13話 姉追いの少年
アーネストにとってアネリアは自慢の姉だ。
強く、優しく、頭もよくて美人。
厳しいところもあるし怒ると怖い。だが決して理由もなく理不尽に怒ることもない。やんちゃでやらかしの多かったアーネストは幼い頃からよく怒られていたが、それも自分を思ってのことだと理解していた。厳しくも優しい、それがアーネストから見たアネリアだった。
そんな姉のことが大好きで、いつも彼女の後を付いて回ったものである。
だがそれもいつまでも続かず終わりを告げる。その転機となったのは姉が冒険者となったことである。
冒険者となった彼女は家を出た。もっとも生家のあるイオは初心者冒険者の街であるため街から出ていったわけではない。ただ冒険者として自立することを示すためか家からは出て宿屋暮らしとなった。
それでもアネリアはたびたび実家へと顔を出していた。それは未だ姉離れできていなかったアーネストを慮っていたこともあるのだろう。
だがそれもいつまでも続かない。Eランクへと昇格してからしばらくして、彼女はイオ周辺のフィールドを卒業し、アネリアはついにイオから旅立っていったのだ。
いずれはそうなるとは分かっていた事ではあるが、それでも彼にとってはショックだった。
そしてアーネストは決めた。姉と共にいるために、自分も冒険者となることを。
すぐさま冒険者となったアーネストは、イオ周辺のフィールドを攻略していく。
一人での冒険者稼業は当然ながら厳しいため同じイオの冒険者たちとパーティーを組んだ。だがそれも長く続きはしなかった。
先行した姉に追いつくためにはできる限り早くランクを上げていかなくてはならない。だが他の冒険者たちはそうではない。他の冒険者たちとペースは合わず、結果どのパーティーとも一時的なものにしかならなかった。
しかしその過程で出会ったカティアとだけはずっと組み続けた。その内に彼女とは恋人関係になるのは自然の成り行きではあったが、そんなことになるとは思いもしなかった。
そしてアーネストたちがようやくEランクになり、目的の街でもなんとかやっていけると判断すると彼らは即座にイオを発った。その目的の街とは、アネリアが拠点としていた街だった。そのことをアーネストは姉から送られてきた手紙で知っていた。
そしてアーネストはその街でようやく姉と再会した。姉は大きく驚いていた。弟が自分を追いかけて冒険者となったこと、そのために真っ先にこの街へとやってきたこと、あと彼にカティアという恋人ができていたことにも。
だがアネリアとそのパーティーはその頃D+ランクへと上がり、そろそろ次の街へと拠点を移そうとしていた時だった。そしてその次の街ではEランクになりたての彼らが活動できるような場所ではなかった。
また離ればなれになるのかとアーネストは落胆した。そんな彼を見てしばらくアネリアは考え込むと、何かを決断しそしてとても深い溜息を吐いた。
その意味をアーネストたちが理解したのはそれから数日後だった。やって来た彼女は開口一番に言い放つ。
「パーティーを抜けてきたわ。これから私があなたたちの面倒を見る」
その言葉に驚く。彼女は自分たちのために所属していたパーティーを抜けてこの街に留まったのだ。その事実に喜びと、そしてそれ以上の後悔が彼の心を支配した。自分が姉の足を引っ張ってしまったのだ。
そしてそうまでしてもらっても、ランク差が大きいため姉とは同じパーティーになることはできない。
「悪いけど二人には私とパーティーを組めるようにできるだけ早くDランクまで上がってもらうわ」
それにはアーネストたちも否やはない。
もともと姉と組みたかったというのもあるが、パーティーを抜けさせて足止めさせてしまった姉をこれ以上煩わせたくはなかった。
「狩り場は『赤音の山』ね。Eランク成り立てだと少し大変かもしれないけど、やり方次第でいけるわ。アーネストはフィールドの西側の裾のあたりに住む眠り羊だけを狩りなさい。眠り薬で動きを鈍らせれば一人でも容易に狩れるはず。カティアは狙うのは無針蜂よ。巣が山の中にあるから毒の煙で燻して弱らしたところを範囲魔法で狩ればいいわ。最初はE+ランクのパーティーに案内してもらってやり方と場所を教えてもらいなさい。もう話は付けてあるわ」
アネリアの指示に従い、Dランクを目指して新たな魔物を狩っていく。
彼女の指示した魔物は自分たちと相性がよく、かつその手頃さにしては得られる経験値も多かった。
「魔物狩りで経験値を取得しすぎると精神に影響がでることがあるのよ。もちろんそれ抜きでも疲労はあるし、適度に休んで肉体と魂を万全の状態にしておく必要があるわ」
アネリアの監督と指導の元、アーネストとカティアは魔物を狩りランクを上げていった。
