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9話 多勢の力

 ライは標的とした四人組の集団(パーティ)を隠れながら観察する。


 一人目は動きやすそうな装備を身につけた軽戦士。他のメンバーに対する振る舞いからおそらくこの集団のリーダーと思われる。似たようなスタイルの人間とはこれまでも戦ってきた。要領は変わらないだろう。リーダーをうまく倒せれば集団全員が浮き足立つのも狙えるだろう。


 二人目は打って変わって金属製のしっかりとした鎧兜で身を固めた重戦士だ。左手には盾まで身につけている。それらの防御をなんとかして倒すのは困難だろう。だが装備がしっかりとしている分重量も相当にありそうだ。動きは鈍いだろうし、疲労も大きいだろう。動きで攪乱していくのがいいか。


 残りの二人はどちらも肉弾戦向きの装備ではない。おそらくは魔法使いだ。見た目だけではこの二人がどのような属性でどんな魔法を使うかがまるで分からないのが厄介だ。そしてどんな属性にせよ呪文一つで魔法を発動できるので、こちらより早く攻撃できる。だが魔力を扱う関係上、外からの見た目と違って魔法を撃つには無詠唱でも若干の集中が必要だ。一撃を躱すか防ぐことができれば、こちらの体当たりが届くだろう。


 ――ライは自分では気付いていないがその心には焦りがあった。だからだろう、彼の考えが明らかに冷静さを欠いていたものだったのは。

 彼の分析や予測に、明らかに自分に都合のいい展開ばかり考えてしまっていたこと。その事にライはまるで気付いていない。

 遙か先の目標に目が眩んでいたからこそ、目の前の戦いに安易な考えで臨んでしまったのだろう。遠くばかりを見ていれば、すぐ目の前の危険に対して注意が疎かになる。そのことをライはまだ分かっていなかった。



      ※      ※      ※



 始まりの草原にはしる道を隊伍を組んで進む四人組のパーティー。彼らの間には緩んだような空気が流れていた。


「しっかし今更始まりの草原に戻ってくることになるだなんてね」


 魔法使いであるニコラが愚痴るように呟く。


「たしかにね。静寂の滝もそろそろ卒業して次はどのフィールドに行こうかってところだったのにここに戻ってくるだなんて」


 もう一人の魔法使いにしてパーティーの紅一点、ジュリーもニコラに同調した。


 そんな仲間の態度にリーダーのエリオットは溜息を吐く。


「その話は来る前にちゃんとしただろう、今更言われても困る。それにしても二人とも気を抜きすぎだぞ」


 力を入れすぎても困るが、あまりにだらだらとされても困る。

 エリオットはもう一人の仲間を指し示す。


「バルカスを見ろ、始まりの草原といえども侮らずしっかりとフル装備で来てるぞ」


 バルカスが身に付けている金属製の盾、鎧、兜といった一式は、これまで通っていたフィールドである静寂の滝の次に行くフィールドを見据えて新調した装備だった。そこまで重装備という程でもないが、エリオットの動きやすさを重視した軽い皮鎧に比べればしっかりとした装備である。始まりの草原の魔物の強さを考えると、大袈裟ではある。

 だがそんなバルカスはエリオットの言葉を否定するように顔の前で手をひらひらと振る。


「いや、せっかく装備を新調したばかりだから使いたいだけなんだよね。というか前の装備は下取りに出しちゃったからこれしかないし」


 エリオットは頭を抱えた。仲間たちはどうもやる気がないらしい。

 確かに彼らの言う通り始まりの草原は彼らが冒険者デビューした頃に探索し、そしてもう探索を終えた場所だ。今更戻ってきてやる気がないのも分かる。

 だがそれでも彼らが戻ってきたのにはちゃんとした理由があるのだ。


「改めて説明するが、近頃始まりの草原に探索に出たまま行方不明になる冒険者が多発している。俺たちが受けた依頼はその調査だ。勝手知ったる始まりの草原とはいえ、行方不明事件の元凶は俺たちが手に負えないような相手かもしれないんだ。あんまり気を抜きすぎるな」


