第31話:ハメルーン軍 VS ミカエル軍
《ハメルーン国の第三王女マリエル視点》
ハメルーンの街の囲む城壁の上に、マリエルは立っていた。
東の方角から土煙を上げて、こちらに向かってくる大集団が見えてくる。
隣国であるミカエル王国の騎士兵士団だ。
先日、戦を前に、ミカエル国王は使者を送ってきていた。
ミカエル国王からの手紙の内容は、次の通りだった。
――――◇――――
・全面降伏をしなければ、すぐさまハメルーンを攻め落とす。
・全面降伏をしてもハメルーン国主と親族、家臣団は責任をとって全て処刑。またハメルーン市民は奴隷として、全ての財産を欲衆。
・また全面降伏をしなければ、ハメルーンの街は全て焼き払い地図上から消す。
――――◇――――
この内容を聞いて、もちろんハメルーン国主と家臣団は激怒。
残る市民や民兵にも伝えられて、市民も怒りをあらわにしていた。
両国は歩み寄ることなく臨戦態勢へ。
そして今、ミカエル軍とハメルーン軍の戦いが、幕開けとなったのだ。
◇
戦は既に始まっていた。
ミカエル軍の先陣の歩兵部隊が、押し寄せてきたのだ。
「敵を城壁に近づけるな!」
数で圧倒的に劣るハメルーン軍は、籠城戦を選択している。
街の周囲を取り囲む城壁の上に、兵の多くを配置。
弓矢と投石で応戦する戦法を取っていたのだ。
「父上、矢の補充を持ってまいりました!」
「おお、マリエル。だが無理はするな!」
第三王女マリエルも甲冑を着て、最前線の東の城壁の上にいた。
彼女は幼い時から武芸の稽古もしてきた。微力ながら後方支援をしていたのだ。
「むむ? きたな。よし、今だ! 放てぇ!」
一番の激戦地、東の城門を指揮していたのはハメルーン国主。
小国であるハメルーンは、国主ですら前線に立つ必要がある。
また多勢に無勢の戦いのため、味方の士気を上げるため、国主が先頭に立っていたのだ。
その甲斐もあって、東の城壁の守備兵は奮闘していた。
「殿! 敵の第一陣を退けましたぞ!」
「よし、でかしたぞ!」
ハメルーン防衛隊は敵の先陣を退けた。
押し寄せる敵を、弓矢と投石で追い払ったのだ。
「ふむ。奴らはかなり強行軍で、ここまで来たのだろう。攻城兵器がまだないのが幸いだな」
国主の言葉の通り、ミカエル軍には城を攻める攻城兵器がなかった。
今は騎馬の騎士団と歩兵だけ。
いくら多勢とはいえ攻城兵器さえなかったら、ハメルーン軍は何とかしのげるのだ。
「お父様、あとは近隣の都市国家からの援軍や、ララエル殿の動きまで、耐えられたら……ですね」
「ああ、そうだ。猛攻さえ耐え切れば、ハメルーンの勝ちだ!」
開戦を前にしてハメルーン国主は、いくつかの策を放っていた。
まずは近隣の都市国家に、援軍の要請を出している。
……『ミカエル国王は欲の強き者。ハメルーンが落とされたらなら、次は貴国がターゲットとなるだろう。その前に協同してミカエル軍を挟み撃ちにするべし!』という要請だ。
おそらくは何カ国かは、援軍に応じてくれる計算。
ハメルーン軍が二週間ほどしのげば、援軍が挟撃してくれる予想だ。
あと、もう一つの策は女騎士ララエルによる、王都での反乱。
国主は彼女が去る前に、資金や軍馬の援助をしていた。
上手くいけば一週間以内には、王都で何か動きがあるはず。
そうなればミカエル軍は戦どころではなく撤退していくのだ。
「とにかく街の城門さえ守れば、我らの勝ちだ! 兵は少ないが補給物資は多い。この戦、必ず勝つぞ」
「「「うぉおおおお!」」」
国主の言葉を聞いて、周囲のハメルーン兵士は雄叫びを上げる。
彼らは専門の騎士や兵士もいるが、その多くは市民兵だ。
練度は高くはないが、家族を守るために士気は誰よりも高かった。
そんな時、見張りの兵士が“何か”を発見する。
「敵の第二陣が来ます! ん? なんだ、アレは?」
見張りが疑問に思うのも無理はない。
迫ってきたのは騎馬だけの部隊。
普通は城攻めには騎馬部隊は、あまり向かないのだ。
「よし、矢と投石の準備をしろ! 奴らを歓迎するぞ!」
「「「はっ!」」」
ハメルーン軍は再び迎撃の体勢にはいる。
今度はハシゴや大盾を、もたない騎兵だけ。上から一方的に攻撃するだけの、簡単な作業なのだ。
「ん? お父様……あの騎馬隊……何か、変ですね?」
最初に違和感に気がついたのは、目が良い王女マリエル。接近してくるミカエル騎馬隊が、何かがおかしいと。
一切の回避行動もせずに、無策に直進してくるのだ。
「あまり気にするな、マリエル。よし、そろそろ発射するぞ。奴らに矢と石の雨をプレゼントしてやれ!」
シュン、シュン! シュン、シュン! シュン、シュン! シュン、シュン!
