ジョゼの家出の理由
「けれど、うちの親父はその話しに猛反対したんだ。『俺は、自分の息子を人殺しにするためにここまで育てたわけじゃない!』って、俺が職業軍人になることを絶対に許さないって言ってさ」
政府のお偉方相手に一歩も引かぬ剣幕で、ジョゼットの父親・ウィレムは、自分のたった一人の息子には、この洗濯屋を継がせると断言しきった。
だがしかし当のジョゼットは、すでに海軍幼年学校へ行くと心を決めていた。
「そんなわけで、その場で父子大喧嘩。『勘当だ! 職業軍人になるつもりなら、二度とうちへは帰ってくるな!』と言われちまって。こっちも相当頭に血が昇ってたから、『荷物まとめて出ていってやらぁっ!』って感じでさ──」
その割には家出先は、実家と目と鼻の先の、この「五人の魔女の館」だったわけだが……。
けれど、その後十一年間、実家の敷居を一歩も跨いでいないのは本当だ。ここまでくると、もう、父と子の意地の張り合いである。
「でも、ジョゼさんのお父さんの気持ちも少し分かります。特に、『自分の息子を人殺しにするためにここまで育てたわけじゃない』って、その言葉、僕の父さんだってうなずくと思うし」
ぼそりと漏らしたアンリの本音を聞いて、ジョゼットが顔をしかめる。
「アホ。兵役義務のあるルブランス人が、しかもこんな戦争の真っ最中に、うちの親父の戯言なんぞに軽々しく同意するなよ。すぐに危険思想者として引っ括られるぜ」
と、アンリの寝癖頭を、ジョゼットの拳がコツンと、軽くこづく。
こづかれて、はっとアンリが何かを思い出したかのように眼を見開いた。
「あ、あの……。ジョゼさん。僕からもちょっと相談があるんですけれど……」
「なに? 出掛けないとならないから、手早くいってくれ」
そう急かすジョゼットに向けて、ベッドの上に座ったままのアンリは口を開いた。
「この前のように魔獣に襲われることがあると嫌なので、僕もなにか護身用の銃がほしいんですが」
自分から積極的に『銃が欲しい』と言った頼りなさそうな少年の顔を、マジマジとジョゼットは直視する。
「……ちょっと待て。アンリって銃を扱えるのか?」
半分驚いたふうにジョゼットが問う。
「ええ。うちは赤毛熊や人喰い猪、狼もうろつくような山の中だったので、中等学校に馬で通う時も用心で猟銃を持って通っていたし。あと、毎年秋に一度山で大規模な狩りをするときは、僕は勢子になれるほどの体力がないので、猟銃で獲物をしとめる係だったから。ほとんど毎日銃の練習をさせられていました」
アンリがそう言うと、まるでこの館に憑いている魔女のおばあちゃんたちに化かされているみたいな、間抜けな顔をジョゼットは向けた。
そのまましばらく固まってしまう。
「……えーと。ライフル銃は他人の目に付きやすいからちょっと渡せないと思うんだが。もし拳銃ならアンリは何口径くらいのやつがいいんだ?」」
「実家にあって、練習用に使っていたのは三十五口径の六発装弾できるリボルバータイプの銃でした」
「三十五口径っ! 子供の使う銃じゃねぇぞ、そりゃ!」
大袈裟にジョゼットは騒いで、頭を抱える仕草をした。
「……俺なんて射撃下手だから、『白』から自由自在の剣をもらったっていうによぉ」
などとひとしきりわめいて、ひとりごちりだす始末である。
「分かった。とりあえず三十五口径の拳銃と、魔物を倒す銀の弾は今度持ってきてやるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「それじゃ──もし誰の服かと尋ねられたら、マクシミリアンの名前で押し通してくれ。あと、シャツの襟の糊は固め、皮の防寒コートは防水ワックス仕上げで頼む」
これ、料金な──そう言って上着の内懐から財布を取り出し、何枚かの紙幣をアンリの勉強机の上に無造作に置く。
「それじゃ、頼んだぞーっ!」
力強く一声上げて、ジョゼットが屋根裏部屋を出ていく。
窓の外を見てみれば、今朝はどんよりとした、いつ雨が降り出してもおかしくなさそうな鉛色の雲が低く横たわっている。
「えーと、これをとにかく洗濯屋に持っていかなきゃならないわけか……」
乱雑に船乗り用の円筒形の袋に入れられた服を取り出し、一応畳んで、シャツやズボンの枚数を数えながら──アンリの視線は外を向いていた。
たった数十メートル先の、隣横丁だというのに。
そこがジョゼットの「帰れない実家」だと聞いて、アンリは複雑な想いに捕らわれる。
三年間の「内弟子期間」は、故郷へは戻らないと誓った自分と。目の前にあるのに家族のいる場所へ帰らないジョゼットと。
なぜだか「心」の形が似ているような気がしたからだ。




