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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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屋根裏部屋の大掃除


 そもそも『五人の魔女の館』は、緩やかな傾斜地に建っていた数軒の家を、渡り廊下や階段でつないで大きな一軒の館にまとめた建物なのらしい。 

 その頃のなごりか、表と奥とでは地上階の床の高さがまるきり違うし、館の真ん中には四角い中庭があり、井戸もある。

 そして──三百五十年以上前の、ローランド独立戦争の際に打ち込まれた砲弾跡が残る漆喰壁や、焼き討ちに遭い煤けて真っ黒な柱や梁は、この館が潜り抜けてきた戦乱の時代を、なによりも雄弁に物語っている。


(たしかにこの家なら、甲冑をまとった騎士の幽霊が棲み憑いていても、全然おかしくないよな……)


 頼りない携帯用陽光灯の明かりを頼りに、アンリとガルド・ルルゥは屋根裏部屋へと上ってゆく途中だった。いったい、どれだけ階段を登ってゆけばいいのだろう。

 出口のない、真っ暗な洞窟に入り込んだ気がして、アンリは陽光灯をかざしながら、不安げに周囲を見渡す。


「ここは二階ですか? それとも中二階?」


「さぁねえ……。あたしも、この館の造りすべてを知っているわけじゃないのよ。

 なにしろ建てはじめられた頃から四百年くらいは経っている古い館だし。

 修繕だの、建て増しだので、中はもう迷路みたいになっているから……」


 いまさら館中を探検ごっこするほど子供じゃないしねぇ──と、次の階への階段に足を踏み出したガルド・ルルゥが、後ろを付いてくるアンリを振り返る。


「長年使っていない開かずの間もたくさんあるしね。

 下手にどこかに閉じ込められたら、探し出すのに骨が折れるから。アンリもあまり館の中をうろうろしないほうがいいわよ」


 やんわりと「やんちゃはするな」と釘を刺された。

 だが、こんな複雑な迷宮のごとき構造の増築物件、当分は自分の部屋への順路を間違えないよう歩くだけで精一杯な気が、アンリにはする。

 おそらくは三階の、長い廊下の突き当たり。梯子段が伸びてきている天井のほうから、なにやら重いものを移動させる物音が、盛大に響いてきた。


「まったく……。屋根裏部屋の片付けがこんなところにまで聞こえてくるなんて。いったい、どんな掃除をしているのやら」


 実は、アンリをどの部屋に泊めるかの話し合いでも、ひと悶着あったのだ。

 外出禁止の門限時刻が過ぎてしまったマクシミリアンが今夜泊まってゆくとなると、部屋数はやたらとあるのに、埃だらけの「五人の魔女の館」で、今すぐにアンリがベッドを使える部屋はひとつだけしかないという、ややこしい状況になってしまった。

