少年兵たちのアイドル
アウステンダム市内東部第三検問所──ここは旧市街の城門のひとつ「地獄門・ヘルゲート」から、新市街へと抜ける者にとっては避けられない要所だ。
だから検問所と同時に、街へ入ってくる物品に対して掛かる税金の徴収所にもなっている。
この検問所で銃を肩に担ぐマテオ・アーロンは十五歳。つい三ヶ月前、最寄の鉄道駅まで馬で丸一日掛かるようなルブランス西部の農村から、アウステンダムに出てきた少年志願兵である。
「いくらおまえが耕す畑をもらえない三男坊だからって。なにも家を飛び出して、軍人になることはないだろう?」
こんな年端もゆかぬ子供が鉄砲持って、戦場へ行くだなんて──と、母はマテオが兵士になるのに反対した。
「でも母ちゃん。少年志願兵になれば学校にも通わせてもらえるし、成績優秀者は一番人気の空軍に優先的に配属されるし、十八歳からの正規の兵役期間も三年から二年に短縮されるし。いいこと尽くめの特典ばかりなんだよ」
などと、軍の巡回募集官から聞いた説明を、そっくりそのままマテオは得意げに家族に語った。
「だってさ、うちの村には学校すらないじゃないか。いまどき小学校も出ていない者がまともな職に就こうと思えば、一番の近道は軍隊に行くことだって、募集官のおじさんも言ってたよ」
そんなわけで、マテオも村の友人たちと揃って少年兵に志願したのだけれど──基礎訓練のため に、憧れの大都会に出てこられたのがなにより一番うれしいというあたり、やはりまだまだ子供だ。
アウステンダムの街では見るものすべてが目新しかった。
なにしろマテオは、兵舎に設置されている水洗式トイレの馬蹄型便器を、最初のうち、なにに使うのか分からなかったほどである。
だがしかし同じ兵舎で寝起きする仲間たちも、みな似たり寄ったりのど田舎育ちだ。
「オレさぁ。水が流れるあそこで洗濯して、床中に石鹸のあぶくをあふれさせちまって、舎監殿から鉄拳制裁された」
「オレなんて、あれが便所だと知らなかったから、ジャガイモ洗って下水を詰まらせちまってさ。舎監殿から、ゲンコツを喰らうよりも先に呆れられた」
水洗式トイレを見るのも初めての田舎者ばかりだから、そんな笑い話もあるほどだ。
自分の名前を、活字体の文字で綴るのがやっとという学力のまま軍隊に志願した少年たちは、学校に通いながら軍事訓練を受ける。同時に少年国防部隊として、交代でアウステンダムの各所に設けられた検問所の歩哨を務めていた。
マテオも毎日銃を担ぎ、それなりに真面目に勤務に励んでいる。のだが──今朝は少し、ここ東部第三検問所に詰める少年兵たちの雰囲気が違う。同じ班のロランやアントニオも、浮き足立った様子でひそひそと話しこんでいる。
「なぁ、あの女の子は来るかな?」
「おう、絶対にここを通る。賭けたっていいぜ」
いや、そわそわと心を浮き立たせているのはマテオも同じである。今日は食用油の配給日だ。あの、憧れの断髪少女がここを通ってゆくはずの日なのだから。
「き、来た! あの子が来たぞ!」
斥候役として、五十メートルほど先の角で見張りに立っていたパウルが、息切らし戻ってくる。マテオは慌てて、誰に見られてもみっともなくないよう、おのれの軍服の襟元を正した。
クリスティーネ・ヴィルヘルム──その名前を知りたいがために、少年兵たちは何度この検問所であの娘を呼び止めて、身分証明書を提示させたことだろう。
人間の数より家畜の頭数の方が多いど田舎で育った者にとって、クリスティーネの穿く都会的な膝下十五センチのスカート丈は、罪なほど魅力的だ。その上、彼女はあのとろけるような笑顔で、にっこりと「ご苦労さま」と愛想よく挨拶してくれる。
きれいな女の子ならアウステンダムの街中に居るが、そんなふうに自分たちに声を掛けてくれるのは、こんなルブランス軍の占領時下では彼女だけだ。
なぜなら検問所の少年兵は街に入ってくる物品の、税金徴収役も兼ねているからだ。税金の取り立て役の小僧たちが市民から好かれるわけがない。
なのにいつも通っていく、金髪ボブヘアの彼女だけは自分たちに笑いかけてくれるのだ。
そのため、いつしか東部第三検問所に詰める少年兵の間では、密かに、クリスティーネ・ヴィルヘルムは「憧れの花」と化していた。