「あっ、あんなところにアルキグサ発見」


「話を聞け」


 余所見をしているニコラたちの態度にエリオットは頭痛を感じこめかみを押さえる。まるで真剣味が足りない。

 とはいえ普段は気が抜けているが、いざという時にはやる奴らだ――と思いたい。

 そんなエリオットをよそに、ニコラは草原に住む魔物――アルキグサに向けてその手を掲げて魔法を撃つ体勢に入る。


「まっ、気晴らしにちょっと仕掛けますか」


「っ、それはやめろ」


 慌ててエリオットはニコラの行動を止める。

 ニコラはその様子に驚き、そしてその後に不満を露わにする。


「何でわざわざ止めるのさ。突然博愛主義にでも目覚めた?」


「そんなつもりはないさ」


 不真面目で分からず屋の仲間の態度にエリオットは深く溜息を吐いた。

 もちろんニコラを止めたのにはちゃんとした理由がある。博愛主義だとか魔物が可哀想だとかそんなくだらない理由ではない。


「お前たちの言うとおりこの草原は俺たちのランクに不相応なフィールドだ。だからそこに住む魔物たちは、俺たちではなくここを探索する新人冒険者が倒して彼らの経験値にするべきだ」


 魔物の数は多くとも有限である。ならば無闇な乱獲は避けなければならない。そしてこれはエリオット個人の意見ではない。

 エリオットの主張に一応の納得はしたのか、ニコラは口をとがらせながらも掲げた手を下ろす。


「そこまで言うなら仕方がないなぁ……あっ、今度はスライム発見」


 嬉々として新たな魔物の報告をするニコラに呆れながら前へと向き直る。

 いつまでもこの男に構っていてはまるで調査が進まない。もちろん注意の声はかけておく。


「おい、一応言っておくがそいつにも手を出すんじゃないぞ」


「分かってる分かってるって。あれ、あのスライムこっちに向かって……え、ちょ、ま、ぐわっ!」


 ニコラの悲鳴に再び振り向くと、そこには横合いからの衝撃に吹き飛ぶニコラの姿と、そのニコラにぶつかった反動で宙を舞うスライムの姿があった。

 ニコラの身体が草むらの中に沈む。ダメージが大きかったのか、ニコラは草むらの中でぴくりとも動かない。


 思わぬ光景に呆然としてしまう三人。だが、スライムが倒れたニコラへと再度向かってこようとするのを見てエリオットは我に返る。


「敵だ!」


 エリオットのその端的な号令に残る二人も呪縛が解けたように動き出した。

 エリオットとバルカスは二コラたちをスライムから遮るように移動する。スライムはニコラへの追い打ちを防がれて僅かに躊躇した様子を見せるが、目標を変えてエリオットへ向かって飛びかかった。だがその前にバルカスが割って入り、その盾でスライムの体当たりを跳ね返す。