 ところが、その部屋へとアンリを通すことを、ガルド・ルルゥ以外のふたりは強固に反対したのだ。


「屋根裏部屋って。あそこは船長が帰ってきた時に使うんでしょう?」


「そうですよ、屋根裏部屋はマズイですよ、船長の部屋じゃないですか!」


 アンリの荷物を屋根裏の小部屋へ運ぼうと腰を上げたガルド・ルルゥに、二人は、揃って同じ意味のセリフをまくしたてた。


「そう長い間じゃないわ。どこか適当な部屋を片付けて、人が住めるように整える間だけのことよ」


「冗談じゃないわ。あの部屋には、船長の荷物が山ほど置いてあるのよ!」


「冗談じゃないですよ。あの部屋に張ってあるポスターを一枚でも傷つけたら、船長が怒り狂いますよ!」


 これまた、似たような内容のセリフを二人して連ねる。やはり従兄妹同士だけあって、言動も行動も良く似ていると、アンリは変なところに感心した。


「とにかく、あの部屋をアンリが使えるよう片付けてあげて。あの男が急に帰ってきて文句つけたら、あたしがとりなすから、ね?」


 もう夜も遅いんだし、と説得を繰り返すガルド・ルルゥに、二人はしぶしぶ承知した。

 ぎしぎし軋む梯子段を登り詰めた先は、狭い踊り場になっている。ようやく屋根裏へまで上ってきたアンリは、一息入れたくなってその場に旅行カバンを下ろした。

 目の前の部屋の、扉の表面には、なにかを剥がした跡がくっきりと残っている。


「ポスターは全部剥がしてまとめましたが、そちらはどうですか?」


「大丈夫っ。スクラップ帳だとか、公演パンフレットだとか、チラシだとか。船長の机にあったものは、全部整理箱の中に詰め込んだわ」


 室内で作業している話し声が、踊り場にまで聞こえてきた。

しかもまた「船長」だ。さすがにこう連発されると、アンリもそれがどういう人物なのか気になって仕方が無い。


「あの……、船長さんっていうのはどういう方なんですか?」


「この屋根裏部屋を根城にしている風来坊よ。

 昔っから、とある舞台歌手に夢中でね。

 この屋根裏部屋の壁という壁に、その歌手の公演ポスターを貼りつけて悦に入っているの」


 ほんと、馬鹿な男だものねぇ──と、できの悪い息子の悪戯に手を焼く母親のような、呆れ気味の口調とは裏腹に、ガルド・ルルゥが小さく笑みを漏らす。

 その顔があまりにも優しげだったので、どうしたわけか急に故郷の母を思い出し、アンリの胸がちくりと痛む。

 髪の色も瞳の色も、目鼻立ちも輪郭も、自分の母親と似ているところはなにひとつないのに。不思議とこの人の、温かみのある包容力は「母親」を連想させる雰囲気がある。


「でも、いますぐ使えそうな部屋はここしかないから、ちょっとの間、我慢してちょうだいね。二、三日中にはどこか開かずの間を片付けて、アンリの部屋を作ってあげるから」


 できれば、夜中に魔女や幽霊が出てこない部屋を希望したいと、真剣にアンリは考えた。


「そろそろ片付いたでしょう、開けるわよ」


 声を掛けながら、ガルド・ルルゥが、おもむろに屋根裏部屋のドアをノックする。

 扉を開けたそこは意外と清潔感のある部屋だった。壁の羽目板は打ちっぱなしで壁紙は貼られていないが、作り付けの本棚がある。陽光灯はベッド脇の壁と机の上と、二箇所に点されていた。

 天井は、窓のない北側へと斜めに傾いているけれど、小柄なアンリの背ならかがまなくても十分歩ける高さだ。置かれている家具も、ベッドとその枕元の小さなサイドテーブル、洋服箪笥の他には勉強机に椅子だけという、いかにも苦学生のための下宿先といった風情である。


「お手洗いやお風呂は、地上階か一階にまで下りてもらわないとならない点が不便だけれど。でも、この部屋は南向きで日当たりもよくて、晴れた日はとても見晴らしがいいのよ」


 部屋では、クリスティーネとマクシミリアンが、二人掛かりで、最後のベッドメイクを行っている最中だった。

 その、ベッドに広げられたばかりの真っ白なシーツの上に、黄金色の猫が飛び乗ると、悠然と毛づくろいをしはじめる。

 なんとかと猫は高いところに登りたがるとの諺があるほどだから、この屋根裏部屋は、もともとゾティのお気に入りの昼寝場所なのだろう。


「ええと……。よろしくね、ゾティ」


 猫は嫌いではない、どちらかといえば好きな方だ。アンリが手を出して、「聖クラースのおまもり猫」と称される種族の猫に触ろうとした。

 瞬間、真珠色の爪を剥き出した前足が一閃する。アンリの右手の甲に三筋の爪跡が引かれ、数呼吸の後、そこに朱色の数珠玉がふくれあがる。


『ふっ、新入りが。オレ様の喉を撫で上げようとは、百年早いわ!』


 そんな感じの、鋭い眼光をあびせられてしまった。どうやらこの、ふてぶてしい態度の巨大猫は、クリスティーネ以上に自分と打ち解けるつもりはないらしい。


(……ううっ、猫にまでいじめられるなんて)


激しく落ち込みながら、アンリは上着を脱いで洋服箪笥の扉を開く。

 その時──開いた扉の内側に貼られていた、舞台公演の宣伝ポスターに、緑色のハシバミの実とそっくりな瞳が釘付けになった。


「……これ」


 アンリは呆然と、貼り付けられた彩色石版印刷のポスターをみつめるばかりだった。

 銀の髪をなびかせ、古代神話の女神のような衣装をまとった女性の立ち姿──「冬」という季節を擬人化して女の形を与えたなら、こんなふうになるのかもしれないと感じたあの魔女が、鮮やかに微笑んでる。


「ああっ、まだこんなところに貼ってあったのかっ!」


 そこまでは確認していなかったと、マクシミリアンがおのれの迂闊さを呪う。

 我知らず、アンリは口走っていた。


「この女性(ひと)知ってる! 『銀翼の魔女』だ!」


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