国主の合図で、無数の矢と投石が放たれる。
放物線を描いで、一直線に迫ってくる騎馬隊に襲いかかる。
――――だが異変は直後に起こる。
カン、カン、カン、カン、カン、カン!
矢と投石の攻撃が、全て弾かれてしまったのだ。
まるで子どもの弓矢と軽石のように、不自然な動きで相手の鎧に、跳ね返えされてしまったのだ。
「な⁉ 第二射、急げ! 嫌な予感がする!」
国主はすぐさま次の攻撃を指示する。
先ほど以上の量の矢と投石が、相手を攻撃していく。
カン、カン、カン、カン、カン、カン!
だが、またもや全て跳ね返されてしまったのだ。
「まさか、アレがミスリル武具か⁉」
そこで初めてハメルーン国主は気がつく。
向かってきた騎士団が身につけていた甲冑が、総ミスリル製なことを。
女騎士ララエルから話は聞いてはいたが、本当に実在していたとは。せいぜい一人か二人程度だろう、と高をくくっていた。
あそまでの数の騎士団とは、半信半疑だったのだ。
「くっ……だが、相手は騎兵だ。登ってくる術はない。後方のハシゴを持った歩兵に注意しろ!」
武人である国主は、すぐに作戦を変える。
ミスリル武具の騎士団はあえて無視。登ってこない限りは、こちらに害がないと予想したのだ。
――――だが次の瞬間、国主の予想は大きく裏切られる。
ドッ、ガーーーーン!
自分たちが乗っている城壁に、地震のような振動が走る。
「キャーーー!」
戦慣れしていないマリエルは、思わず悲鳴を上げてしまう。
しゃがみ込んで、転倒しないように必死になる。
「今の地震ですか?」
振動が落ち着き、マリエルは周囲を見渡す。
まさかこんなタイミングで地震が来るとは、思わっていなかったのだ。
同時にミカエル軍が今の地震で、撤退してくれたらいいのに、とも心の中で願っていた。
「えっ? ミカエル軍は……?」
だが遠目に見えるミカエル軍は、驚いたことに平然としていた。
自分が立っているのがやっとの地震の中でも、何事もないようにゆっくり前進していた。
「マリエル……今のは地震ではないぞ」
「えっ、お父様⁉ それなら、今のは?」
「今のは奴らの攻撃だ。先ほどのミスリル武具の騎士団が、“城壁に突撃してきた!のだ」
「えっ……そんな⁉」
半信半疑になり、マリエルは下を覗き込む。
そこにいたのは大槌や大斧で、城壁を攻撃してくる騎馬隊。
決して薄くないハメルーンの城壁が、今にも破られそうになっていたのだ。
「くっ……『ミスリルの武器は規格外の攻撃力を有している』と聞いていたが、まさか人の力で城壁を砕けるとは……」
同じく覗き込む国主は、顔を青くしていた。
ミスリル武具の騎士団は防御力だけではなく、攻撃力も規格外だったのだ。
「そうか……『ミカエル軍は攻城兵器を持って来られなかった』じゃない。『必要がないから、ワザと持って来なった』のだ! くそっ!」
悪知恵の働くミカエル国王は、事前にミスリル武具の性能をテストしていたのだろう。
ミスリル製の大槌や大斧で、城壁を破壊できることを確認していた。
ハメルーン軍を油断させるために、ワザと攻城兵器が無しの編成をしてきたのだ。
「くっ! 下の騎士団を優先して攻撃しろ! このままだと城壁が破られてしまうぞ!」
城壁の上のハメルーン軍に、国主は急いで指示を出す。
焦った守備兵は弓と投石で、真下のミカエル騎馬隊に攻撃をしかける。
カン、カン、カン、カン、カン、カン!