「ニコラは大丈夫か!」


 それに答えるのはニコラの容態を見るジュリーだ。


「頭部に一撃を食らって意識を失ってる……でも生きているわ!」


「よし。ジュリー、ニコラの治療は任せる」


「分かったっ」


 治療に長けた水属性の魔法使い、ジュリーは力強く頷き、詠唱を始める。


「大いなる流れを司りし清き水の精霊よ。その御心を以て、癒しの加護を我が友に与えたまえ……≪治癒(ヒール)≫」


 彼女の魔法によって、水の精霊がニコラの傷を癒す。だが詠唱を用いた魔法とはいえ、そう簡単に傷が治るわけではない。治療の魔法は傷が完全に癒えるまで時間がかかる。


「バルカス、あのスライムは俺たちでやるぞ」


「それはいいけど、あのスライムも草原の魔物だから倒すな、なんて言わないよね」


 冗談めかして言うその言葉を笑って否定する。


「まさか、あれを新人に相手させるのは荷が重い。それにおそらくあのスライムが行方不明事件の犯人だ」


「じゃああのスライムを倒したら依頼は解決だね。さっさと終わらせて次のフィールドに向かおう」


 エリオットとバルカスは互いに不敵な笑みを交わすとスライムへと向かっていった。




 ライは焦っていた。

 初撃で狙った魔法使いを殺しきれなかった、それはいい。倒れた魔法使いを介抱するために、もう一人の魔法使いが戦いから離れたのだ。結果論ではあるが、これで相手が四人から二人へと減った。

 問題は残りの二人が非常に手強いことだ。

 つまるところライは苦戦していた。



 重戦士、バルカスが斬りかかる。

 ライはそれを横や後方に避けようとはせず、迫るバルカスに向けて突進し、懐に潜り込む。バルカスの剣が空を切るのと、ライの体当たりがバルカスの脛に当たるのは同時だった。しかしその体当たりは足元を守る脚甲に弾かれる。


「いったぁ……っ」


 バルカスは脛に受けた衝撃で涙目になっているが、ちょっとした衝撃以上のダメージは受けていないようだ。むしろ金属製の脚甲に弾かれたライの方が痛い。狙いやすい位置だったこともあり足から崩せればと思ったのだが、そうもいかないようだ。それどころか、防具で守られている箇所はどこに当たってもダメージは通りそうもない。


 バルカスの重装備を睨み付けるようにしていたライだったが、背後からの足音を聞きつけ慌てて転がるように逃げる。その数瞬後、ライのいた場所を軽戦士、エリオットの斬撃が通過する。

 かろうじて躱したライはすぐに体勢を整える。それを見たエリオットはそれ以上の追撃をしない。


 ここまで何度かやり合って、二人の内一方を意識から外すと危険なことをライは理解した。だから双方を視界に収めるような位置取りをしなければならない。

 だがライがそうするのよりも早くバルカスが再び動く。慌てながらもライは再度振るわれたバルカスの剣に対処する。(バルカス)の動きは十分見えている。ライはそれをなんとか躱し続けることができるだろうと考える――敵が一人だったならば。


 ライがバルカスの攻撃に対処している隙にエリオットが動くのがライの視界の端に映った。攻撃を仕掛けようとしているのではない。ライの背後に回ろうとしているのだ。

 それを察したライは全力で横に跳び、二人の包囲から逃れる。エリオットは舌打ちしつつもそれを見送る。


 いっそ先に治療に専念している無防備な魔法使いたちを狙うか。そう動こうとすると、それを察した戦士二人が即座に動こうとする。

 ダメだ。この二人はそれを最も警戒している。それでも無理に魔法使いを狙おうとすれば、そこをこの二人の剣に貫かれるだろう。



 距離を取って仕切り直しつつ、二人を改めて観察する。


 重戦士の身を守る装備は強固だ。狙うならば装備で守られていない場所でなければならない。しかし露出しているような箇所はあまり多くない。それを激しい戦闘の動きの中で体当たりで狙うのは困難だ。盾も持っている。

 そして人間側も、ライが重戦士の防御に対する有効打がないことを察しているのだろう。そう判断してからは反撃も気にせず重戦士を前面に押し出して攻め立ててくる。

 装備の重さもあるのか、やはり動きは決して早くない。ある程度ならその動きに対処できる。とはいえそこまで鈍重というほどでもない。増していつまでも一方的に攻められ続けていれば、いずれは捕まってしまうだろう。


 重戦士が無理ならば軽戦士を狙いたいところだが、相手もそれは分かっているようだ。

 軽戦士は決して無理に仕掛けてこようとはしない。重戦士のサポートに徹し、そして戦いの中でこちらに隙ができた時には見逃さずに仕掛けてくる。



 手強いが一対一なら勝てる……かもしれない。

 そう考えたところでライは苛立ちのあまり怒鳴りつけたくなった。それはあまりに不甲斐なく情けない自分自身に向けてだ。


 ――似たようなスタイルの相手と戦ったことがあるから軽戦士の相手はなんとかなる?

