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六尺男  作者: 大家四葉
江戸の浪人達
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伝馬町牢屋敷

【 伝馬町牢屋敷 】


 南町同心・本所見回り役、浅井武蔵あざいたけぞうは奉行所内で手下八助から知らせを受けるとその顔を驚きに変えたのである。


「それは真か!」

「へい、あっしも後から見に行ったんですが、そりゃ酷い有様で。浪人者が四人程バッサリ、いやバッサリなんてもんじゃねぇんで、もう真っ二つに。こんな芸当ができるのはあの人しかいませんし、人相風体もそのまんまでして」

「もっと詳しく」


 この浅井武蔵、掛馬四郎とは良く知った仲である。

 以前、深川のはたやが盗賊達に襲撃された事を皮切りに、その後も幾つかの事件に関わり、その解決に協力してきた仲である。

 それゆえ今回の一件に関しても、掛馬四郎が浪人四人を斬り殺した事に浅井は疑いは持たないのであるが、問題はその処遇であった。

 掛馬四郎が今まで斬ってきた相手はいずれも侍、それも無頼の輩と称する者達である。斬った状況にしても闇討ち、あるいは刺客を使った襲撃など掛馬四郎に非はない状況であった。

 それゆえ今回の一件もそれに類するものだと浅井は推測したのであるが、その掛馬四郎がいきなり取り調べも無く伝馬町の牢屋敷に入れられたと八助より聞かされたのである。

 しかも今月は北の月番、浅井の属する南ではない。浅井は戦友とも言える掛馬四郎に大手を振っては手を差し伸べることができないのだ。

 浅井は八助の話を聞き終えると即座に命じた。


「八助、おまえはこの件をもっと調べろ。某は掛馬様の様子を見てくる」



 同心、浅井武蔵は忍びで伝馬町牢屋敷に出向くと牢内に目当ての巨漢の姿を見つけた。


「やはり掛馬様! こんどはいったい何の騒動ですか」


 その姿を見て掛馬四郎も、


「おお、浅井か。丁度よいところに来た、ちと訊ねたいのだが某の調べとやら何時、誰が行うのだ? この間のようにお主に調べてもらう訳にはいかんのか?」


 すると同心・浅井はため息をついて格子越しに言う。


「掛馬様、今月の月番は北町、某は手を出せませぬ」

「なんでじゃ?」


 浅井は額に手を当てると月番の事を説明した。


「奉行所は北と南があり某は南に属しております。北と南はそれぞれ一月ずつ交代で務めるのが決まりであり、今月は北の当番。北が関わった一件なれば、某が口出す事はできぬ決まり。それはさておき掛馬様、いったい何が起きたのですか?」


 それに掛馬四郎は事件の事を包み隠さず語った。

 門弟達との関係、取り決めの事。その最中、門弟達が正体不明の浪人達に襲われた事、門弟達を守る為その浪人達を掛馬四郎が斬った事を語り聞かせた。


「掛馬様、あなたは人を斬りすぎです。それはさておき某の方でもそれとなく調べておきます。ところで、この牢内の有様は?」


 浅井はそう言うと格子越しに牢内を見渡した。

 畳に行儀良く一方向を向いて座るその姿は囚人というよりも武家を思わす姿。まるで殿に拝謁する家臣達のように囚人達は牢内、畳の上に座って居るのだ。


「うむ、ちと下克上をな。それより何か判ったならば知らせてはくれぬか、ここは外との繋がりが何も無いゆえ、お主だけが頼りじゃ」

「判りました。では某今日は忍びゆえ時間がありません。そろそろ暇を」

「うむ、頼んだぞ」


 一礼をして去って行く浅井の後ろ姿を格子の内から掛馬四郎が見送った。

 その傍ら、牢内に座る囚人達からは、


「さすが殿様だ! 奉行所の同心をアゴで使いなさる!」


 そう感嘆の声が沸きあがった。



 この日、掛馬四郎を訊ねにきた者は浅井だけではなかった。


「おお、なんたる事か…。掛馬殿!」

「おお! これは葛西殿、御身自らわざわざ訊ねに来てくれるとは!」


 掛馬四郎は格子を掴み、身を震わす葛西玄蕃を格子越しに歓迎すると、差し伸べた手を握り合った。

 訪れたのは館主・葛西玄蕃、後ろに控えて石淵の姿も見える。


「おぅ、石淵、何をしておる。こちらへ来んか、どうだ、懐かしかろう」


 掛馬四郎は以前牢に繋がれたことのある石淵にそう声を掛け手招くが、石淵はそれに嫌な顔をしてみせ牢には近寄らない。

 その様子に四郎が笑みを浮かべると深刻な表情をした葛西が眼を熱くして語りだした。


「弟子達の危機をお救い下さった大恩人をこのような所に閉じ込め真に申し訳なく、今、手を尽くしてあちこちへと働き掛けておりますので、門弟達の親御を通じて上にも働きかけておりますゆえ、どうか今しばらくご辛抱を」


