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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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一角獣の騎士、ふたり。

 世界各国からの船舶が行き交う国際港でもある、アウステンダム東港の検疫施設の一角に、人目を避けるかのように建つ防疫所の建物がある。

 そこで今まさに厳しい眼差しの男たちが、隠し窓の隙間から、法定伝染病などに罹患の疑いがある入国者を連れ込むための隔離室に立つ、一人の船乗りの姿を覗き見ていた。

 服装は、ワックスを塗った防水仕様の皮製防寒着の下に、複雑な模様編みのセーター、綿のシャツとズボン。靴は、かなり使い込んだよれよれのデッキブーツ。小脇には、二等航海士の印がある航海帽を挟んでいる。

 他の船員はとうに防疫所から解放され、アウステンダムの街中へと出ていったのに、自分ひとりがここに残されている。そのため男はどこか不安げで、それでいて手持ち無沙汰な表情で突っ立っていた。


「あれか? ローランド王家の宮廷騎士、ジョゼット・クラーセンとの疑いがある人物というのは?」


「はい。今朝がた、東港に着岸したアドニス船籍の貨物船の二等航海士です。船員手帳と旅券に記してあった名前は、マルセル・アラン・ルマット。年齢は二十三歳。国籍はブリタニア植民地、自治領キャロラインですが。ルブランスからの移民が大半を占める、グレーヌ州に居住となっています」


 会話の主は、東の港から、ローランド領内へ出入りしようとする不穏分子を監視するため、防疫所員として職業を偽り勤務する、秘密警察の者たちであった。


「うーむ……、この船員手帳も旅券も本物のようだな」


 紙質にも印刷にも、なんら問題のない手帳のページをぱらぱらとめくりながら、秘密警察の防疫所班長は、眉間に深い皺を寄せた。使い込まれ、表紙が少し擦り切れかけた二冊の手帳には、七つの海を渡る者の証しとして、世界各国の港で押された入出国スタンプやサインが、何ページにも渡って続いている。


「だがしかし、似ているな──」


 癖のある黒髪に、褐色の瞳。地中海地方の血を濃く漂わせる彫りの深い顔立ちと、よく日に焼けた色の肌に無精髭──確かに、ジョゼット・クラーセンのものとして出回っている人相書きと、その二等航海士の顔は極似している。身長も百八十五センチ前後で、これまた指名手配中の人物のものと該当する。


「怪しいと思ったなら、なぜすぐに逮捕せんのだ。理由など、後付けでどうとでもでっちあげられるだろうが」


「我々もそう思ったのですが。それが、ノミやシラミなどの害虫駆除のためにおこなった、船員たち全員を全裸にしての消毒液洗浄の折りに──なかったんです。その、ジョゼット・クラーセンならば、絶対に背中にあるべき一角獣の刺青が……」


 そう部下が言いよどむ。ローランドの宮廷騎士、ジョゼット・クラーセンが、おのれのパートナー、「白」の一角獣の姿を刺青にして背中に入れているという話しは有名だ。


「念のため、ブラシで背中を擦ってみましたが変化は無く、絵の具や顔料で刺青を塗りつぶしているようには思えませんでした。他にもなにかないかと調べましたが、あの男が入れている刺青は、両腕の聖人クラースと聖女ルシアの名前だけでした」


「手配書には、ジョゼット・クラーセンもその二人の聖人の名を彫っているとあるが?」


「しかし聖人クラースは船乗りの守護聖人。聖女ルシアは、船乗りが生命の次に大切にする眼を守る守護聖女です。船乗りの大半は、この二人の聖人の名を肌に刺青で入れて、おまもり代わりにしていますから、決定的な証拠とはなりません」


 これが自国民や属領民ならともかく、現在、微妙な立場にある中立自治領・キャロラインの人間を怪しいとの疑いのみで逮捕したとして。それが誤認逮捕という結果になったなら、国際関係上の外交問題にまでこじれかねない──と、部下は続けた。

