第75話 折刀打ちて再び立つ
久々すぎてまずい。謝罪。
追記:ステータス記載し忘れていたので修正しました。
「っ、はァ、はァ……クソッタレがァ……!!」
全身血まみれで、膝をついて、地面に刺した刀に体を委ね、肩で深く息をする。鬼のような形相で目の前の怪物を睨み、恨み言を吐き捨てる。
「ギィ……」
まだ余裕そうな『ボス』は、膝をつく紀章を上から見下ろしていた。その強固な外殻に、傷は一つたりともついてはいない。刀は折れているが、1秒足らずで再生されることだろう。
紀章と『ボス』のタイマンは、一方的なものだった。
冷静さを欠いた紀章の攻撃は『ボス』に簡単に裁かれ、カウンターで幾度となく紀章はダメージを負った。その過程で何度も刀は折っているが、直ぐに再生されて反撃される。切られ、殴られ、蹴られ、吹き飛ばされ。致命傷だけは防いでいるものの、いい加減体力と血液が限界を迎えそうだった。
膝はガクガクと震え、立つことさえままならない状況。まともな呼吸などいつしたか分からない程、浅く速い呼吸が続いている。視界がじわじわと狭まり、精神状態も相まって紀章は本来の力の半分も発揮できない状態にあった。
しかし、本人はそんな事を気にするつもりなど無い。今も、近寄ってきた『ボス』に攻撃しようとしていた。
「ぅらああああああァァァ!!!」
構えることなく無防備に近寄ってきた『ボス』に対し、地面に刺していた刀を抜いて斬りかかる。ふらつく体を必死に動かし、立ち上がり、無造作に振るう。
当然そんな雑な攻撃が当たるはずもなく、『ボス』は刀を再生させながら振るった。そして、いとも容易く刀身で受け止めた。
「くッ……そがァッ!!」
それでも尚、紀章は追撃を試みた。再度振りかぶり、『ボス』の真上から刀を振り下ろそうとした。
「ギィッ!」
それに対する『ボス』の対応は、非常に冷淡なものだった。
正面から振り下ろされる刀に対し、側面から垂直に刀を振るう。
空気を面で捉える剛力の一太刀が、刀の最も弱い側面に最も効果的な振り方で振られれば、どうなるかなど分かりきったことだ。
紀章の魔法刀が、バキンと音を立ててへし折れた。
「……っ、は……」
折れて壁付近へ飛んでいった刃先を見て、紀章は呆然とした。絶望的な力の差、それが生んだ現状を受け入れることが出来なくて。
その隙を『ボス』は見逃さなかった。刃先のない刀の柄を握ったまま気を抜ききっている紀章に対し、再び剛力の一太刀が振られる。
直前で気づいた紀章は、後ろに飛び退くことで致命傷は避けた。が、避けられたのは致命傷だけだった。
右頬の僅かに横辺りから、肩甲骨を切り裂き、腹部を通り、左脇腹まで。凶刃は、深く抉り取った。
「が……ッ!!」
大量の紅をばら撒きながら後ろによろつく。そして、そのまま血溜まりの上に座り込む。視界に映り込む鮮血に、目眩がした。手にべったりと染み付いた生温かいそれに、吐き気がした。
それでも尚、紀章は立ち上がろうとした。折れた刀を地面に突き立て、支えにして立とうとした。だが、ここまで限界を超えて動かしてきた紀章の身体も、ついに立つことさえ出来なくなってしまった。
立ち上がる、そんな1歳の赤子すら可能なことさえ、今の紀章には出来なかった。
絶望と、悔しさと、怒りと。ぐちゃぐちゃの感情が紀章を満たした。
「ク、ッソ……ンで俺はァ、こんな雑魚にすらァ……勝てねェー、ンだァ……ッ!!」
瓦礫の山の上で、紫色の光を背に浴びる『ボス』を睨む。怒りで顔を歪ませて。
佇む『ボス』は、静かだった。すらりと美しい姿勢で瓦礫の山の上に立ち、鋭く冷たい目で、紀章を見下ろしていた。眩い紫色の光が後光の如く『ボス』を照らし、あたかも剣の神のような立ち姿だった。
「……………」
その神々しい様を、激しく揺らぐ瞳で捉えた時、紀章はふと怒りが消えた。代わりに、どうしようも無い無力感が全身を襲った。
(いや、違う。アイツは雑魚じゃァねェ。雑魚は俺だ。俺なんだ。敵の力を見誤ッて───いや、正しく測ろうとすらしなくて、仲間を殺されて冷静さを欠いて、馬鹿みてェーに突ッ込ンで。最後には、立てなくなって無抵抗で殺されンだ。ハハッ、滑稽極まりねェーなァ)
圧倒的な力を持つ冷徹な神を見上げ、悟る。自身の愚かさを。
紀章は、死を前にして戦う気を失ってしまった。倦怠感が重くのしかかる身体を無理に動かす気は、もう起きなかった。
諦めたように天を見上げる紀章に、『ボス』はゆっくりと近づく。
紀章に、『死』が迫る。
怖いと思った。思ったのに、身体が動くことは無かった。