 それに掛馬四郎、やさしく笑みを浮かべる。


「心配ご無用、武人として恥たる動きはしておらぬ故、調べをすれば直出られましょう。それより金森達の様子が気掛かり、あまり気落ちしていなければ良いのだが」

「あの者達は袴を取り替え無事家屋敷へと送り届けた。怪我もしておらねば体は心配ないが……」


 葛西は弟子達の様子を思い出しながら、少し顔を曇らせそう語った。

 その意味を察した掛馬四郎、


「しばらく家で休ませればいずれ稽古の虫が騒ぎ出すはず。誰でも最初はああしたもの、恥に当たらぬと某からも後ほど言って聞かせましょう」

「お頼み申す。しかし、それには此処から早ぅ出て貰わねば」


 すると牢屋同心が姿を現し、「そろそろ」と葛西を促した。

 掛馬四郎は格子の内より葛西玄蕃を見送った。葛西もそれに一度振り向き頭を下げると役人に付き添われ姿を消したのである。



 翌日、再び同心・浅井が顔を出した。


「おお、浅井か! 待っておったぞ」


 掛馬四郎は喜びを隠さず表すと格子の向こうに待つ浅井の元へと寄る。

 それを浅井は一礼して迎えると少し曇った表情を見せた。


「掛馬様、此度の一件ですが、某はあまり力にはなれませぬ。どうにもこの一件、旗本が絡んでいるようでして」


 今回の襲撃は掛馬四郎を狙ったものではなく、葛西道場門弟、金森数馬を狙ってのものだと浅井は語った。

 金森は養子縁組が決まっており、しかしそれを快く思わぬ者が縁組を破談にするため、今回の一件を仕組んだものだと言うのだ。


「もちろん闇討ちした浪人達にはそのことは知らされていないでしょう、調べに対しても金で頼まれたとの一点張りのようですから。しかし、結果を見るならば、そう考えるのが最も妥当と考えます」

「ふむ、旗本に養子の話を持ちかけられる程の身分の者が暗躍しているという事だな。それに対してお主はトカゲの尻尾しか捕まえられぬ訳だ」


 すると浅井が目の色を変えた。


「掛馬様はこれを常習の行いと?!」


 すると掛馬四郎、牢を振り返ると囚人達に、


「誰ぞ武家の養子縁組を食い物にしている悪党の事を知らぬか!」


 と、慌てる浅井を前にして声を掛けたのである。


「か、掛馬様! 囚人達になにも堂々と!」


 すると居並ぶ囚人達の中から、


「殿様、その件でしたら知っておりやす」

「へぇ、あっしもちょいと小耳に挟んだことが」


 と、二人の男が進み出た。


「銀二、作造、知っている事があれば申してみよ」

「へぇ、実は…といきてぇところですが、話をする前に、ちょいとお願いが」

「申してみよ」


 二人の囚人は話をする代わりに裁きに対してのお慈悲を願い出た。

 調べに協力する代わりに、その分少しでも刑を減刑せよとの要求である。


「浅井、できるか? この者たちの命が掛かっているのだ」


 だが浅井はそれに顔色まで変えて言い訳をする。


「掛馬様! また無理難題をそれがしに申し付けるおつもりですか、旗本・御家人の裁きは奉行所の管轄外、評定所の仕事にございますぞ!」

「ならばその評定所に此処での調べを提出し働きかけるがよい。非番のお主ならできるはずだ」

「旗本に喧嘩を売れと、そう仰るのですか!」

「そうではない、なにもお主一人で全ての事を運べなどとは申しておらぬ。お主が誰ぞと思った人物を選び、その者にチョイと役に立つ話を教えてやれば済む事だ。なんならお主の上役、町奉行に話を持ちかけても良い、評定所一座の一人でもあるからな。あとは評定所がきちんと働いているならば、小石が坂を転げ落ちて行くように話は繋がるハズだ」

「そんな無茶な…」


 同心・浅井は囚人、役人という立場がまるで逆になったかのような情けない顔をして掛馬四郎を見つめた。

 しかし、それに掛馬四郎も強気で尚も浅井に求めるのだ。


「一見無理でもそこに道理があれば物事は順調に動く。後で顧みて、“どうしてこんな事に気づかなかったのか”と簡単にさえ見えるものだ。要はそれに気付くか否か、気付いたならば実際に行動できるかどうかだ。さあ、どうする浅井!」


 この後、浅井は眼に涙を浮かべて調書を取った。銀二、作造の名前を載せ、ささやかな復讐として掛馬治部四郎の名前で調書を完成させた。

 浅井は調書を完成させると掛馬四郎に尋ねた。


「掛馬様、ひょっとしてそれがしが此処を訪れる前から大凡の事を知っておられたのでは」


 それに掛馬四郎、ニカリ微笑むと答えるのだ。


「うむ、五十余名も囚人が居るならば、なかなかに江戸の裏事情も判るというものよ」


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