」


『国王に対して言いたいことが言えて、銃を突きつけられても怖気づいて逃げ出さない猿を連れてこい。学は無くてもいい、国王の振りかざす権威にちびってしまう博識な博士どもより、頭の空っぽな猿のほうを私は高く買うぞ』──そうトゥールーズは言ったという。


「その猿回しの猿役が、『サングレア友愛共和党』の一員だった、セザール・ゴドフロアだったというわけだ」


「……猿、ですか」


 今、総統閣下を冗談でも猿呼ばわりしたのが密告屋にでも知れたら、不敬罪で逮捕され、死刑台へと送られるだろう。同じ一角獣位の宮廷騎士として心を許しているとはいえ、よくこんな過激な話しをしてくれるものだと、アンリは、ジョゼットの度胸の良さに感心した。


「その頃のセザール・ゴドフロアは二十代の、見てくれは大した男じゃなかった。背は低く、髪の毛の量も少ない、どちらかといえば貧相な風采で。ただその男、演説用の原稿さえ与えれば、口車はやたら良く回り、恫喝と暴言を駆使して反対意見を封じ込めることができたんだと」


 革命前夜の、加熱した喧騒に支配されたカフェや酒場に集う大衆には、小難しい政治的解釈を捏ね回す輩より、単純で簡潔で力強い台詞を多用するゴドフロアの演説の方が、確かに相応しかったのだ。


「そのサングレアに居た頃に、ゴドフロアは旅の魔法使いと知り合った。グレイス・『アシュタロト』・ゴドルフィンと名乗る女で、東方の砂漠が広がるような国から旅芸人たちと一緒にやってきたらしい。占いと毒使いを専門とする魔法使いだったんだとさ」


「……毒使い?」



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