 ――重戦士は鈍重そうなので速さでかく乱すればいい?

 ――魔法使いの魔法は一発耐えればいい?


 なんという愚かな考えだろうか。


 ――人間たちの持つ力の個人差の大きさを聞いたばかりだというのに、装備が似ているだけで見切った気になっていたというのか。

 ――重戦士が本当に鈍重な動きしかできないのか確認の一つもしないで決めつけていたのか。

 ――属性も魔法の威力や範囲もわからないくせに、いやそもそも耐える手段も持たないのにどう耐えるというのか。


 世界の広さを教えられたばかりだというのに、この狭い草原でのちょっとした成功体験をもとに楽観的に考えていた自分の甘さに反吐が出る。


 そしてそのせいで窮地に陥っておきながらなお、一対一なら勝てるかもしれないなどと更に楽観的な考えを浮かべて自分を慰めている。そんな保証も根拠もどこにもないというのに。



 内心で一通り毒づき自身の甘い考えを叩き出す。そして改めて打開策を考える。

 とにかく数で負けているのがまずい。一人を相手にしているときにもう一人の動きに意識を割かれる。相手も無防備な魔法使いへの攻撃を最も警戒しており、そこに相手の意識も割かれているのが幸いだ。だがそれでも厳しいことに変わりはない。

 一対一でも勝てる保証はない。だがこのまま複数を相手どり続けても勝ち目が見えないのも事実だ。少なくとも数が互角にならなければ話にならない。

 なんとしても二人の内の片方を排除して、一対一に持ち込まなければならない。

 

 真っ当に戦って一人を倒すのはまず無理だ。だからといってここまで戦っておきながらいまさら身を隠して奇襲のような真似が通じるわけがない。ならばいかにそのための隙を作るか。



「来るぞ、注意しろ」


「わかってるって」


 ライがゆっくりと近づいてきたのを見てエリオットは注意を促す。ライが向かっているのはバルカスの方だ。その動きに注意しつつ、エリオットは一定の距離を保ちながらライの背後に回り込むように動く。


 ライがバルカスとある程度の距離に近づくと、ライはピィー、ピィッ、というように何度も鳴きだした。それはエリオットやバルカスには断続的に響くただの甲高い鳴き声にしか聞こえない。

 だが、共通魔物語を解する者なら、その意味を理解できただろう。



 ≪水弾(ウォーターバレット)≫とライが唱えたのを。



 ライの前方に水の塊が生み出され、そしてそれがバルカスに向かって一直線に放たれた。


「魔法!?」


 驚愕する二人。ただのスライムではないとは思っていたが、まさか魔法まで使うなんて。

 しかしだからといってそれを無防備に食らったりはしない。バルカスは反射的に盾で水弾を受け止める。

 金属盾に激突した水弾は容易く弾け、あたりに水飛沫が跳ねる。


「バルカス、来てるぞ!」


 だがそんな彼へとエリオットの警告が飛ぶ。

 魔法を防いだバルカスへ向かって、ライが猛然と向かっていったのだ。

 魔法を受け止めて一瞬硬直していた上、自身の盾で視界が狭くなっていたバルカスの動きは僅かに遅れる。だが盾を掲げた状態だ。そのままライの攻撃を盾で受け止める覚悟を決める。


 エリオットは慌ててライを追いかけるようにバルカスに向かって駆ける。あのスライムが無策で向かっているとは思えない。だが何を企んでいるにせよ、自分がフォローすることができれば問題ない。


