美少女レジスタンスへの密命
思い出したように風車小屋の番人は、防水紙で厳重に梱包された小包を、少女の手に渡した。「お父上からだ」との、ひとことを添えながら。
「船長が、ゆうべここへ来たの?」
「いいや、大堤防の外側までだ。ここまでは来ていない」
「……そう、残念ね」
会いたかったのに──とクリスティーネが肩を落とす。この少女にしては、あまりにも素直に落胆した顔を表に表すものだから、なんとか力づけてやりたくなる。
「船長なら、来週か再来週にはアウステンダムの街へ戻ってくるそうだ。なんでも、ルブランス海軍の新型戦艦を見物したいんだと」
と、あの船長帽を被った悪ガキの来訪予定を、風車小屋の老人は伝えた。
それを聞いて、クリスティーネの表情は一瞬明るく輝いたが、「新型戦艦」という単語にたちまち眉をひそめさせる。
「そういえば新型戦艦って、今、どうなっているのかしら? どこまで完成しているの?」
「海軍工兵として潜入している仲間の情報では、一日三交替、二十四時間ぶっ通しで造船作業を続けている。
三週間後が就航式だから、それに間に合わせるため、火炎地獄での拷問のように過酷な作業状況だと聞いている」
「軍事工廠の工員には優先的に食料が配給されるそうだから、年齢をごまかして、年端もいかない子供たちが造船所で働いていると聞いたけれど……」
造船所では、狭苦しい船底の溶接作業には、身体が小さいからどうとでも潜り込める少年工員が重宝されるのだ。しかも子供なので、支払う賃金も成人工員の半分でいい。
どんなに足場が悪い場所でも、窒息の危険がありそうな作業でも、少年たちはおのれの家族のために、ハンマーや溶接バーナーを握り締め、死神の吐息をうなじに感じながら働かざるをえない。
そして怪我でもすれば、即座に使い捨てられるのが少年工員の身の上だ。
「表向きにはなにも公表されていないが、随分と幼い死人が出ているそうだよ。いつかあの戦艦が現役を退いて解体される日が来れば、船底から、いくつも子供の亡骸が出てくるだろう……」
自分より幼い子供が、そんな過酷な職場で酷使させられているのだ。その実情を分かっていながら、どうにもできないおのれの無力さに、クリスティーネは歯軋りしたくなる。
本当に、なんて自分は不甲斐ないんだろうと……。
「そして──こいつが、船長が俺に預けた、もう一つの品だ」
そう言って老人は、船旅用の大型トランクを出してきた。たとえ船は沈んでも、このトランクだけは海上に浮かび上がってくるほどに防水性と気密性の高い、重厚な革張りの鞄を開く。
「ハドニアに居る亡命者政府の連中に、無理言って回してもらったものだ。次の週末、東港の沖合いに停泊中の中立国の貨客船に、亡命希望者を集団で乗船させて、出国させる。
これはその計画に必要な旅券や出国許可書だ、外貨もたんまり入っている」
ここには自分たち二人しかいないが、あまり「外」へはさらしておきたくない中身だ。早々に留め金を掛け直す音が響く。
「こいつを、中継地の『五人の魔女の館』まで運ばねばならん。万が一、検問所でこれが摘発されれば──」
「死よりも恐ろしいと言われている、秘密警察の拷問に掛けられることになるのね……」
自分自身に言い聞かせるように、少女は硬い声で言った。
「それでも運び屋をやってもらえるか? 女子供相手なら検問所の審査も緩やかだ。だからクリスティーネに、この仕事を任せたい」
瞬間、空気が怖いほど張り詰めた。
少女の背筋に、ぞくぞくと悪寒に似た緊張感が這い登っているのが目に見えるようだ。
「初めてね、こんな重要任務を任されるの。アウステンダムに一年潜伏して、やっと地下組織の仲間たちにも信頼されだした証拠かしら?」
唇にぎこちない微笑を貼り付け、強がりを言うその眼差しのゆるぎなさが、やはり、あのじゃじゃ馬とよく似ている。あいつとも何度か一緒に危ない橋を渡ったが、戦いから眼を背けず、銃口を向けられても退かないことでは自分以上だった。
「一緒に行ってやりたいのは山々だが。俺みたいな、滅多に市街地へは行かない者が同行すれば、検問所の番兵どもがうるさいに違いない」
しかも、この顔は目立つしな──と、老人はおのれの眼帯や古傷に親指を向ける。
「東部第三検問所なら、どうにかなるわ。いつかこういう日が来ると思っていたから、あそこの番兵たちには愛想笑いを振りまいておいたの」
そう、クリスティーネがしたたかな策略家としての顔を覗かせる。週末の夕方は、食料の買出しから戻ってくる市民は多いし、今日は検問所も大混雑するはずだ。
その混雑に上手く乗じられるかどうかが、作戦成功の鍵である。
「それと、今日一緒に連れてきたあの眼鏡のぼうや。ルブランス人というなら、この作戦は伏せておきたい。内密に事を進めることはできるか?」
苦い薬を口にしたような表情で、老人は再度尋ねる。
クリスティーネはゆっくりとうなずいた。
「だって凄いことじゃない? こんな大切な任務を任されるなんて。これを成功させたら、わたし、女の子は飾り物のお人形さんだなんて卑屈にならなくて済むわ」
兵士のように銃を持つことはないけれど。自分は今、まぎれもなく戦場に立っているのだと実感する。地下抵抗組織の一員としてその名を連ねる少女は、鷹のような鋭い眼でトランクを睨みつけた




