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黄金色の反逆  作者: jin kawasaki


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2/2

後編

「……で、これが今年のノミネート一覧です」

都内にある個人事務所のソファ。マネージャーのサトシが、タブレット端末を恭しく差し出してきた。画面には、その年を象徴する言葉が並んでいる。政治スキャンダル、バズったアニメの台詞、そして、リストの中ほどにそれはあった。

『高いものが食べたいわけじゃない』

SHOWGOは、深いボルドー色の革ジャンに身を包んだまま、鼻で笑った。 「冗談だろ。ただの弁当の食い損ねが、なんでこんなことになってんだ」

事の始まりは、あの「唐揚げ弁当vsステーキ弁当」の騒動だ。高級ステーキを差し出したスタッフに対し、SHOWGOが放った怒りの一喝。「俺は高いものが食べたいわけじゃない。唐揚げが食べたかったんだ!」という叫びが、妙な角度から現代人の心に刺さってしまった。

当初は「老害のわがまま」と笑われていたはずが、今やこの言葉は一種の社会現象となっていた。 SNSでは、デートで無理に高級店を予約する彼氏への皮肉として、あるいは「福利厚生」と称して不要な高機能チェアを導入し、残業代を渋る経営者へのアンチテーゼとして。

「……世の中、みんな疲れてるんだな。自分の『好き』を他人の『値段』で上書きされることにさ」

SHOWGOは、煙草を燻らせながら窓の外を見た。 彼が守りたかったのは、単なる鶏肉の揚げ物ではない。自分の欲望の舵を、他人に握らせないというプライドだ。それが「ロック」だと信じていた。

「それで、サトシ。これの授賞式、いつなんだ?」 「来週の月曜です。……まあ、SHOWGOさんは欠席ですよね? 主催者側も、ロック界のレジェンドが『流行語』なんて軟派な舞台に出てくるとは思ってないみたいで。ネットでも『SHOWGOは出ないだろ』『出るわけない、ロックじゃないし』って書かれてますよ」

サトシは当然のように欠席の返事を出そうとしていた。 だが、SHOWGOの瞳に、いたずらな光が灯った。

「……出ないと思われてんのか」 「ええ、まあ。そういうパブリックイメージですから」 「じゃあ、出てやるよ」

サトシの手が止まった。 「え……? 出るんですか? 紅白すら渋るアンタが、流行語大賞に?」 「ああ。予定調和をぶっ壊すのがロックだろ? みんなが『出ないのがカッコいい』と思ってるなら、その期待を裏切ってやる。それに――直接言ってやりたい連中もいるしな」


授賞式当日。 会場であるホテルの大宴会場は、マスコミのフラッシュと、着飾った受賞者たちの熱気で溢れかえっていた。

今年のノミネートは、キラキラしたインフルエンサーや、若手の芸人、清廉潔白なスポーツ選手ばかりだ。その中に、黒いスキニーパンツにスタッズ付きのブーツ、ボサボサの髪を無造作にセットしたSHOWGOが姿を現した瞬間、会場に激震が走った。

「えっ、マジでSHOWGO?」「嘘だろ、本当に来たのかよ」

ざわめきを切り裂くように、彼は壇上へと歩を進めた。 プレゼンターからトロフィーを渡される。それは、クリスタルのような輝きを放つ、いかにも「高価そうな」代物だった。

SHOWGOはマイクの前に立つと、サングラスをゆっくりと外した。その眼光の鋭さに、最前列に並んでいた記者たちが思わず身を引く。

「……なんか、随分と立派なものをいただいたな。これも、さぞかし『高い』んだろう?」

低く、響く声。会場が静まり返る。

「最初に言っとくが、俺はこの賞が欲しくてキレたわけじゃない。あの日の唐揚げが、本当に食いたかっただけだ。だが、この言葉がこれだけ広まったってことは、みんな、自分の『欲しいもの』を無視され続けてるってことなんだろうな」

彼は視線を、会場の隅にいるスポンサー企業の重役たち、そしてカメラの向こう側にいるであろう「良かれと思って価値観を押し付ける側」の人間たちに向けた。

「世の中には、『高いものを与えておけば喜ぶだろう』って勘違いしてる奴らが多すぎる。女にはブランド品、部下には高い飲み会、客には豪華なオプション。……笑わせんなよ。それは相手を喜ばせてるんじゃなくて、自分の財布の厚みを誇示して、安心したいだけだろ」

SHOWGOの言葉は、熱を帯びていく。

「俺たちが本当に欲しがってるのは、値段のタグが付いてない『何か』だ。心が震える音楽だったり、懐かしい匂いだったり、朝まで語り明かせる本物の言葉だったりする。それを三千円のステーキで誤魔化そうとするな。一万円のシャンパンで黙らせようとするな」

彼はトロフィーを掲げ、不敵な笑みを浮かべた。

「『高いものが食べたいわけじゃない』。この言葉は、俺のわがままじゃない。自分自身の感覚を取り戻すための、反撃の狼煙だ。……お前らの価値観で、俺たちの幸せを決めるんじゃねえぞ!」

その瞬間、会場を支配したのは静寂。 そして、数秒の遅れのあと、割れんばかりの拍手が巻き起こった。 それは、社交辞令の拍手ではなかった。会場のスタッフ、端に控えていた若手芸人、そしてカメラを回すカメラマンたちが、腹の底から共鳴したかのような、熱を帯びた喝采だった。


授賞式の夜。 喧騒を逃れ、SHOWGOとサトシはいつものハイエースの中にいた。

「最高でしたよ、SHOWGOさん。SNS、また大炎上……じゃなくて、大絶賛ですよ。『これこそが真のロックだ』って。特にあの『自分たちの幸せを決めるな』ってところ、痺れました」

サトシが興奮気味にスマホを操作する。 SHOWGOは窓の外を流れる夜景を眺めながら、ふっと肩の力を抜いた。

「……疲れたな。やっぱり、ああいう場所は俺の居場所じゃねえよ」 「お疲れ様です。……で、夕食はどうします? 高級フレンチでも予約しましょうか? 事務所持ちで」

サトシが冗談めかして言うと、SHOWGOは呆れたように笑った。

「お前、さっきの俺の演説、寝てたのか?」 「冗談ですよ。わかってますって」

サトシは車を路肩に止めると、あらかじめ用意していたらしい紙袋を後部座席に放り込んだ。 茶色の紙袋には、既に油が染み出している。立ち込めるのは、暴力的なまでに強烈なニンニクと醤油の香り。

「近所の惣菜屋のやつです。一個八十円。揚げたてを用意させました」

SHOWGOは袋を開け、まだ熱い唐揚げを一つ、指でつまみ上げた。 黄金色の衣を纏った、無骨な塊。 一口かじれば、口の中に庶民的な、しかし確かな幸福が広がった。

「……これだ。これが、俺の正解だ」

窓の外には、一食数万円もするレストランが立ち並ぶ銀座の街並みが流れていく。 だが、今のSHOWGOにとっては、この八十円の唐揚げこそが、世界で最も価値のある「金メダル」だった。

彼はもう一度、その「安い」至福を噛み締めた。 街の灯りは眩しすぎるが、自分の中の指針は、一度も揺らいでいない。 それが彼にとっての、そしてこの時代に必要な、本物のロックだった。

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