第23話 正しい別れ方
「空間拡張、解除」
キィン─────ズズズズ.....
聖がさっき使った魔法を解除すると、床に輝いていた白い魔法陣が消え、室内が真っ暗になる。
同時に、拡がっていた壁がこちらに近づいてきた。2秒ほどでさっきと同じ位置まで戻り、部屋は一気に狭くなった。
「暗っ」
「『光魔法・イラディア』」
パァ─────
聖が新たな魔法を唱えると、天井に白い魔法陣が出現した。その光が部屋全体を照らし出す。
「これは照明魔法といってね。辺りを照らすためだけの魔法なんだ」
「便利だな、魔法って.....」
「でしょ〜!?アタシもそう思うっ!」
無意識に零れた素直な感想に、御織が激しく同意してくれた。とても嬉しそうなその表情から、本当に魔法が好きなことが伝わってきた。
「さ〜てと、アタシも.....重力魔法、解除」
フッ
今度は御織が、『花被片騎士』にかけていた重力魔法を解いた。
.....が、彼らは未だに立ち上がらなかった。
「ありゃ、力加減ミスったかも」
「まったく、君という子は.....」
「んにゃ〜、悪ぃ悪ぃ。思ったより手強かったもんで」
軽い調子で謝罪した。聖は「やれやれ」と小さくため息をつく。
「御織、黎翔!」
「ん?おぉ、本日のMVPの森さんじゃん!」
3人で話していると、部屋の入口の方から星恋が慌てたように走ってきた。
(そういや、さっきまで見当たらなかったな)
今更ながら思い出す。
「無事終わったのか?」
「んむ、バッチリだぜ!ナイスだったよ、森さん!」
「良かった.....」
星恋は御織と話し、安堵するようにため息をついていた。
黎翔は、全くなんの会話か分からなかったが。
「あ、今から魔法使うから離れといてね」
「......え?何故だ?上手くいったのでは.....」
「黎翔の意向。アタシも納得の上だよ」
「..............そう、そうか。分かった」
二人で言葉を交わした後、星恋は再び部屋の外へ出ていった。
(なんだったんだ.....?)
と一瞬疑問を抱く。が、
(.....ま、いっか)
即座に面倒に感じて思考を放棄し、なんとなく聖たちの方を見る。すると、
「正直驚いた。今回は勝てると思っていたからね」
「ま、アタシも結構危なかったよ。攻撃喰らうの自体チョー久々だし」
御織と聖は、仲良く感想戦を行っていた。手の中で光の塊をこねくり回し、床に大きな魔法陣を描きながら。
「いつから気づいていたんだい?僕が魔法無効化を習得していたこと」
「最初から.....って言いたいとこだけど、正直全く気付いてなかったよ。あの人に頼んだのは結構賭けだったんだ〜。そもそも協力してくれるか分かんなかったし」
「なるほど。説得は星恋だね?」
「イエス!」
傍から見たら普通の友人のようで、ついさっきまで殺し合いをしていたとは思えないような光景だった。
(.....てか、なんの話してんだ?ずっと.....)
黎翔はずっと話を聞いていたが、内容は一ミリも理解していない。ただなんとなく、かなり高度な話をしていることは察していた。
「.....よし、準備完了だ。黎翔、こっちにきてくれるかい?」
「ん、了解」
聖に呼ばれ、床に白く輝く魔法陣のど真ん中に向かう。
「最終確認だが.....黎翔、本当に使っていいんだね?これを使ったら、君は二度と元の世界には.....」
「問題ない。どのみち戻れるかわかんねぇんだし、気にしてらんねぇよ。大事なのは今生きることだからな」
自信満々にそう宣言する────ように見せる。
(......覚悟決めても、無理なもんは無理だな)
自分の、手が、足が、息が。
恐怖で震えていることを自覚する。
(あぁ〜、怖ぇなぁ)
真っ黒の天井を眺めながら、ゆっくりと思考を巡らせる。
(父さん、母さん、じーちゃん、ばーちゃん.....俺、行くよ)
最も親しかった家族の顔を、声を、過ごした数々の思い出を噛み締める。じっくり、ひとつ残らず全てを。
そして.....