冒険者を休業したアネリアは日雇いの仕事で生活費を稼ぎながら、アーネストたちの狩り場についての情報を集めて計画を練っていく。
アーネストたちがアネリアとパーティーを組めるDランクに到達するまでおよそ一年かかった。もっと大人数ならともかく二人パーティーであるために手間取ったこともたびたびあったため、そこまで早かったわけではない。
とはいえ、ようやく姉とパーティーを組めるようになった。
大好きな姉、そして大切な恋人と三人での冒険。そして一人前と認められるDランク冒険者。アーネストの冒険者生活が本当の意味で始まるのだ。
その事実に気合いを入れるアーネストたちへ、アネリアはある依頼を受ける提案をする。
その理由としては、このパーティーでの初めての冒険を下位の比較的安全なフィールドで行っておきたいこと。特殊な魔物――この時はよく分かっていなかったが名有りの魔物のことだ――と遭遇する可能性があり、低ランクの内にその相手との戦闘を経験しておきたいこと。ちょうどいい頃合いなので実家に顔を出して近況報告や両家への挨拶を行うこと。
それらの説明と共にされた提案だったが、アーネストにそれを断るつもりはなかった。姉の判断に異を唱えるつもりはない。子供の頃から姉に付いて回っていたアーネストだが、この一年で姉への信頼は更に強まっていた。同じくカティアもまたアネリアへの信頼から迷わず同意した。
そうして受けた依頼こそが、イオの街からのミミネズミ討伐だった。
※ ※ ※
アーネストたち『赤光の灯火』一行は、始まりの草原へと足を踏み入れていた。
「始まりの草原かぁ、久しぶりですね」
そう呟くのはアーネストの恋人であるカティアだ。彼女も冒険者になって初めて冒険したフィールドだ。こうして一人前になってから再訪するのは相応に感慨深いのだろう。
一方でアーネストはこの地に彼女のような想いはなかった。
「うーん……俺は一、二回しか来ないですぐ次のフィールドに移ったからあんまり思い出はないんだよな」
始まりの草原は危険度も低い分、生息する魔物を殺しても得られる経験値はあまり多くはない。
姉と一刻も早く合流することばかり考えていたアーネストにはこのような場所で浪費する時間などなかったのだ。だから当時は一人だったアーネストは様子見程度に訪れてさっさと次のフィールドへ進んでいた。
「だから俺としてはここよりも緑の湖畔の方が思い出深いな」
「緑の湖畔……それって」
何かに思い当たったらしいカティアに、アーネストは頷き微笑みかける。
「ああ、あそこを探索するときに組んだパーティーで、カティアと出会ったんだから」
「アーネストさん……」
カティアは頬を染め、照れくさそうな笑みを浮かべた。
だがそんな二人の意識を引き戻すように咳払いが響く。
「――二人とも」
反射的に二人の背筋が伸びた。
その声の主は分かっている。このパーティーの最後の一人であり、彼らの実質的なリーダーのものだ。
いつもより一段低いその声が彼らへの怒りを含んでいるというのは、幼い頃から共にあったアーネストはもちろん、一年の付き合いになるカティアにもよく分かった。
「ここはもう魔物の住むフィールドだけど、そんなところで何遊んでいるのかしら」
振り返れば冷たい目でアーネストたちを見つめるアネリアの姿があった。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
カティアは慌てて頭を下げた。その顔は真っ赤に染まっている。
このような場所で恋人とイチャイチャしてしまったことも、そしてそれを恋人の姉の前でやってしまったことも恥ずかしいとしか言い様がない。
一方でアーネストは口を尖らせながら姉へと言い返す。
「むぅ、でもどうせ始まりの草原だしいいじゃないか。それに変に緊張するよりも落ち着いてる証だって」
アーネスト自身も自分が怒られても仕方がないのは理解している。が、それでも「別にいいじゃないか」と自分を正当化してもいた。
「落ち着くのと気を抜くのは違うわ」
だが当然ながらそんな言い訳でアネリアの怒りが緩むわけがない。むしろその視線の厳しさが増している。
しばらくそれから逃れるように視線を反らしていたが、やがて観念したのか彼もまた頭を下げた。
「……ごめんなさい」
それを見てアネリアは深く息を吐いた。同時に彼女から怒りの気配は霧散する。
「前にも言ったように今回の相手はミミネズミの群れと未確認の名有り。特に名有りは情報がなにもないんだから油断していいことはないわ。名有りは未帰還の冒険者たちのランクを考えると推定ランクはF+、高くてもEランクといったところ。ランク差があるだろうから大丈夫でしょうけど、万が一危険な相手のようなら撤退して情報を持ち帰った上で再度討伐にでる。……まあ出発前のミーティングでも言ったけど、大丈夫よね」