 そしてライは思いっきり地面を蹴り、バルカスへと体当たりを放つ。

 バルカスは冷静にその軌道を見極め、盾によって体当たりを受け止める。

 ライの身体とバルカスの金属盾が激突し、ライの身体が跳ね返る――エリオットに向かって。


「えっ……? ぐあっ!?」


 自分に向かって飛んでくるスライムの姿に、エリオットは思わず呆然としてしまう。直後、そんな彼の頭部にライの身体が直撃し、激しい衝撃を受けた。

 頭部に受けたあまりの衝撃に、後方へとよろめく。一体何があったのかと混乱したまま自失の状態である。

 ――三角跳びだ。ライは体当たりを盾によって跳ね返されたのではない。最初から盾を足場に利用することでエリオットを狙うつもりだったのである。


  着地したライはそのままとどめを刺さんとエリオットへと向かう。バルカスも慌ててエリオットを救おうと駆け出すが、出遅れた上に重装の彼ではライには追い付けない。


 ライは再び思いっきり地面を蹴り、エリオットへ体当たりを放つ。よろけているエリオットはかわすことも防ぐこともできない。

 そのままエリオットの頭部に直撃する――


「――≪風の吐息(ウインドブレス)≫」


 その直前に、突如吹き荒れる突風に、空中にあったライの身体が流された。

 ライの体当たりはエリオットの横に逸れ、そのまま地面に転がった。


「二コラ!」


 その突風を引き起こしたのは、先ほどまで重傷で倒れていたはずの魔法使いニコラだった。治療がどうやら間一髪のところで間に合ったようだ。

 スライムに対する憤怒に燃える男の横には、彼の治療を終えた女魔法使い、ジュリーもいる。

 エリオットもダメージこそ残っているが、すでに動揺からは脱し、ライへと油断なく剣を構えている。


 一対二が、一対四になってしまった。


 状況を理解して、ライは自身の顔が引きつるのを自覚した。

 二人を相手にしてあれだけ苦戦したというのに、今度は四人を同時に相手取る必要がある。まず間違いなくどうにもならない。


 逃げるべきか、と思う。しかし逃げたところで、後日改めてライを討伐するために大勢の人間がやってくることになるだけだろう。

 とはいえこのまま戦ってもやはり殺されるだけだ。事ここに至っては逃げるしかないだろう。


 そうライが考え、逃げるための隙を伺っているとき、ジュリーが驚愕の表情を浮かべた。

 その視線はライから外れ、遠くへと向いている。


「なに、あれ……?」


「ジュリー、気を抜くな」


 エリオットが注意するも、ジュリーの動揺は収まらない。

 ライへの警戒は外さず、ジュリーの視線を追う。そしてそれを見つけると、エリオットの動きは驚きに固まる。

 呆然とした彼の口から思わずその光景を表す言葉が漏れた。


「あれは……もしかして、ミミネズミの群れ?」




      ※      ※      ※



 時は少し遡る。


 ライが主な拠点としている森。ここはミミネたちミミネズミの群れの住処でもあった。

 正確にはその森を抜けた先にある岩壁に出来た亀裂のような隙間――そこが彼らの巣穴の入り口であった。

 その内部は彼らの手によって拡張され、巣穴の出入り口も他にも何カ所もある。そして出入り口の一つは岩壁の上にもあった。彼らミミネズミにとって、その生態故に高所へつながる道筋というのも必要なのだ。

 そしてこの時、岩壁の上――もはや始まりの草原からは半歩程はみ出したような地点、そこには数多くのミミネズミが集っていた。そしてその先頭にはミミネの姿があった。


 この場所に集った数多のミミネズミたち、これはミミネが集めたものである。もともと彼は群れの中でも将来的に高い地位に付くであろうことを期待された有望なミミネズミであった。群れでも一部の者にしか教わっていない共通魔物語を教え込まれたのがその証である。つまりは将来の群れの長候補だったのだ。