パンッ!
両手で強く頬を叩き、なんとか切り替えようとする。
そして、それを見た聖が黎翔に声をかける。
「準備はいいかな?」
「.......あぁ」
若干、震える声で小さくそう言う。
(.....っ、クソっ.....ダメだ、震えが.....)
怖くて全身が震える。刻々と近づく別れが惜しくて仕方ない。
呼吸が早くなり、冷や汗が身体中を伝う。いくら飲み込んでも涎が止まらない。
唇が乾く。心臓の鼓動が早くなる。寒い。息苦しい。気持ち悪い。
苦しくて仕方なかった。今にも逃げ出したくなった。
そんな自分が.....恥ずかしくて仕方なかった。
(ダッセ.....あんだけ見栄切っといてこれかよ)
目を瞑る。自分を見る聖や御織が、どんな顔で失望してるのか見たくなかったから。
ギュッ
そんな黎翔の手を、何かが触れた───いや、握った。
ビックリして目を開く。そこには.....
「御織ぉ!?」
自分の右手を握りしめる、御織の姿があった。
「黎翔、怖い?って聞くまでも無さそうだけど」
「ぐ.....」
「てか手汗やば!うける!しかも脚プルップルじゃん!産まれたてのシマウマかな?」
「や、やめろ!死にたくなるだろ!!」
御織に、最も責められたくない部分をものの見事に射抜かれ、羞恥心で溢れかえる。
そんな黎翔を見て、御織はクスリと小さく笑ったのち、再び言葉を紡ぎ出す。
「黎翔、大丈夫だよ」
「っ!?」
ついさっきまで笑っていた御織は、突然優しい声で囁く。そっと右手を握ったまま、一回り以上小さい身体を密着させる。
見蕩れるほどの美少女の、その圧倒的なギャップに、黎翔はドキッとする。
「あなたが今感じてる、誰かとの別れに対する恐怖はね、至極当然のものなの。それは、それだけあなたがたくさんの人を愛してた証だから。だから.....」
御織は、小さな体でギュッと黎翔を抱きしめる。
「怯えてもいい。震えてもいい。今は、今だけは、その苦しみを愛してあげて。自分が過去に生きた栄光の軌跡を、誰かと共に歩んだ数多の足跡を、全部抱きしめてあげて。それが正しい『別れ方』だって私は思う」
「...............っ!!」
優しく、ハッキリと伝えてくれたその言葉を、黎翔は一つ残らず噛み締める。
(苦しみを愛す.....か)
脳内で何度もリピート再生するうちに、少しずつ恐怖が和らいでいく感覚がした。呼吸や心拍の加速が少し落ち着く。
「ありがとう、御織。俺、頑張れそうだ」
「当然だよ。黎翔は強いんだから!自信持ちな、少年!」
「お前のが年下だっつーの」
とりとめもない、平凡な会話。彼女と交わしていると、それだけで不思議と楽しく感じられた。
御織は少しだけ笑うと、黎翔の瞳をまっすぐ見つめた。そして、
「頑張れよ!」
「うぃうぃっ!」
軽いノリで、互いの拳をコツンと当てる。そして、ニコリと笑って魔法陣から離れた。
黎翔は、再び目を瞑り、思考を巡らす。
(みんなのことを忘れるのも、自分の中で区切りをつけるのも、別れを全部割り切るのも.....一つたりとも、今の俺には出来そうもねぇ。でも......それでいいんだ。それが正しいんだ)
黎翔は、目を開く。迷いなく、まっすぐ前だけを見つめながら.....
(誰もが俺を忘れても、俺は誰も忘れない。一人たりとも逃がさねぇよ。だって俺は.....一匹残らず獣を狩る猟師なんだから!)
小さく、笑顔を浮かべながら。
「頼む、聖」
ハッキリと、告げる。
「承諾した。いくよ─────」
聖はそれを聞くや否や、両手を前に出した。そして───
「『儀式魔法───名前を呼ぶ魔法』!!」
その魔法を叫んで、発動した。