強大な敵を前に全てを捨て去った勇者に、もう活路など残されていない。価値も無い。ただ、死ぬのみ。
勇者は、戦いを諦めた時点で試合終了なのだ。
「ギィ……」
『ボス』は、力なく座り込む紀章の目の前に立った。そして、ゆっくり刀を振り上げた。それを見て尚抗わぬ紀章に、『ボス』は少しだけ残念そうな目をしていた。
全てを破壊する剛力の一太刀により、紀章の身体は微塵も残らず消しさられる───
はずだった。
「おんどりゃあぁーーーーーーーーーーーッ!!」
聞き覚えのある、叫び声が響いた。
バコン、という、何かが破壊されたような音と同時に。
なんだ、と反射的に音の方を向く。
その視界に映ったのは、とんでもない速度で飛んできた鉄の板だった。何故か中央がべこりと凹んだ、二センチ近くの厚みがある分厚い板。
それが、あまりにも綺麗に、『ボス』に直撃した。
は、と驚きの声を上げる間すら無く、鉄板の衝突によって、『ボス』は壁まで吹き飛ばされてしまった。鉄板と共に壁に激突し、同時に建物全体に揺れが走った。
「は………いや、は???」
目の前で起こったギャグみたいな展開に、紀章は目を丸くして『ボス』の方を見ていた。何が起こったんだ、と言わんばかりに。
そんな紀章の耳に、再び聞き慣れた間抜けな声が届いた。
「あ、あれぇ?思ったより威力出たな……」
その声は、鉄板の飛んできた方向───非常階段の入口方向から聞こえてきた。
「……黎翔ォ……ッ!!」
味方が……友と呼べる男が、帰ってきたのだ。
「紀章!無事か──ってうおっ!?死にかけじゃねぇか!」
黎翔は、紀章を見るやいなや心配そうに駆け寄ってきた。
彼は、黒い軍服を纏っていた。まだ新品の、生地の厚い軍服を纏う彼の姿は、どこかぎこちなく思えて、少し頼りなかった。自分を救ってくれた英雄とは思えぬその様に、少し吹き出しそうになってしまった。
さっきまでの絶望や怒りは何処へやら。自然と笑みが零れていた。
「あァ、大丈夫だ」
「嘘つけ死にかけだろうが!クッソ、俺は手当出来ねぇし……!」
慌てる黎翔の様を見て、紀章は我慢出来ずに吹き出してしまった。あまりにもおかしかった。
「あぁ?何笑って……いや、笑う余裕あんならいいよ」
「ねェよ、バカがァ。おめェーのせいで、クソ痛ェーのに笑ッちまッたぜェ」
「知らねーよ!」
なんてくだらないやり取りをしているうちに、『ボス』が動き出したようだった。
ドカン、という鈍い音と共に、鉄板を蹴り飛ばしたと思しき『ボス』の足が、壁から出てきた。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「っと……お喋りはここまでだな。後は任せろ」
「あァ?待て、まさか一人で戦う気かよォ!?」
「当然。他に方法ねーだろ?お前動けねぇし」
「いや、それは……」
紀章は、反論出来ずに詰まってしまった。
黎翔の言う通り、紀章はもう動けそうにない。なんなら、このまま止血せずに放っておけば死ぬだろう。
そして、妃は……恐らく別の要因で、戦えないはずだ。
(……クソッ、すまねェ、菫……!!)
岩の下で死んでいた、少女の顔を思い出す。
彼女は、紀章や妃と同じ施設の子だった。二人より前から施設にいた彼女は、同年代ということもありとても仲良くしていた。特に妃は、施設の先輩後輩として、彼女にかなり可愛がられていた。一番仲が良かったのではないだろうか。
そんな彼女が、あんな無惨な死を迎えたとなれば……妃はきっと、強いショックを受けるだろう。紀章だってそうだったのだから。
(今更だが……さっきの俺、クソバカだったなァ……勝手に先走って、勝手に死にかけて、勝手に諦めてェ……挙句、仲間に孤独を強いている。あーあァ……足手まといはどっちやら)
冷静になってきた紀章は、過去の自分の行動を悔やんでいた。完全に戦意は削がれてしまっていた。
そんな紀章の考えに気づいた黎翔は、小さくため息をついた。そして、
「おい、紀章」
ただ呆然と考え込んでいた紀章に、声をかけた。
「勇者に後悔してる暇なんかねぇだろ。友を殺されたんなら尚更な」
背を向け、ただ言葉だけを投げかける。冷たく、でも熱く。
「勝手に諦めてんじゃねぇ。殺すぞ」
「…………ッ!!」
紀章は、その厳しい言葉に心臓が締め付けられた。同時に、心臓がドクンドクンと暴れ始めた。
それは、強い言葉への驚きじゃない。説教された反省でもない。
(あークソ、ひよッ子の分際で。よくも……よくもこの俺に、火を点けやがッたなァ……!!)