 というか、本当に誤認逮捕であった場合、責任を取らされ職を失うのは現場の自分たちだから……。

 だが、限りなく黒に近い灰色であることは間違いない。数瞬、班長は考え込む。


「仕方ない、あの男に船員手帳と旅券を返してやれ。しばらく泳がせて、しっぽを出すのを待つ」


「では、尾行用の要員を五名ほど用意します」


 部下が答えた直後、飛び切りの上策を思いついたように、班長が言った。


「そうだ。先月、魔獣使いのところから納入された、グレイハウンドに似た魔術犬が一頭いただろう。あやつが本物ならば、魔法の一角獣が背後に付いている。念のため、あの魔術犬も尾行要員に加えろ」


「了解しました、すぐに準備させます」


 秘密警察官としての癖が抜けきらないのか、防疫所職員の服を着た男は直立不動のまま、ぴしりと型に付いた敬礼をした。




 その頃。東部第三検問所では、銃を肩に背負った少年兵たちが困惑の表情で、郊外からやってきた大きな黒犬が牽く荷車と、その荷車の主人を遠巻きにしていた。

 歩哨を務める当直当番の少年兵全員が、一枚の手配書を喰らいつくような眼差しで睨んでいる。


「……だって、どう見ても手配書に書いてある通りじゃないか」


 学校に通えるようになったため、通達される書類の文章も、かなり読めるようになったマテオが、手配書に綴られた単語を読み上げる。


「髪の色は黒、もしくは灰色。瞳の色は茶色。ただし左目欠損の隻眼、左頬に古傷跡有り」


「『隻眼』って、どういう意味?」


 学校へ通い始めて、やっと三週間目に入ったばかりのパウルが質問する。


「片目が無いってことだよ、片目が」


 と、先輩風を吹かせるロランが投げやりな口調で教えてやる。


「似顔絵入りの手配書って無いのかよ? 文字だけじゃ、さっぱり分かんねぇ」


「年齢は、六十三歳ってなっているけど……」


「六十三には見えないよな。せいぜい、五十代後半って感じだぞ」


 男の方を振り返りながら、アントニオがそう言った。


「それにここ。左腕、上腕部から欠損って書いてある」


「『欠損』ってどういうこと?」


 またもパウルが疑問を投げかけた。


「あー、もぉ。鬱陶しいな。片腕が無いってことだよ」


「でもあの人、両腕揃ってるじゃん」


「だけど、両手とも皮手袋してるぞ。もしかしたら、あの下は上等な魔法機関造りの義手かもよ?」


 結局、少年兵たちだけでは結論は出ず、喧々諤々、議論が続く。

 どうにもならない堂々巡りの議論の最中、食堂が混雑するのを嫌って早めの昼食に出かけていたジロード軍曹が、やっと検問所に戻ってきた。


「どーしたぁ? なにか問題でもあったのかぁ?」


「あっ、軍曹殿。お帰りをお待ちしておりましたぁー」


 全員がほっとした表情でジロードを出迎える。この、うだつの上がらない風采の上官の帰りを待ちわびたことなど、検問所配置になってからはじめてのことだ。


「見てください。この手配書と、あそこに立っている男を」


「うーん?」


 手配書の文面と荷車の横に立っている老人との間を、何度か視線を往復させたジロードの、顔が微かに引き締まる。


「確かに、人相は手配書の記述に似ているな」


「じゃあ、その『左腕、上腕部から欠損』っていうの、確かめてくださいよー、軍曹殿」


 少年兵たちは全員、泣きつくがごとく上官にすがった。


「そんなの別に、おまえらが一言『左腕見せてください』って、お願いすれば済むことだろ?」


 ジロードは、突き放すようににべもなく言い捨てた。だが、少年兵たちはうじうじと尻込みするばかりだ。


「でも……、なぁ?」


「うん、あの人。なんかおっかないし……」


「もしも人違いだったら、怒鳴りつけられそうだし……」


「それに本物だったら、こんな凶悪犯どうやって捕まえればいいのか、オレたち判りませんっ」


 だから軍曹殿、お願いしますぅ──との情けない声が一斉に上がる。


「ったく。面倒事だけは、調子よく上官に押し付けることを覚えやがって」


 というか、こんな判断能力のない少年兵どもに、検問所の番人役を押し付けるお偉方の、頭の中身の方がどうかしているような気がするが。


 いつものようにズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、ジロードは、停車させられている荷車の横まで緊張感無く歩いてゆく。