そう改めて説明するのは、彼らの様子に若干不安になったからだろうか。それを察したのかカティアは気まずそうに顔を伏せるが、逆にアーネストは口を尖らせる。
「今回ってこんなしっかりした装備をしなくても、前使っていた皮鎧でもよかったんじゃないかな。ミミネズミ相手にはそれで十分だし、名有り相手にもし逃げることになっても重くてちょっと動きづらいだけなんだけど」
そんなアーネストが身に付けているのは金属製の鎧兜だ。Dランクに上がった際に、今後のフィールドを見据えて新調したものである。身を守るという点では優れた物だが、始まりの草原では過剰なもので、素早さを殺してまで身に付けるメリットはほとんどない。アーネストだけではなく、アネリアも似たような装備を身に付けている。
そんな弟の反抗に、アネリアは再度溜息を吐く。
「その装備は今後も使う物でしょう。それが重くて動きづらいっていうんなら、あなたが自分に合った装備を選び間違えたってことじゃないのかしら」
「い、いやいや。ただ新しい装備にまだ慣れてないだけだよ」
「ならいい機会でしょう、ここで慣れなさい」
あっさり反撃を潰されて項垂れるアーネスト。アネリアはそんな弟の様子にやれやれと思う。
この反抗も自分に対する甘えから来ているのだろう。リーダーとしてはそれでいいのかとも思うが、同時に可愛くもある。
アーネストの言うように重い装備で動きが鈍くなるデメリットはあるが、いざという時の守りという意味では重装備だって十分役割を果たすだろう。それに重いといってもあくまで皮鎧に比べて、だ。Dランクになって身体能力も大分高くなっている。そこまで問題はないはずだ。
そもそも危険という意味では未知の名有りも今後行くであろうDランクフィールドも変わらない。ならば今回の依頼で装備に手を抜くわけにはいかないだろう。
それにしてもアーネストは少々緊張感が足りないと思う。カティアは若干マシだが、それでも足りない。冒険における二人の動きは一人前には相応しいとはいえない。位階こそ高いが初心者よりはマシといったレベルだ。
原因はいろいろあるのだろうが、やはり危機意識が足りないのだろうか。それなら一度大きなピンチにでも陥れば変わるのかもしれない。
と、そこまで考えてアネリアは自分の考えに溜息を吐いた。いずれ危機に陥るかもしれないから危機を望むというのは若干本末転倒気味だ。
――危機感を煽りつつも命の危機はないような安全な危険にでも遭遇すればいいのに。
あまりの考えに思わず苦笑が漏れる。そんな都合のいいものがそうそうあるはずがない。
だが、もしかしたら今回の依頼であるミミネズミと名有りの討伐はそんな都合のいい程良い危険度かもしれない。
明らかにランクが下回るであろう相手というのはたとえ相手が百戦錬磨の名有りであったとしても安心できる材料になるだろう。
それでも本当に危険となったら、自分が彼らを守ればいい。アネリアは彼らよりもランクが高く、何より――二人の姉なのだから。
彼女にとっては一年振りの冒険であり少々ブランクがあるが、それくらいはできるはずだ。最悪の場合は盾となるくらいの覚悟は決めてあった。
決意を新たにしたアネリアは視線を空に向けると、視界の端にそれを捉え、その足を止める。
「んんっ? 何だあれ」
遅れて二人もそれに気付く。
彼らの視線の先には雲霞の如く空を舞う魔物たちの姿があった。
「あれが空飛ぶミミネズミの群れ……!」
「うわぁ……ありゃ確かにFランクには無理だわ」
二人の動揺は大きい。事前に聞いていたとはいえ、実際にその光景を見れば動揺もするだろう。アーネストは笑みこそ浮かべていたが、その頬は引きつっている。
だがいつまでもそうしているわけにはいかない。
「アーネスト」
アーネストはアネリアの声に我に返る。アネリアを見返すが、アネリアは頷きを返すだけにとどめておく。リーダーは彼なのだから、一から十まで彼女が指示するわけには行かない。そもそも対応そのものは事前のミーティングで決めてある。
アーネストもアネリアの意思を察したのだろう、もう一人のメンバーへと指示を出す。
「カティア、予定通りやつらに魔法を撃ってくれ」
「はっ、はい!」
彼女もまたアーネストの声で我に返り、魔法の詠唱を始めた。
「あまねく水を司る偉大なる水の精霊よ――」
カティアの朗々とした詠唱が響く。ミミネズミがこちらまで到達するのにまだ距離がある。多少長い詠唱を用いて魔法の威力を上げるだけの余裕はある。
詠唱によって精霊は昂ぶり、その力を十分に高める。
「≪飛沫の礫≫」
そして彼女は魔法を放った。
――ミミネズミたちを終わらせる魔法を。