 それに加えてライへの協力の代価に多くの食料を得たことや、死体の埋葬などで多くのミミネズミたちを指揮している内に、群れの中での高い地位を確立していた。だからこそ彼の号令の元、この場に多くのミミネズミたちを集めることが出来た。


 彼が同族たちを集めたのは、草原に見張りに出している一匹から、ライが複数人の人間と戦っているという報告を受けたからだ。森へと帰ってきたばかりだったが、彼はそれを聞いてすぐさま動かせる同族たちを集めたのだ。


 ミミネは崖の下を見下ろす。下から見れば聳え立つような岩壁も、上から見下ろせばちょっとした高所に過ぎない。きっとこれから行うことも恐ろしいことのように思えるが、やってしまえばたいしたことでもないのかもしれない。


 さて、いつまでもここでこうしているわけにはいかない。せっかくこれだけ集めたというのに、早くしなければ戦いが終わってしまう。

 そう、早く動かなくてはならない――獲物(・・)を全て|ライが狩り尽くしてしまう《・・・・・・・・・・・・》前に。


 ミミネは背後のミミネズミたちに号令をかける。


「それじゃあみんな、行くよ! 狙う獲物はライと戦う人間たちだ」


 そしてミミネは、目の前の崖から飛び立った。




 ミミネズミという魔物がいる。

 巨大な耳を有するネズミの魔物。鋭い齧歯を持ち攻撃性も高いが、人間たちからは決して強い魔物とは見られていない。

 それは無論位階(ランク)の低さもあるが、それ以上にミミネズミのシンボルともいえる巨大な耳が重くそして邪魔で素早く動くことが出来ないからである。

 耳を地面に引きずるように鈍重に動くその様は、ある種の滑稽さすら感じられる。


 ではミミネズミにとってその耳はただ邪魔なだけの存在なのか――答えは否である。

 この耳には彼らにとって重要な役割があるのだ。


 それは、空を飛ぶため(・・・・・・)である。




      ※      ※      ※



 彼らの視線の先には、ミミネズミがいた。草原の先にある森、そこからミミネズミがやってきたのである――空を飛びながら。

 ミミネズミはその巨大な耳を後ろ脚でつかみ、まるで翼のように広げている。その翼のような耳が風を掴み、滑空するように空を飛んでいるのである。


 いや、空を飛ぶだけならば彼らは驚きはするがここまで動揺したりはしない。それでも彼らがこれほどに動揺したのは、二つの理由がある。

 一つはその数が非常に多かったからだ。数を数えるのも困難な大勢のミミネズミたちが編隊でも組むように飛行していた。

 そしてもう一つ。そのミミネズミたちの進路が彼らのいる方角へと向いていたからだ。


「ちょ、ちょっと、あれこっちに向かってきてない?」


 四人の間に動揺が走る。相手がたとえ雑魚ともいえるミミネズミだとしても関係ない。あれほどの数が一度に向かってきているともなればその動揺も当然だろう。


 エリオットは仲間たちを動揺から鎮めようとする。

 だが彼もまた動揺が大きかったのだろう――現在の状況を忘れてしまうほどに。


 その場で意識を目の前の敵から外していなかった唯一の存在――ライはこの好機を逃したりはしなかった。

 即座に人間たちに向かって駆け出し、大地を蹴った。


 ライの体当たりが無防備な相手の頭部に直撃するのと、エリオットがライに遅まきながら気付くことのどちらが早かっただろうか。いや、どちらだとしても結果は変わらないだろう。その瞬間エリオットの意識が永遠に失われたことには変わらないのだから。