「ええと。荷車止めちまって済まないが、ちょっとその左手の皮手袋を脱いでもらえませんかね?」


「ああ、どうせ俺のことを、『隻眼の狼』ジーザス・オブライエンだと疑っているんだろう?」


 いきなりの先制攻撃に、ジロードは内心ぎくりとさせられた。


(こりゃ、とんでもない曲者だ……)


 一筋縄ではいかない相手に当たっちまったと、そう用心しながらも、いつものすっとぼけた表情は変えず、年寄りの茶飲み話しの相手でもするように、隻眼の男の言い分にジロードは耳を傾ける。


「俺も昔は帆船乗りだったからな。あっちこっちの港の場末の酒場で飲んでると、しょっちゅうあの大海賊と間違えられたものさ」


 おかげで女には不自由しなかったけどよ──と、男は皮手袋を脱ぎ、シャツのボタンまでもを外して左袖を肘上までたくし上げ、肘関節を曲げて力瘤まで作ってみせた。まるで、こんな精巧な義手があるわけがないと、納得させるためのデモンストレーションのように。


「はい、どうも。もう結構です、うちの洟垂れ小僧どもが失礼いたしました」


 そう言いながらジロードは、上着のポケットから手帳と鉛筆を取り出し、事務的な後始末に取り掛かることにした。


「えーと、日誌報告しなきゃならないんで、悪いんですが名前と住所を──。積荷も改めさせてもらいますよ」


「ヨセフ・ヴァンダイク、住処はザーンダムの風車小屋だ。新市街地側から見て、五番目のな」


 荷車の中には、ハエ避けの香草を敷き詰めた下に、絞められ皮を剥かれたウサギが七羽並べられていた。その他には蜂蜜をたっぷり詰めた瓶。籠の中では大きな沼ガニがガサゴソ動き回っているし、樽には大きなコイやウナギやナマズがぎっしりと詰め込まれ、うぞうぞ身をうねらせている。


「こりゃ豪勢な。なにか、お祝い事でも?」


「ああ。昨日、一族の者がひとり増えてね」


「そりゃ、おめでたい。でも荷車分の通行税は払ってもらいますよ」


「それくらい承知してるさ。ほれ、五十サンチーム」


 隻眼の老人が渡して寄越す銅貨を受け取りながら、長々と引き止めてすみませんでした──と、軍人の威厳のカケラもないほど丁重に謝罪しながら、荷車を牽く黒犬とともに旧市街地へと向かう老人の、広々とした背中をジロードはいつまでも見つめていた。


「さすが役者が一枚上手だねぇ……」


 そう、おのれにしか聞こえないよう、小声でつぶやく。

 ジロードが、シテ・ドゥアンの新聞社でせこせこ地道に働いていた頃、資料室にどっかりと根を下ろしたように居座る、とある先輩記者に聞いたことがある。


『ロザムンド王家の「黒」の一角獣位の騎士、ジーザス・オブライエンの左腕は、パートナーの一角獣から与えられた、魔法仕掛けのとんでもない義手だ』という話を。


『そして背中には、海賊時代に彫った、磔刑に処せられた救世主の見事な刺青がある』とも。


 多分、あの男の上半身を裸に剥けば、その見事な刺青が拝見できるに違いない。


「藪を突いて出てくるのが蛙くらいならいいが、それ以上はご遠慮願いたいもんだ」


 この藪を突くのは危険だと、新聞社勤めの頃に仕入れた情報の数々が警告している。だから今回も、素直にその予感に従うことにした。

 さわらぬ神に祟り無し──それがジロードの、二度の軍隊暮らしで培った処世術である。


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