だが相手は完全武装のミスリル製の防具。
馬まで装備しているために、ハメルーン軍の攻撃は一切通じない。相手は攻撃を気にせずに、ひたすら城壁を破壊していた。
その光景を目にして、マリエルは思わず口を押える。
「ああ……このままで、この悪魔のような連中が、街の中に……」
その後、どうなるか予想すら付かない。
相手はこちらの攻撃は、一切通じない悪魔の騎士団。
しかも中身は、残虐非道な傭兵崩れの荒くれ者たち。
街の中で隠れている市民は、どんな酷い仕打ちを受けてしまうだろうか。
またハメルーン城の中にいるマリエルの家族や、侍女たちはどんな酷い恥ずかし目に合うのか。
きっと地獄絵図のような光景になるのだろう。
感受性が強いマリエルは、思わず涙を流してしまう。
そして真下にいる荒くれ者共の叫びが、マリエルの所まで聞こえてきた。
……「ヒャッハー! あと一撃で、壁に穴が開くぜぇ!」
……「まずは城に行って、財宝を奪おうぜぇ!」
……「それならオレは城の女どもを頂くぜ! 一回、お姫様っていうのを犯したかったよなぁ!」
……「おお、いいねぇ! それならオレは街の女たちにするぜぇええ!」
耳を塞ぎたくなるような、穢れた叫びの数々。
だが城壁の上にマリエルにとっても、悲劇は他人事ではない。
何故ならミカエル軍の本隊も、ゆっくりとこちらに向かってきている。
城壁に穴が開いたのを契機に、一気に攻め落とすつもりなのだ。
王女であるマリエルには、もはや逃げ場などない。死よりも辛い仕打ちが待っているのだ。
「ああ……誰か……」
思わず助けの祈りを、口にしてしまう。
武家の娘としてではなく、心が折れかけた一人の少女として、天を仰ぐ。
「ハルク様……」
そして一人の専属騎士の名を口にする。
命を助けてもった時から、密かに慕っている男の名を、祈るように口にした。
――――その時だった。
ドッ、シャーン!
ハメルーンの街から……職人街のある南の区画から、城壁の外に“何か”が飛び出す。
「えっ?」
マリエルは視線を思わず向ける。
信じられないことに、その“何か”は透明だった。
透明な“何か”は土煙を上げて、凄まじい速度で弧を描いで移動している。
向かう先は敵陣。
ハメルーンを攻め落とそうとする、大軍であるミカエル本陣だ。
「なんだ、あれは⁉」
「おい、念のために、本陣に戻るぞ!」
その異変にミカエル騎馬隊も気が付いていた。
城壁の破壊を中止。急いで透明な“何か”の迎撃に向かう。
高速移動する“何か”を見つめながら、マリエルは思わず言葉を発する。
「ああ……あれは、もしや、ハルク様? ハルク様だわ!」
マリエルの直感的な予想は、見事に的中していた。
◇
◇
◇
《ハルク視点》
「ドルトンさん、無事に街の外に出ましたよ! あっ、あれがミカエル軍の本隊です! この雰囲気だと、どうやらギリギリ間に合った感じですね!」
「おい、ハルク。ここまでギリギリになったのは、オヌシがコイツの微調整に、戸惑ったせいじゃぞ!」
「いやー、面目ないです。ん? ここは土煙が酷いな……よし、“光学迷彩”、オフ!」
ビヨン!
ドルトン工房からここまで、市民に見つからないように、“光学迷彩”で認識を阻害してきた。
だが激しい戦闘中になったら、どうせ“光学迷彩”は発動できない。
ボクは乗っている“ハルク式荷馬車”の姿を、思い切って戦場の全ての者たちに公開する。
「さて、少し遅くなったけど、ミカエル軍を止めないと!」
こうして総ミスリル製の荷馬車“ハルク式荷馬車《改》”を駆けながら、ボクたちはミカエル軍の本陣へと突撃していくのであった。