 自身をさんざん苦しめた軽戦士の身体が崩れ落ちるのを眺めながら、経験値が流れ込む感覚に耐える。いつもよりも一際経験値量が多いのか、その感覚も大きい。


「え、エリオット!」


 ジュリーの悲鳴のような叫びを皮切りに、ようやく残された三人が動き出す。だがそれは混乱から収まったとは言い難かった。倒れたのがリーダーだったのも悪かった。


 二コラは飛行して迫りくるミミネズミとライを交互に見て、どうすればいいのか迷っている。

 ジュリーはリーダーの死による衝撃に悲鳴を上げるばかりだ。

 そしてバルカスは怒りに我を忘れ、感情のままにライへと向かっていく。


「お前ぇっ!」


 だがそれは、ライ以外のもう一方に対する意識を完全に置き去りにしていた。


 いつしか至近まで飛行してきたミミネズミたちが、空中から彼らへと激突するように飛びついてきたのだ。

 バルカスの頭部に一匹のミミネズミが抱き着くように飛びつき、バルカスの動きが止まる。

 そのミミネズミはライのよく知る相手だった。


「ミミネ!」


 ミミネはライへ不敵な笑みを返すと、そのままバルカスへと襲い掛かる。

 バルカスは剣と盾を手放し、手掴みでミミネを引き離そうとする。だがその手がミミネに届くよりも早く他のミミネズミたちが次々と飛びついてきた。あっという間にバルカスの身体がミミネズミまみれになる。


 バルカスは必死に暴れて体に集るミミネズミから逃れようとするが、直後噴水のように首筋から血液が噴き出す。ミミネがバルカスの首の動脈を、その齧歯で食い破ったのだ。バルカスの動きから力が失われ、そして地に伏して動かなくなった。

 エリオットに比べると微量だが、ライに再び経験値が流れる感覚が訪れる。どうやら直接殺した者以外でも経験値は手に入るようだ。もっとも、その感覚からすると独力で倒した時よりも遙かに少ないようだが。


 そうこうしているうちに残りの二人もミミネズミたちに襲われていた。

 ニコラも同じく全身に集られ、あとはバルカスと同様に死を待つばかりだろう。一方でジュリーは泣きながらその場に背を向け必死に逃げだしていた。

 空中にいたミミネズミたちはほとんどが着地している。空中での飛行は早いが、地面に下りればただの鈍重なネズミである。走れば逃げきることも可能だろう。

 だがここに至ってライは見逃すつもりはない。


 ライは素早く駆け出し、ジュリーの前方へと回り込む。

 絶望の表情を浮かべる少女へ、ライは渾身の体当たりを放った。




      ※      ※      ※



 戦いを終え、ライは安堵の溜息を吐いた。


 人間たちはこれまでにない程に強かった。互いに補い、まるでつけ込む隙がなかった。

 だが、一度崩れてしまえば――最早隙だらけだった。

 強敵であっても崩してしまえばこちらのもの。そして逆に敵に自分が崩されてしまえば終わる。そのことは肝に銘じておかねばならない。


 ライはミミネズミたちへと視線を向ける。


 戦いを終えたミミネズミたちは四人の死体を背負い、森へ向かっていく。

 彼らの死体もいつもと同じように埋葬するためだ。


 そしてライは一匹だけ離れたミミネに近づき、礼を口にする。


「ミミネ、ありがとう。今回は助かった」


 だがミミネはどうにも辛そうな様子を見せていた。


「ううっ、経験値ってこんなに辛いものなの……?」


 ライはその様子に苦笑する。どうやら経験値を得る際の感覚で気持ちが悪いようだ。


「そうか、初めてだったんだな。まあそのうち慣れるさ」


 その言葉にミミネは溜息を吐いた。そして気持ちを切り替えてライへと語り掛ける。


「別にボクはライを助けに来たんじゃないよ。ボクも経験値を手に入れるために来たんだ」


 だからお礼はいらない、そう言って笑う。


「リースから聞いたんだ。人間を殺すと経験値を手に入れて強くなれるって。そしてライもそのために人間を殺してるんだって」


 そしてミミネはライをじっと見つめ、そして宣言した。



「だからボクも強くなるんだ。強くなって――ボクもライみたいになるんだ」



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