強い、対抗心。負けず嫌いの本性が、暴れ回っていた。戦いたい。勝ちたい。そんな勝ちへの欲望の炎が、再び紀章の中で燃え始めた。
全身のマナが、戦いたいと願っていた。
紀章の瞳に炎が戻ったのを背中越しに感じて、黎翔はニヤリと笑った。そして……
壁から戦場へ戻ってきた『ボス』に、全意識を向けた。
「さーて、こっからはこの俺が相手だ。かかってきやがれ」
煽るような言葉と共に、挑発するように手招きする。
言葉やハンドサインが通じているかは分からないが、黎翔のその舐め腐った態度で『ボス』も何となく察したらしい。
挑発されている、と。
落ちていた刀を拾い上げ、上段に構える。黎翔は、右手で軽くナイフを握って楽に構える。
相手の攻撃を警戒していないかのようなその軽い立ち姿に、『ボス』の尊厳が苛立ちを覚える。
動き始めた『ボス』の視界端、認識のぎりぎり内側を───
青氷の尖端が舞う。
「あーっと間違えた。俺が、じゃなくて───俺『ら』が相手、ね」
煽るように、黎翔はそう笑った。
非常階段入口の向こう、ずっと待機していた、『氷妃』に向かって。
「ギッ!?」
もう一人の存在に気がついた『ボス』は、咄嗟に刀で防御しようと振るった。が、『ボス』の……即ちモンスターの身体と同じくマナで構成された刀は、魔法によって生成された氷柱によっていとも容易く破壊された。
残りの氷柱を回避しようと体を逸らすも、もう手遅れ。一発が胸部を掠め、外殻を削って細長い傷をつくった。更に、一発が右腕を直撃、風穴が空いた。そして、もう一発が更に右腕に命中し、千切れかけていた右腕を吹き飛ばした。
突然の魔法による奇襲。虚を衝かれた『ボス』は完全に動揺し、姿勢も崩れたまま固まってしまった。
その隙を、黎翔の勘が見逃さない。
軽い構えを取っていた黎翔は、即座に動き出して『ボス』に接近。右手に握られた、マナの籠ったナイフを、胸部の傷目掛けて振る。
強固な外殻が削られたその傷口は、簡単に切り裂けた。浅かった傷口がみるみる深くなり、身体の芯まで抉れそうだった。
(殺れる!)
そう確信した黎翔の手は、『ボス』の身体を左胸まで抉り取る前に止められた。
斬られた痛みで正気に戻った『ボス』は、黎翔の腕を掴んで止めた。物凄いパワーで。
『ボス』は、そのまま黎翔を投げ飛ばして距離を取った。そして、落とされた右腕と、抉られた胸部を再生した。
「あーあ、治っちゃった。まぁいいけど」
モンスターの肉体は、マナで構成されている。故に、再生自体は簡単だ。
だが、それはあくまで肉体の話。命そのものを表す『HP』とは別だ。
黎翔の瞳が、『ボス』の『ステータスウィンドウ』を捉える。
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POW:4103 DEX:2358 DEF:781
HP:952/1897 RES:-2012 INT:0 Total:7127
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その『HP』は、半分近く減っていた。正直もっと減っていると思っていたが、それでも上出来だろうと思う事にした。なんせ、掠り傷以外にまともに通った攻撃が、さっきの右腕と胸の傷だけなのだから。
(逆に言えば、もっかい致命打を与えることさえ出来りゃ勝ち濃厚って訳だ。見えてきたじゃねぇか、勝ち筋……!!)
ニヤリと笑う。
「随分余裕そうだね?」
「うおっ!?びっくりしたぁ、いつの間に」
その顔を見た妃が、背後から突然黎翔に話しかけてきた。さっきまで外にいたはずの妃に、黎翔は大きめのリアクションをしてしまう。
ちょうどそのタイミングで、『ボス』の再生も終わった。そして、刀を中段に構えた。防御重視のようだ。
どうやら、黎翔と妃の連携を警戒しているらしい。妃と紀章の連携を見た後だからだろうが、黎翔にとっては不都合だった。
(チッ、俺と妃の連携が未完成なのは、さっきの戦闘で知ってただろうに。ちゃんと油断してくれよな……まぁいいんだけどさ)
少し残念そうにため息をつきながらも、黎翔はしっかりと構える。そして、自身の後ろに立つ妃に、伝える。
「ま、気を取り直して。妃」
「うん」
「作戦通りでよろしく」
「オッケー。任せて」
黎翔と妃、さっきは上手くいかなかった二人での共闘。
(今度こそ上手く合わせる。さぁ───狩りの時間だ!)
大きく息を吸い、黎翔は『ボス』に突っ込んだ。
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蒼井黎翔 ID: 137438691328
Lv.21
POW:1757+50 DEX:1532 DEF:1168
INT:0 MP:0 RES:0 Total:4458
武器:猟刃……マナ属性 特殊効果なし
職業:狩猟者ハンター 階級:特異
スキル:『狩人の心得』パッシブ
『狩猟者の勘』アクティブ化 410s
『野性』パッシブ
『獣殺一閃』発動可能
ステータス補正:物理特化
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