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黄金色の反逆  作者: jin kawasaki


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前編

「今日のロケ弁、例の『鶏丸』の唐揚げらしいっすよ」

マネージャーのサトシが、移動中のハイエースの助手席で無造作に放ったその一言が、すべての始まりだった。 後部座席でギターケースを枕代わりにしていたSHOWGOは、サングラスの奥で目を輝かせた。

「マジか。あそこの唐揚げ、衣が片栗粉多めでサクサクなんだよな。下味のニンニク醤油が肉の芯まで染み込んでて……よし、今日はいい歌が撮れる気がする」

SHOWGOは、日本のロックシーンを牽引して十五年になるベテランだ。派手なタトゥーに、ステージを支配する圧倒的な咆哮。しかし、その素顔は意外なほどに食い意地が張っており、特に「茶色い揚げ物」への愛は異常なほどだった。

現場は都内から車で二時間、寂れた廃工場を利用したスタジオだ。 午前中の撮影は順調だった。SHOWGOは、いつになく軽快なステップでカメラの前に立ち、予定より一時間も早く「じゃあ、昼休憩にしましょう」という監督の声を引き出した。

彼の頭の中は、今や黄金色に輝く唐揚げの山で埋め尽くされていた。 レモンを絞るか、いや、まずはそのまま一つ。二つ目はマヨネーズを少しだけ……。そんなシミュレーションをしながら、ケータリングスペースへと向かう。

だが、そこで彼を待っていたのは、想像していた「茶色の楽園」ではなかった。

「……なんだ、これは」

テーブルの上に並んでいたのは、黒い漆塗りのような高級感溢れる重箱。蓋を開ければ、そこには厚切りのサーロインステーキが、トリュフソースの香りを漂わせながら鎮座していた。

「あ、SHOWGOさん! ラッキーですよ。制作側の手違いで『鶏丸』が手配できなかったんですけど、プロデューサーが気を利かせて、銀座の一流店のステーキ弁当に差し替えてくれたんです。一つ三千円以上するんですよ!」

若手スタッフが、手柄を自慢するかのように満面の笑みで言った。 その瞬間、SHOWGOの中で何かが弾けた。静かな、しかし強烈な真空地帯が現場を包み込む。

「……ステーキ?」

「はい! 唐揚げより全然高いっすよ。得しましたね!」

「……ふざけるな」

低く、地を這うような声。現場の空気が凍りついた。

「え?」

「俺は、唐揚げが食べたかったんだ。朝から、あのサクサクの衣とニンニクの匂いのことだけを考えて、今の今まで歌ってきたんだよ!」

「いや、でも、こっちの方が高級ですし、味も保証されてますから……」

「値段の問題じゃねえんだよ!」

SHOWGOの怒号が廃工場に響き渡った。

「高いもん出しときゃ喜ぶと思ってんのか? ああ!? 俺がいつ『三千円の肉を食わせろ』なんて言った? 俺が欲しかったのは、安くて、油っぽくて、米がどんどん進むあの唐揚げなんだよ! 高いもんが食いたいわけじゃない。俺は、俺が信じた『美味いもん』を食いたいんだ!」

スタッフは震え上がり、サトシは頭を抱えた。 SHOWGO自身、心のどこかで(なんで俺は弁当ごときでこんなにキレてるんだ?)という冷静な声が聞こえていた。ステーキは美味そうだ。実際、冷めていても柔らかいであろうその肉質は、見ただけでわかる。

だが、譲れなかった。 「高いものを与えれば満足するだろう」という、相手の透けて見える傲慢さが、彼の「ロック魂」を逆撫でしたのだ。

「いいか、高いから良いなんて、そんなのロックじゃねえだろ。俺たちは、他人が決めた価値観をぶち壊すために音楽やってんじゃねえのか? 弁当の値段で俺の満足度を測るな。俺の舌は、俺が決めるんだ!」

彼はステーキ弁当に一切手を触れることなく、自分のギターをひっ掴むと、そのまま控え室に閉じこもってしまった。


翌日。 案の定、SNSやネットニュースは、この「弁当事件」で持ちきりだった。

『大物ロック歌手SHOWGO、ロケ弁がステーキだったことに激怒! 現場は一時騒然』 『わがまま放題? 贅沢すぎるキレ方に批判殺到』

コメント欄には「ステーキ食えるならいいじゃん」「老害かよ」「食べ物の恨みは怖いな(笑)」といった嘲笑が並んだ。 SHOWGOは過去にも、ライブの演出が気に食わないと機材を破壊したり、インタビューの質問が浅いと途中で帰ったりと、数々の「キレた」伝説を持っていた。今回もその一つとして、世間の格好のネタにされたのだ。

しかし、一週間後。 ある音楽雑誌のロングインタビューで、SHOWGOはその真相を語った。

「……あれはね、ステーキが嫌いだったわけじゃないんですよ。ただ、俺を『高い餌を与えれば大人しくなる犬』だと思われたのが許せなかった。俺は、五百円の唐揚げに一万円以上の価値を感じることだってある。価値を決めるのはブランドや価格設定じゃない。自分の魂が何を欲しているかだ」

その記事が公開されると、風向きがガラリと変わった。

「最初は笑ってたけど、これ、意外と深いな」 「確かに。良かれと思って勝手にアップグレードされるの、地味にストレスあるわ」 「俺も、ラーメンの口になってる時に勝手に高級イタリアン連れて行かれたらキレるかも」 「SHOWGO、ブレてないな。高いものが正義だと思ってる世の中へのアンチテーゼだろ」

SNSでは「#俺の唐揚げ」「#ステーキより唐揚げ」といったハッシュタグが流行し、いつの間にか、彼は「自分を失わない男」の象徴として、若者たちからも支持を集めるようになっていた。


それから一ヶ月後。 再び同じスタジオでの撮影があった。

昼休憩。サトシが少し緊張した面持ちで、SHOWGOのもとに弁当を運んできた。 「……SHOWGOさん、今日のは」

差し出されたのは、輪ゴムで止められた、少し油の染みたプラスチックのパック。 蓋を開けると、そこには無造作に積み上げられた、暴力的なまでに香ばしい匂いを放つ唐揚げが入っていた。

SHOWGOはニヤリと笑い、割り箸を割った。 「……これだよ。これ。この茶色が、一番ロックなんだよ」

一口かじると、バリバリという快音とともに、肉汁が口の中に溢れ出す。 豪華なステーキよりも、今の自分を百倍満たしてくれるこの味。

彼は傍らのスタッフに向かって、口いっぱいに唐揚げを放り込んだまま親指を立てた。 その姿は、どんなステージ衣装よりも、最高にロックで、そして少しだけ食い意地の張った、彼らしい姿だった。

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