わくわくとしながら、検問所前で少年兵たちがその通過を待ち焦がれていると、今日はなんだか様子が違う。いつもクリスティーネが牽いてくるはずの荷車を操っているのは、自分たちより少し年下に見える眼鏡を掛けた男の子だ。
クリスティーネは、そのひょろひょろと弱そうな眼鏡野郎を監督するがごとく、荷車の脇につき従っている。
「な、なんだ、あいつ……!」
「止まれ! そこの荷車、停止しろ!」
血の気の多いアントニオが真っ先に隊列から飛び出して、荷車を牽く眼鏡の少年に銃剣を突きつける。
「身分証明書の提示をっ!」
回りの仲間たちまで、みるからに軟弱そうな眼鏡野郎のことを一斉に取り囲む。
するとその時、少年兵たちが発する剣呑な空気を払いのけるふうに、のんきな声が聞こえてきた。
「おいおい、善良な一般市民をいじめるんじゃないぞ」
検問所の小屋から、襟章の取れかかった軍服をだらしなく着込んだ、うだつの上がらない風采の中年男がのそりと出てくる。
「あっ、これはジロード軍曹殿」
少年兵たちは振り返り、一斉に、検問所の管理責任者でもある上官に敬礼する。
この、あまりにも「軍人」のイメージから遠い上官は、シテ・ドゥアンの大学卒業後、義務兵役に就き、軍曹にまで出世したところで一度除隊になった。
その後、新聞社で地道に働いていたのに、独り身だったもので運悪く再徴兵され、はるばるアウステンダムへ配属されたそうだ。
生まれも育ちも首都シテ・ドゥアン、しかも大学卒の上官──と聞かされると、その履歴だけで、小学校にもまともに通っていない田舎育ちのマテオたちは、無条件に尊敬の眼差しでみつめてしまうはずなのだが……。
このピエール・ジロード軍曹の場合、うらなりのズッキーニみたいな間延びした面や、よれよれの軍服を着込んだ姿を目の前にすると、どうにもその経歴が胡散臭くなってしまう。
「ダメだろう、税金の取れないからっぽの荷車止めちゃあ。もうそろそろ出勤の時間帯だし、通行人の皆さまの迷惑になるぞ」
いかにも覇気のない風体で、ズボンのポケットに両手を突っ込んだままのジロード軍曹は、くだけた口調で少年兵たちを注意した。いつもこんな調子なので、威厳の無いことおびただしい。当然、ロランやアントニオは口ごたえのような言い訳をはじめた。
「えーとその、見かけない子供が荷車を牽いていたので……」
「とりあえず、身分証明書の確認だけでもと……」
検問所は同時に税金の徴収所でもある。城壁の外から運ばれてくる麦や豆、トウモロコシといった穀物や、ワインに蒸留酒にビールなど、ありとあらゆるものに税金が掛けられる。少年兵たちが嫌われるのはそういった税金の徴収役を兼ねているからだ。
「おまえさんらの気持ちも分からんでもないが、自分らと同じ年頃のヤツがきれいな女の子と一緒に歩いてるからって、そんなにやっかむんじゃないぞ」
ずばりとジロードに自分たちの心境を言い当てられ、歩哨たちは全員、真っ赤になってうつむいた。
「ま、明日だったか『ジャンポール一座』の慰安公演招待券っていうのが、来ることになってるから。次の休養日あたり、きれいなおねぇさんの唄でも聴いて、気晴らしでもして──」
「あの、失礼ですけれど、隊長さん。早く配給の列に並びたいので、もう行ってもいいでしょうか?」
ジロードが世間話のような説教を長々と聞かせるのを、途中で遮るクリスティーネの声が響く。
(ああもぅ、この声を聞くことができただけで、今日一日幸せな気分でいられる……)
その、銀の鈴を転がしたがごとき可憐な声を耳にして、銃を担いだまま、少年兵たちはめろめろに笑み崩れた。
「もう行ってもいいよ。気をつけてな、お譲ちゃんたち」
ジロードは、眼鏡野郎の身分証明書の確認すらしない。憧れの配給食堂の看板娘・クリスティーネは、いつものように口元に小さな笑みを浮かべ、少年兵たちに「ご苦労さま」と挨拶すると、あっさり検問所を通過していった。
「あ、ああ……っ」
少年兵たちの視線が未練がましげに、断髪少女の後ろ姿を追う。その荷車が新市街地の大通りの角を曲がっていった瞬間、青菜に塩を振りかけたように、一同、しゅんとなってしまう。
そしていつもの通り、旧市街から新市街へと人々が向かう、朝の通勤時刻帯が始まった。
あの子は帰りもこの検問所を通るだろうか。そしたら、重くなった荷車を押す手伝いをしてあげよう──そんなことばかりマテオは考えていた。




